溺れそうな藍色のカレー

溺れそうな藍色のカレー(第2話)

瀧上ルーシー

小説

50,926文字

父親に犯される保健室登校の女子中学生の生活と顛末。

私は部屋でベッドに寝そべりレインボー・ベーグルの曲を聴いていた。心地よいダウナーなサウンドが耳に入ってくる。レインボー・ベーグルは熱い音楽を作らない。ゆるやかでやかましいところが少ないロック・サウンドだった。調べたことはないがバンドのテーマはきっと諦観とかだと思う。現在時刻は夜の十一時だ。ただの勘だが、今夜は父親が部屋に入ってくる、私はそう思った。父親の熱く煙草臭い息や太った身体を思い出して身震いした。もう慣れてはいるが、その行為を好きにはなれない。父親は何故人から外れた行為をするのか。私は諦め半分、暇つぶし半分でスピーカーから流れる音楽に集中した。レインボー・ベーグル略してレイグルの曲をすごく気に入っていた。聞いているだけで心地が良い。うとうととしてくる。このまま眠ってしまっていいのだろうか、いやよくない。父親は私が寝ていてもかまわず部屋に入ってくる。部屋の物にべたべたと触られると嫌だから目をつむりながらもすぐに起きられるようにしておかなければならない。今ベッドの上ではたぶん私の長い黒髪が扇状に広がっている。人から長い髪が生えていると言うよりは黒い糸の真ん中に人の身体のような物があるというほうが正確に思えるくらい私の髪は長かった。父親の趣味で髪を切らせてもらえないからお尻のあたりまで髪が伸びているのだ、そう思い少しだけ憤慨した。父親のための人生じゃないのにまだお子様の私は奴から逃れられない。今まで散々、どこかの相談所に駆け込もうと考えたが、実行はしていない。父親は月に十万も小遣いをくれる。児童虐待防止法で父親から引き離されたら、私は母親と二人暮らし。またはどこかに預けられて施設で暮らすことになる。そんなのはごめんなので、どこにも電話していないし誰にも言っていない。樽かというくらい太っていてマジメくん眼鏡でサラリーマンでもないのにいつも白いYシャツを着ていて、髪が両分けで、近くに寄ると炭の臭いがする。仕事は官能小説家。昔父親に書いた物を見せてもらったら吐き気を催すようなエッチな内容だった。そんな父親でも一応は私の父親なのだ。どうでもいい、どうせ日常は変わらないと諦めて目をつむっていた。気がつくと眠りにつく前のまどろみの中に陥っている、気持ちがいい。もう少しで眠れるというところで肩を上から押しつけるように掴む者がいた。びくっとする、炭のような臭いがする。諦めながら目を開けると父親が無表情にベッドの横に立っていた。

「今日も?」意味のない質問だと思うが聞いた。ああ、と短く父親は答えた。こうして父と娘のセックスは始まった。父親がベッドの上に乗る。それがきしむ音がした。父親は舌を入れるキスをしながらパジャマのボタンを順々に外していった。口の中からいやらしい音が鳴る。父親の舌は煙っぽい味がした。口の中をすべて掃除するように父親は舌を動かした。慣れてはいるが少し変な感じがする。パジャマの上が脱がされる。寝る前だったのでブラはしていない。私のまだ固い胸を柔らかく揉みながら父親は乳首を吸った。むずむずするだけでとくに気持ちよくはない。しばらくそうすると父親はパジャマの下をするりと脱がして、パンティも剥いでいった。股を開き、クリトリスを口に含みちゅうちゅうと吸った。片手の指で膣を広げもう片手の指で父親は中を愛撫していった。父親とのセックスの最中意地でもあえがないが、クリトリスやヴァギナをいじられるとそれはそれは気持ちよくなってしまう。心なんて関係なく、快楽の渦に飲み込まれていく。冷凍のまぐろのように何も言わず自分からは何もしないが、快楽はそういったことと関係なく私を虐めていく。指と舌だけで一度達してしまった。父親はズボンとパンツを脱ぐとピンク色のコンドームを装着する。毛むくじゃらな腹とディックが見えた。父親とのセックスなのに私のヴァギナは、中は気持ちいいぞ、気持ちいいぞ、というように蠢いていた。父親はヴァギナにディックを埋没させる。太いものを挿入され一瞬息苦しくなるが、恐らくもう百回以上も抱かれているため痛くはなかった。そのまま十分ほどヴァギナでディックを擦ると父親は部屋から出て行った。コンドームをつけたままズボンとパンツを穿いてだ。ディックが震える瞬間があったのでコンドームの中で精子を出したのだと思う。自分からは何もしないとはいえ肉体的に疲れてしまった。私は脱がされたパジャマやパンティを再びに身につけると電気を消してベッドの上に寝っ転がった。眠りにつくまでの間、私は激しい閉塞感を味わった。何処にも行けないし、父親からは逃れられない。溺れてしまうほど息苦しい生活しか私にはなかった。何故激しく閉塞感を覚えるのだろうか。

