理系の女

日常(第2話)

瀧上ルーシー

小説

2,075文字

〝俺〟の気まぐれのような行動はどんな結末を招くのか。

学校の昼休み中、真ん中の列一番後ろの席に座って俺はスマートフォンで遊んでいた。友達がいるかどうかも微妙なものだし、インターネットの中には間違いなく友達も知人も一人もいなかったし、古い言葉らしいが俺はROM専だった。現実世界でも傍観者に徹し気味だ。雑然した昼休みの教室内で今日も相川の悲鳴が聞こえてきた。やめて、やめて、と彼女は今にも泣き出しそうな悲痛な声で助けを求めている。数人の女子が黒板消しを掴んで相川の三つ編みの頭を叩いているようだった。俺はとくに目が悪いわけでもないし教室なんて大して広くもないので、虐められる相川の姿がよく見えて、彼女の頭はすぐにまるで年老いた弱気な魔女の頭のように真っ白になった。相川を虐めている女子達のリーダー格は桂浦という生徒だった。噂だと桂浦の兄貴は高校を中退して以来暴力団の下っ端構成員らしくそのせいか男子も女子もこの学年では、いや、学校中の生徒が桂浦には逆らえないような雰囲気になっていた。俺だって桂浦に絡んで兄貴にたかられたりはしたくない。チョークの粉だらけの黒板消しで攻撃されている相川はすぐにその場にしゃがみ込んだ。泣いているようで鼻をすする音がたまに聞こえてくる。桂浦達は、相川を囲んで上履きを履いた足で軽く蹴りを入れながら、おら立てよ、などと恫喝していた。どうでもいい、俺には関係ない。だいたい一般論として虐められる奴にも問題はあるものだ。相川が桂浦達に虐められる理由のような物は皆目検討がつかなかったが、大きな眼鏡に髪を三つ編みにしているというのがきっと気に入らなかったのだろう。見方によっては虐めてくださいと饒舌に囁いているようなルックスだ。そうしてクラス替えがあった中学二年生が始まってから夏休みを挟んで二学期になっても相川は虐められ続けている。少し離れた場所にある窓の外に視線をやると夏休みが終わったばかりの九月の空は見るからに熱そうな日差しに充ち満ちていた。俺達は子供だ。俺達以外の誰かが遙か昔に決めたルールや価値観に則って生きていくしかない。それは奴隷のように楽だが、窮屈で仕方がない世界だった。俺が相川を助けたって何もいいことはない。それどころか利益もないのに殆ど何もしらない生徒を助けるというのは動物だとしたって間違っている。だが俺は、ゆっくりと黒板まで歩いて行くと、急に近づいてきた俺を呆然と見つめている桂浦に手を振り上げて頬を張った。しかも一回じゃない二回張った。パン、パンと心地の良い音がした。何するんだよ! と目に涙を溜めて桂浦は叫んだ。俺は、お前らこそ何やってんだよ、くだらねえ、と吐き捨てるように言った。てめえは関係ねえだろ! と桂浦は尚も喧しい。俺は相川にチョークの粉トイレで落としてこいよ、と言って、自分の席に戻った。桂浦はまだなにやら叫んでいたが、俺は無視してイヤホンでユーチューブに上がっているどうでもいい曲を聴いて、耳をふさいだ。午後の授業が始まって掃除の後その日の学校が終わる。桂浦達に無理矢理どこかへ連れて行かれそうだと実はびびっていたのだが、桂浦一派は俺にも相川にも何もしないでさっさと教室から出て行った。安心しながら少しずらして俺も教室から出て行こうとする。軽やかに誰かが駆けてくるような音がした。後ろから肩を叩かれる。大して美味しくないケーキがあるんですけど、うちに来ませんか? 緊張からなのか涙で潤んでいる目をした相川が俺の後ろにいた。甘い物は好きだし、俺は相川と二人で地元の街を歩いた。下心なんてない。メンタルは嫌いだが見た目だけで言ったら桂浦のようなギャル志望者のルックスの方が好きだった。暑い街を無言で歩いた。知らない道を後で一人で帰られるように記憶しながら相川と行く。高い建物の前に着くとマンションのエントランスで手慣れた手つきで彼女は部屋番号を打ち込み、俺達は無言でエレベーターに乗った。彼女が鞄から鍵を取り出しドアを開け、俺を中に招き入れた。一軒家だが築二十年は経つ俺の家より遙かに清潔で広いマンションの一室だった。相川は俺をリビングのソファに座らせた。そうしてポロシャツにジーンズに着替えた彼女が、皿にスイスロールを載せて、冷たいオレンジジュースが入ったグラスと一緒に持ってきた。はて、俺はロールケーキとオレンジジュースが欲しかったから桂浦を引っ叩いたのだろうか。そんなはずはないしとくに相川のことが好きなわけではないし同情する気持ちはあるにはあるが。無言でロールケーキを二口くらいで食べてオレンジジュースを一気に飲み干すと、相川は部屋に来て、と俺に言った。面倒ごとはごめんだったが嫌だと言えないで俺は相川の部屋に入った。

机の上の写真立て、ベッドの枕元の写真立て、四方の壁、天井に至るまで相川の部屋は俺の写真でいっぱいだった。俺は動揺してしまった。なんのために相川はそんなに沢山の俺の写真で部屋を飾り立てるのだろうか。彼女は頬笑んで口をぱくぱくと動かす。

計算通りだよ、とその薄めの唇が動いているように俺には見えた。

 

2016年5月16日公開

作品集『日常』第2話 (全12話)

© 2016 瀧上ルーシー

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


2.0 (1件の評価)

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

純文学

"理系の女"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る