天使のおじさん

日常(第6話)

瀧上ルーシー

小説

1,760文字

僕と天使のおじさんの話。

僕はひきこもりだ。だけれどガチのひきこもりではなく外に出たくなれば散歩もするし、両親が外食に連れて行ってくれると言えばついていく。高校を卒業して以来、プロの小説家になるという夢を叶えるために僕は必要以上には外へ出ないのだ。もう五年、夢は叶っていない。十年二十年経ったとき夢が叶っていなかったら正気を保ていられるかどうか心配だ。僕の住んでいる町にはヘンタイおじさんと子供達に呼ばれるおじさんがいた。ナース服やチャイナ服セーラー服、女性自衛官の制服、各種コスプレ……見た目は頭が禿げ上がったおじさんなのに、女装して町を闊歩するおじさんがいるのだ。小中学校の保護者への手紙でこういう変質者がいますから気をつけてください、と書かれることもあるし、公園の入り口には女装している変質者が出ます、と張り紙がしてある。きっと悪いことをしているわけではないので、変質者が出ると注意喚起するだけで捕まえることはできないのだ。

その日、僕はいつも通り部屋にこもって小説を書いていた。ブログやツイッターへの書き込みを含めたら毎日、文字を打っている。それは作家志望として良い習慣のように思えた。だがこの日は、まだ昼間なのにもう一文字足りとも文字を入力したくなかった。何を思ったか僕はヘンタイおじさんとお話をしようと思って、財布とケータイだけ持って家を出た。コンビニでワンカップと発泡酒を数本買うと、ヘンタイおじさんがよく出る公園へ行って、ベンチに座って待った。しつこさだけが自慢な僕は煙草を吸いながらヘンタイおじさんを待った。三時間は煙草を吸って発泡酒を飲んで過ごした。空が夕焼けてくる頃、ヘンタイおじさんは僕の前に姿を現わした。

「おじさん、おじさん」

ヘンタイおじさんは、夏らしく白のワンピースを着て、背中には羽を生やしていた。頭には輪っかが浮いている。いや、よく見たら禿げ頭に巻いたはちまきから針金が飛び出ていてそこにエンジェルリングは固定されていた。

「なにかね?」ヘンタイおじさんの声は野太い野郎の声だった。

「ワンカップ好き?」

少し考えるそぶりを見せてからおじさんは答えた。「好きだよ」

「じゃあこっち来て、一緒に飲もう飲もう!」

既に酔っ払ってる僕はベンチにおじさんを座らせた。ワンカップを渡すとおじさんは、「その前に煙草を一本くれないか? 貧乏故に毎日は吸えなくてね」と苦笑しながら言った。ごく一般的な意味ではチャーミングなおじさんなのかもしれない。煙草を渡して火を点けてあげると、おじさんは深く吸い込み煙を吐き出した。

「おじさん、家族は?」

「娘が一人」おじさんは一気にワンカップを半分ほども飲み干した。「嫁いで東京に行ったよ。嫁には逃げられた」僕はそれを聞いてそりゃそうだ、と笑いたくなったが堪えた。

「煙草をもう一本くれないか?」とおじさんはワンカップをベンチに置いて顔の前で両手を合わせた。

「いいよ」と言って煙草を渡して火を点けた。たかだか安煙草のエコーなのに気に入ってくれたようで僕も嬉しい。自分も聞かれたら困るので、仕事は何をしているか聞くことはしなかった。恐らく六十歳は超えていないが、おじさんは仕事を早期退職していてもおかしくないような見た目をしていた。

「最近どう?」

「実はスランプなんだ」

「どういうこと?」

「ポピュラーで誰でも知っていて綺麗な服がこれ以上思い浮かばない。同じ衣装ばかり着ていたらファンに飽きられるからな」

僕はそれを聞いて大笑いしたくなって必死に堪えて発泡酒でむせた。

「そうなんだ」咳をしながらそう返答した。

「君はどんな服がいいと思う?」

「アオザイとか」

「もうある」

「アニメのキャラクターの格好とかそれじゃだめなの」

「私はアニオタじゃない」少し怒っているような表情をしていた。

しばらくの間、公園の川のほとりのベンチの上で男が二人して押し黙った。二分、三分と無言が続いていただろうか。おじさんはワンカップの残りを飲み干してベンチに置くと立ち上がった。

「ごちそうさま。私はもう行く」

「楽しかったよ。また今度ね」

「ああまたな」

おじさんはゆっくりとした足取りで去っていった。

小説のネタになるかどうかは別にして、僕は貴重な体験をしたような気がした。

 

2016年5月19日公開

作品集『日常』第6話 (全12話)

© 2016 瀧上ルーシー

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

純文学

"天使のおじさん"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る