四十路と熊

日常(第1話)

瀧上ルーシー

小説

2,130文字

未婚の四十代女性の日常。

もう購入して八年以上も経っている中古のスクーターに乗って職場まで移動する。何回も転んでいるので車体は傷だらけだった。田舎の道路なので運転は楽だがわたしは右折が苦手だった。なんとなく怖いので二段階右折もしたことがない。片側二車線の道路の左端を時速四十キロくらいで走っていると、十数分で職場まで着いた。従業員用駐車場にスクーターを止め、裏口から職場のスーパーマーケットのバックヤードに入る。更衣室のロッカーには鍵がかからないため、貴重品は職場がパートへ配る百円均一で買えそうな手提げのバッグに入れて持ち歩くしかない。ブラウスにエプロン、黒いパンツ、頭には三角巾。制服に着替えて売り場まで移動している最中、若山さんおはようございます、と深々と頭を下げる男がいた。格好こそわたしと大差のない制服姿だが、彼は社員だ。わたしもうアラフォーですし、未婚ですし。それはそれは気を遣って立場が上でも敬語を使ってしまいますわよね。売り場の冷蔵庫の前にワゴンを運んで、小さなまな板の上でウィンナーを切りながらホットプレートで炒めた。炒め終わるとそれを手のひらに載る大きさのトレイに移して爪楊枝を刺した。

いらっしゃいませ、こんにちは、ウィンナーのご試食いかがですか、大変お安くなっております、お子様のお弁当にタコさんウィンナーを入れるときっと喜ばれますよ、XX食品の粗挽きポークウィンナーいかがでしょうか、目玉焼きと一緒に焼いてもいいですし、チャーハンやナポリタン、炒めたり茹でるだけでもお酒のおつまみになって旦那さまも喜びますよ、などと声を張り上げてわたしはウィンナーをPRした。試食をすると、買わなければ悪いと思うのか、殆どのお客様がわたしの前を素通りするし、試食した人は半数、少なくとも三人に一人はウィンナーをカゴに入れていった。休憩を挟み午後七時まで働くと、わたしは半額弁当を買って、またスクーターに乗って家へと帰って行った。

今はもう自分しか住んでいる人間がいない一軒家に帰ってくる。両親は二人とも早死にしたし、兄弟はもともといない。いつでも男を連れ込めるような状況だが、わたしにはいい人がいなかった。シャワーを浴びると、年甲斐もなくタンクトップにショートパンツ姿で冷蔵庫に大量に入っている缶の第三のビールを飲んだ。両親が中古で買ったこの家には部屋がそれなりの数あるが、わたしはダイニングキッチンと六畳の畳部屋しか使っていなかった。パソコンもスマートフォンも使えないので暇つぶしと言えばもっぱらテレビだった。ゴールデンタイムのバラエティ番組を観ながら弁当をおつまみに次々と酒を飲んでいった。マネキンのパートは総菜売り場や清掃よりは時給が高いし、第三のビールを家で好きなだけ飲む程度には稼ぎがあった。

翌日、朝七時に起きて、洗濯物と無駄に広い家の掃除を済ませる。朝食はトーストにコーヒーだけだ。仕事が始まる十時に間に合うように家を出て、更衣室に入るとロッカーの前でまだ三十代のパートが二人で楽しそうに話していた。横でそれを聞きながら友達がいて羨ましいとわたしは思った。以前にいた友人達は皆結婚していてもうわたしとは疎遠になっていた。今日も試食販売の品はウィンナーだった。声を張り上げウィンナーを炒めながらぼんやりと売り場を眺めていた。子連れの女性の姿が目に痛い。きっとわたしは子供を一度も産むことなく死ぬのだろうと思う。悲しいことだとは思わないが女として生まれたのだから一度くらいは出産してみたかった。

次の日、平日だが、シフトの都合で休みだった。家で酒を飲む以外の休日の過ごし方としては、ゲームセンターに行くというのがあった。午後一時までしばらく干していない布団で眠って、スクーターで松屋まで行き牛丼を食べてゲームセンターに行った。アラフォーの女で一人でゲームセンターに来ている人間なんてわたししかいなかった。お金を賭けないゲームのスロットマシーンやパチンコで遊び、気づくと午後六時を回っていた。最後のシメとしてクレーンゲームで三千円ほど使い、熊のぬいぐるみが取れた。家に帰ってきて、熊のぬいぐるみを横に座らせて、わたしはまた酒を飲んだ。

気がつくとわたしは自分と同じくらいの身長の熊のぬいぐるみと遊園地内を歩いていた。彼のふさふさの腕と自分の腕を組みながら園内を歩いた。黄色い身体をした熊はとてもやさしくて乗り物に乗るための待ち時間なんかにはジュースやソフトクリームを買ってきてくれた。絶叫マシーンに二人で乗り込んだ。そのジェットコースターは九十度かと思うくらいの急な坂があり、わたしは年甲斐もなく熊のふさふさとした身体に抱きついた。熊はわたしの身体をそっと包んだ。洗い立ての洗濯物の匂いがした。

それからもいろいろなアトラクションで遊んで、外が暗くなると最後に二人で観覧車に乗った。ゴンドラが上の方に行くと煌びやかな夜景が見えた。とても美しかった、涙が出てきそうだ。これはきっとデートなのだから、キスするべきなのかなあと思っていると、急に現実が襲ってきた。わたしは見慣れた自室の布団から跳ね起きた。息は酒臭かった。

なんていう夢だ、わたしはアホか。

 

2016年5月14日公開

作品集『日常』第1話 (全12話)

© 2016 瀧上ルーシー

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