 

中学の制服のブラウスにブレザー姿に着替えて、参考書が入った鞄を掴むと、部屋から出た。家は住宅街にあって三階建てで部屋が全部で十室以上もある広い一戸建てだ。髪に櫛を通して顔を洗って、気まぐれで学校に行く前に母親の顔でも見ようと家の中を探し回ったが、彼女の姿はどこにもなかった。恐らく夕べ出かけてまだ家に帰ってきていないのだ。父親も父親なら母親も母親だった。母親は家の家事などほとんどしない。本来みんなで食事を取るためのリビングルームには市が指定する袋に詰まったゴミがうずたかく詰まれている。食事は三人とも別々に取る。私は家から出て鍵を閉めると、シャッターを開けっぱなしの車庫の中で車の横に停まっているチャリンコにまたがった。学校まではチャリで十五分ほどかかる。もう桜は散ってしまったが、外は暖かかった。ペダルを漕ぎ、チャリを走らせる。すぐに片側二車線の国道に出た。中古車屋やパチンコ、チェーン店の牛丼屋、コンビニ、ファミリーレストランなどの建物がチャリの速度に合わせて流れていく。ここは外房の田舎だった。代表的な名産品は落花生というパっとしない土地だ。風が顔や髪に当たり、本来ならそんなもの覚えないはずなのに、それでも閉塞感を覚える。田舎という土地柄もあるし、毎日学校やゲーセンに行くだけの日々、父親との近親相姦つきだ。冷静に考えると閉塞感を覚えやすい生活のようにも思える。本当なら学校になんて行かないで家やゲーセンでゲームをしていたいが、どういうわけか父親は学校に行かないと小遣いをやらないと言う。週に何度も娘を抱く変態でも将来を気にするのか。だが私は別に父親のことをそこまで嫌っていなかった。理由はわからない。子供は親を憎めないようにできていると前にどこかで読んだ。ただそれだけのことなのかもしれない。しばらくチャリを走らせると中学校の校門まできた。もう一時間目の授業が終わるような時間なので辺りに生徒の姿は見えない。私は屋根がついた駐輪所にチャリを止めると、玄関で上履きに履き替えて一階の保健室を目指して校舎内を歩いた。教室で普通に授業を受けるわけではないが、学校にくると余計に強い閉塞感を覚える。というか万年どこへも行けないという閉塞感がついてまわっていた。家、学校、毎日のように足を運ぶゲーセンが私が活動する場所のほとんどだった。たとえ大人になって就職したとしても学校が会社に代わるだけで毎日同じことの繰り返しだ。もう少し歳を取って落ち着けば閉塞感なんて覚えなくなるのだろうか。そんなことを考えながら、保健室の引き戸を横に開いて中に足を踏み入れた。カーテン付きのベッドが三台ある中、消毒液の臭いとともに白衣を着た養護教諭が私を出迎えてくれた。

「おはようございます。できれば、教室でホームルームが始まる時間の前にきてね。別に生徒が怖いというわけじゃないんでしょう」微笑で出迎えてくれたこのおばちゃんは、田中緑先生という初老にさしかかりそうな保健室の先生だ。一応は私が在籍している二年B組の担任とも通じていると思うが、保健室登校を認めてくれている。

