日常(第8話)

瀧上ルーシー

小説

1,477文字

雨の日は君を思い出す……

窓の外では大量の細い水が地面に叩きつけられる音が鳴っている。部屋でベッドに寝そべりながらそれを聴いていると、君のことを思い出す。君と出会ったのもこんな雨の日だった。

君は長い髪をべったりと濡らして、コインランドリーで雨が止むのを待っていた。君の前には服や下着が入った洗濯籠があるので、家から運んでくる途中で降られたらしい。ぼくはそんな君に声をかけた。君は警戒心を剥き出しにしながらもすぐに笑ってくれた。君の洗濯籠を持って一つの傘でぼくたちは君のアパートまで行った。部屋に入ると君は豆をコーヒーメーカーにかけて、勝手に飲んで、と言ってシャワールームへと入っていった。ぼくはなんて無防備な女なんだと思った。流しに置いてあったカップにコーヒーを注いで一口飲んだ。イタリアンローストのようにやけに苦かった。そうしてぼくは君の部屋を眺め回す。箪笥、ローテーブル、小さなテレビ、冷蔵庫、電子レンジ、床は畳、備え付けの小さな台所。シンプルな部屋だった。特に飾りはないが女の一人暮しの部屋だった。男の痕跡もないし、少なくとも見えるところにコンドームの箱もない。雨は鳴る。ジャージにTシャツ姿の君が浴室に続くだろうドアから出てきた。何か食べる? と聞いてくるので、なんでもいいよ、とぼくは答えた。君は瞬く間にチャーハンを作ってそれを盛りつけた皿を二枚ローテーブルに置いた。ビールも飲む? と言うのでぼくは頷く。まるでラーメン屋だと思いながらいただきますと言ってぼくたちは食事を始めた。時刻はちょうど正午くらいだった。食べている最中、君もぼくも何も話さなかった。君は先にビールを二缶飲んでチャーハンも食べ終わると箪笥の上のレコードプレイヤーに盤をセットして音を流した。キャメルのレコ―ドらしかった。ロックミュージックは好きじゃない。ぼくは耳をふさぎたくなったが、黙ってチャーハンを平らげていった。ビールは殆ど一気に飲んだ。君が騙し討ちのようにするすると服を脱ぐので、ぼくたちは会ったその日なのにセックスをした。君とぼくの身体の相性はとてもいいようだった。終始君がリードしてくれた。ぼくが君のお腹に射精すると、君は、籠を持ってくれたのと傘を差してくれてありがとう、と言うので、ぼくは気持ちよかったよ、と言ってアパートから出て行った。空からはまだ大量の雨が降り注いでいた。

それから君とぼくは約束することもなく、初めて出会った日と同じ曜日に同じコインランドリーで待ち合わせとも言えない待ち合わせをして、君のアパートで一緒に食事をして酒を飲んでセックスするという関係をそれなりの間続けた。ぼくが大学を卒業する直前くらいまで続いた。

別れは突然やってきた。その日もざあざあ降りの雨の日だった。君は彼氏と結婚するからもう会えないとぼくに言った。君は魅力的な女だ。確信を持って恋人がいないとは思っていなかったが、君で童貞を捨てたぼくは、童貞に似た勘違いをしていて君には恐らく恋人がいないと思っていた。ぼくはもう会えないのかい? と君に聞いた。君は薄笑いの表情で、もう会えないわ、雨はとっくの昔に上がっているの、と言った。だが君の部屋の窓から外を見ると雨はまだざあざあ降りだった。

その一週間後またコインランドリーに行った。

君はいない。

次の週も次の次の週もいなかったし、君が住んでいたアパートは引き払われていて空室になっていた。

ぼくは大学を卒業して公務員になってお見合いで結婚した。

君を忘れることはきっと生涯ない。

とくに雨の日はいつだって君のことを思い出す。

 

2016年6月23日公開

作品集『日常』第8話 (全12話)

© 2016 瀧上ルーシー

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