「朝起きられなくて」私は素っ気なくそう言うとベッドの上に身体を投げ、周りのカーテンを引き、参考書を取り出すと、鞄を膝に乗せその上で勉強を始めた。さすがに学校ではゲームをすることは許されない。まともに授業を受けている生徒達とは比べられないが、中学二年生の範囲の勉強をまんべんなくしているので、そこまでバカではないと思いたい。まだ二年生なので気が早いかもしれないが、私は別に高校に進学したいというわけではなかった。こういっちゃなんだが、一生父親にセックスさせる代価として小遣いをもらい、好きなことをして暮らしたかった。今の所異性に興味もない。男なんてどうせおっぱいがなくて穴の代わりに棒がついているだけの人間だ。もう少し歳を取ったら独りで過ごすのが辛くなるのかもしれないが、今のところ私は異性を所望していなかった。一応、一人とはいえ小学校からの友達もいることだし。保健室で音楽を聴くことは禁止されているので仕方がないが、できればレイグルの曲を聴きたかった。私にとってレイグルとゲームだけが唯一の慰めだった。集中すれば集中するほど閉塞感を覚えなくて済んだ。残念だが、勉強ではゲームをするとき以上の集中力は出なかった。今は数学の勉強をしている。連立方程式や一次関数の何が人生の役に立つのかわからない。とてもいらいらする。こんな勉強なんかより毎日やってるゲームなんかより大切な時間というものが欲しかった。だが私にはそれがない。父親とのセックス、ゲーム、レイグルを聴く、保健室で勉強、ゲーセンでまたゲーム。人生のリソースが我慢ならないほど無駄に使われていく。

ねえ私って不幸? 私はそんな言葉を頭の中で投げかけた。ふふふ、不幸じゃないよ、そんな言葉をつぶやいて自分で自分を慰めた。一種の自慰行為だ。自慰する暇もないくらい父親に犯されているためオナニーなんかほとんどしたことなかったが、頭の中ではよく自慰行為をした。本なんてほとんど読まないで読み物といえばネットに上がったくだらないニュース記事ばかり読んできたが、私は言葉というものが好きだった。父親ゆずり? ねえ父親ゆずり? へへっ、吐き気がする。話がそれてしまいました。言葉というものは人を慰め、人を怒らせ、人を感動させ、人を動かし、人を笑わせ、人を泣かせ、人の心を豊かにし、人を堕落させ、人を共感させ、人生そのものに思えた。私のこのクソみたいな人生だって文章だけで表現することはできるし、レイグルの一番好きな曲の「明日は今日」の歌詞にある、明日だって今日と同じさ、明後日だって今日と同じさ、僕は腐ってる、僕は生きていない、それでいいんだ、それでいいんだ、というフレーズだって結局は言葉だ。言葉に音を持たせたものを私たちは毎日聴いている。人間の声だって言葉に音を持たせたものだ。そんな意味なんてないことを考えていたら何度目かのチャイムが鳴った。昼休みの時間だ。私は持ってきていたウェットティッシュで手を拭くと、カーテンを開き友達が給食のトレイを持ってきてくれるのを今か今かと待ち望んだ。お腹が空いていた。それに友達の顔を見たかった。その友達だけが私にとってふつうの人間関係だった。友達はすぐに来た。「給食持ってきたよ」檸檬は笑顔で私に給食のトレイを手渡してきた。身長は百五十センチ台、髪は肩にかからないくらいのショートカット。目はまん丸くて大きい。胸はあまり出っ張ってない。太ってもいないし痩せてもいない。声は甲高いアニメ声。制服のブレザーにはどこにも汚れや埃がついていないし、ブラウスは真っ白、リボンタイもまっすぐ首もとにつけられている。この子が唯一の友達だった。控えめな子だと思う。

「自分の分持ってくるからちょっと待っててね」

「うん」私はトレイを持って、ベッドの側の長椅子に座った。手前にはテーブルもある。檸檬がくるまで食べないで待っていた。彼女はすぐにトレイを持って戻って来た。二人でいただきますと言って食事を口に運ぶ。今日の昼食は鶏肉のソテーにこれはほうれん草かな? 何か緑っぽい野菜の胡麻和えに、味噌汁に、麦飯、デザートのグレープフルーツだった。私はソテーを一切れ口に入れると、茶碗を掴んでご飯を口の中にかっこんだ。中学校の給食の食器はぜんぶプラスチックで出来ていて、とても味気ない。これもまた一つの閉塞感のように思えた。

「今日は四時間目が体育だったから疲れたよ」檸檬は本当に疲れたというような表情で私の顔を見て言った。

「何したの?」

「女子は体育館でバレーボール。みんなあたしが守ってるところに狙ってボールを打つから、たくさん点取られちゃった」

私は鼻で笑った。

「別にいいじゃん、学校の体育なんてお遊びだよ」

「え、そうなの?」檸檬は一瞬困惑したような表情で言う。

「それはそうだよ。だってお金貰ってやってるわけでもないし、そもそも毎日バレーボールの練習しているわけでもないじゃん」

「そうだけど」檸檬は釈然としない顔をしている。少し離れた場所でスチールの机の上で給食を食べている緑先生が言った。

「学校の授業や行事はどれ一つ取っても遊びじゃないわ。立派な社会に出るための練習です。相川さん、自分が保健室登校だからって、まじめな生徒の足を引っ張らないでね」

その言葉を聞いて檸檬はくすっと笑った。

「遊びじゃないって言ったって実質遊びじゃないですか。仕事じゃないんだから」私は反論した。

「だから練習なんだって。学校にまじめに通わないと社会に出てから困るのはあなた達よ」緑先生の話を聞いて、檸檬は私の横でうんうんと頷いた。

「別に困りませんよ。私は社会になんて出ないんだから。学校卒業したらニートになるつもりだし」

緑先生は給食を食べる手を止めると、椅子から立ち上がりスリッパを鳴らせて私の前まで歩いてきた。

「そんなこと言わないの。わたしたちは生徒の一人一人が立派な大人になるのを夢見ています。ニートなんてぜったいにだめよ」強く私の目を見て先生は言う。

「別にいいじゃないですか。秋葉原で無差別殺人をするって言ってるわけじゃないんだし」

「だめです。本当なら教師がたとえニートであっても否定はしちゃいけないんですが、わたしは否定します。親が悲しむし、社会にとって何の役にも立たないじゃない。若い子は社会の歯車になるのを嫌がりますけど、社会の歯車というのは立派な大人ということです。相川さんもニートになるなんて言わないで、人の役に立つ大人を目指しなさい」私は思った。世間の大人は誰かの役に立ちたいから仕事をしているのか。違うと思う。自分がいい生活をしたいからいい会社に入ってまじめに働くんだと思う。誰かの役に立ちたいから働く人もそれはいるのだろうが、全体から見て少数のように思える。せいぜいが多くて十パーセントというか。私は口に入れていたご飯を飲み込むと言った。

「家の親は私がニートになっても悲しみません。誰かの役に立てばそれはそれで嬉しいですけど、今のところ強く誰かの役に立ちたいとは思いませんから、私の卒業後の進路は断固としてニート希望です」

緑先生は頭を抱える。実際に握った右手を頭の上に乗せていた。

「一度あなたのお父さんお母さんとお話がしたいわ。親御さんの職業は何かしら」

「秘密です。でもお金はいっぱいあります」父親は官能小説家で、母親は家事もしないで夜な夜な外に遊びに出ているなんて言いたくはなかった。給食をゆっくり食べていた檸檬が遠慮がちに聞いてきた。

「藍は仕事して自分でお金を稼ぎたいって思わないの? 大人になれば使えるお金も増えるし楽しみなことだと思うけど」

私は誰にも毎月十万円小遣いを貰っていると言ったことがない。檸檬とは友達だが、休みの日まで一緒に出かける友達ではないので、私の財布事情を想像できないのだと思う。

「今くらい使えればとくに不満はないよ」

「お小遣いいくら?」

「それも秘密。でも五万も十万も貰ってるわけじゃないよ」私は嘘を吐いた。できれば檸檬には私のことをふつうの保健室登校の生徒だと思ってもらいたい。

「ふうん、藍は変わってるね。あたしは大人になったらケータイも欲しいし服ももっと買いたいなあ」私は一応スマホというものを所有しているが、檸檬は携帯電話自体持っていないのだ。親が厳格というかなんというか。もうとっくに給食は食べ終わっている。そろそろ昼休みが終わるという時間になって、檸檬は給食のトレイと食器を二人分持って保健室から出て行った。私は引き続き勉強というものをした。

それから放課後になって檸檬が迎えに来てくれた。いつもこうだ。ありがたいことだ。緑先生に挨拶をして二人で校舎から外へ出る。たくさんの生徒達が下駄箱に押し寄せてきていて、私たち二人は靴を履き替える順番を待った。駐輪所から自転車を取ってくると、二人で並んで口数も少なくチャリを漕いだ。見慣れた町並みは閉塞感の象徴のようだった。どこか新しい場所や、自分以外は誰も居ない街に行ってみたかった。想像してみた。自分以外に誰も人がいなかったら街が恐ろしく感じると思う。前言撤回、私は新しい場所に行ってみたいのだ。

ふいに隣の檸檬が私に聞いてきた。

「藍は大人になりたくないの」どういう意味なのか。別にセックスを知っているからといって自分が大人だとは思っていない。大人、オトナ、おとな。大人とはいったいなんなのだろうか。

「別に、そういうわけじゃないけど」

「ふうん、そうなんだ」

また無言でチャリを漕ぐ。いつも通っている国道は車がビュンビュンとスピードを出して走っていた。田舎なので目を引く楽しそうな建物なんてひとつもない。檸檬は大人になったら服が欲しいと言っていたが、私は服を気にしない質で、ユニクロやしまむらで十分だと思う。この二つはこんな田舎でも近くに店舗を構えていた。国道を抜け、檸檬と別れる地点まできた。

「じゃあ、またね」

「うん、またね」彼女はチャリを片手運転し笑顔で手を振ってくれた。私も振った。少し癒される。私は一人でチャリをせこせこ漕いでゲームセンターに向かう。ゲームをしていれば閉塞感と向き合わなくて済んだ。できれば自分が現実に生きているということを忘れたかった。ゲーム自体に新鮮な感覚などもうないが、自分の行動パターンを変えられなかった。大人になったらギャンブル依存症になってしまいそうだ。ゲーセンまで辿りついた。長方形の建物で中は二階建て、外壁は白やパステルカラーの黄緑で塗られていた。田舎のゲーセンなので駐車場が大きい。他のチャリや原付バイクが停まっている駐輪所にチャリを停め、私は自動ドアをくぐりめくるめくゲームの世界に足を踏み入れた。階段を上り二階のビデオゲームのコーナーを目指す。到着。私は対戦台に座り、誰かが乱入してきてくれるのを待った。そのゲームはストリートファイターⅣというゲームで、九十年代に大ブレイクしたゲームの続編だ。私はブランカ使いだった。家でもゲーム機があるのでよくネット対戦をしているが、ゲーセンという場所が好きなので毎日のようにここに来ている。対戦者は現れた。対戦者は向かいの台に座っているので顔は見えないが私は緊張した。相手の攻撃をガードしローリングアタックで奇襲する。相手は難なくそれをガードした。その後で私のブランカはすぐにガードを崩され大ダメージを与えられる。ストレートで二本取られ私は惨敗した。くやしいので後ろに誰も並んでいないことだし百円玉を再び投入し、再戦を試みる。また負けた。それを五回ほど繰り返して、もう勝てないと諦めると別の台に移動してレトロな格闘ゲームに興じた。ヴァンパイアセイヴァーという格闘ゲームだ。リリスやモリガンがかわいくてセクシーだ。それにこのゲームはチェーンコンボを採用していて、ボタンを順番に押すだけで技が繋がり一種の爽快感がある。この台は独立していて他の台と繋がっていないので、対戦するには見ず知らずの人の隣に座らなければならない。対戦をするためのハードルがとても高い。予定通り私の隣には誰も座らなかった。コンピューターが操るキャラクターと闘うことになるのだがゲームは好きなのでそれでもそこそこ楽しかった。コンピューターのラスボスを倒すと先ほどのストⅣの対戦台を見に行った。今は誰もプレイしていないようだった。私はまた誰かが乱入してきてくれるのを待った。何人かの見知らぬ人と対戦すると、時刻は午後六時になりそうだった。十六歳未満は午後六時以降はゲーセンにいちゃいけないことになっている。前に六時以降もここに留まろうとしたところ店員に追い出された。追い出されるのは気分的によろしくないので私はさっさと階段を下り、外へ出た。外はもう真っ暗だった。真っ暗な街は可能性に満ちているように感じて不思議と閉塞感をほとんど覚えない。チャリにまたがり、途中のコンビニで弁当を買って家へと帰宅した。

玄関に入ると、ちょうど母親が家を出るところだった。母親はばっちり化粧をしていて片手にハンドバッグを提げていた。私はただいまともいってらっしゃいとも言わないで家の中に入る。母親も何とも言わなかった。リビングで弁当を食べ、食べ終わった空き箱をまだ満杯まで詰まっていないゴミ袋の中に投げ入れると、風呂を沸かし身体を洗った。その後は部屋に引っ込み、ゲームやインターネットを眠気がくるまで楽しんだ。その日は父親が私を抱きにくることはなかった。

 

もうそろそろ給食の時間というところで、緑先生は私に言った。

「運動会は出るの?」今は四月の下旬だ。あと二週間もすれば運動会が開催される。

私は即答した。

「出ません」

緑先生は私の前まで来て言った。厳しい表情をしている。

「出なくてもいいから、せめて親御さん達と一緒に運動会を見てなさい」

それは御免だった。そんな滑稽な光景を認めるわけにはいかない。

「嫌です」

「なら保健室はもう使わせません。それでもいいならどうぞ家で寝てて下さい」

「それは先生の独断ですか?」

「違います。職員会議で決まったことです。相川さんは保健室登校とはいえちゃんと勉強をしているし、そろそろ教室で授業を受けさせてもいいんじゃないかと、皆で話し合いました。そのリハビリとして相川さんは運動会を見学するんです。嫌とは言わせません。嫌だと言うならわたしはもう相川さんのことなんて知りません。保健室には来ないでください。保健室をサボりで使いたがっている生徒に、授業を受けなさいと断ると、いつも使っている生徒が一人いるじゃないかと言う人もいるんですよ。はっきり言って相川さんは他の生徒に悪影響です」それはまあ自分の存在が他人にいい影響をもたらすとは思っていなかったけど。学校に行かないと父親から小遣いを貰えなくなるし、それは困る。何故教室で授業を受けるのが嫌なのかと言うと、強い閉塞感を覚えるからだ。動悸が止まらなくなるし、吐き気もする。小学生の頃、それで目眩がして倒れたこともある。小学生の頃もそうだったが、それ以来私は保健室登校を続けている。とりあえず私は緑先生に言い返した。

「先生、私を見捨てるんですか? 入学するときに言ったじゃないですか、私は教室で授業を受けると倒れてしまうかもしれないって。こんな精神薄弱者を追い出すなんてあんまりじゃないですか」

「もう既に治ってるかもしれないでしょう。とにかく、運動会は見学しなさい。私服を着てていいから。そうすれば誰かの兄妹に見えるでしょう。私は相川さんのことが嫌いだから、教室で授業を受けてと言ってるわけじゃないんです。大切な生徒だからこそ、ゆくゆくは普通に教室で授業を受けられるようになって欲しいんですよ。先生の気持ちをわかって? ね」まずいまずいまずい。話の流れから言うと近々私は教室で授業を受けさせられるのかもしれない。倒れるかどうかを別にしてもそれは嫌だった。最後に教室で授業を受けたときのことはしっかりと覚えている。強い吐き気と目眩を感じて、自分がどこに座っているのかもわからなくなる。何が原因でそんなふうになったのかはわからないが、教室で授業を受けるのは無理だと思った。

「運動会を見学すれば、保健室登校を続けてもいいってことですか?」

「それは、相川さんが少しは社会と折り合う努力をしたということで、保健室登校を認めます。でも三年生になる前に教室で授業を受けてもらいますよ」

「それで、私が倒れた場合は?」

「大丈夫です。倒れません。もし倒れたとしても、そのときは保健室登校を認めます」緑先生は両手を腰に当て、堂々としたドヤ顔で言った。私は諦めた。

「わかりました。運動会を見学します」

言った瞬間、緑先生は嬉しそうに両手をパチパチと数回叩いた。

「大人になりましたね、相川さん。これからも勉強を続け良い高校に入れるように頑張るんですよ」

結局はそこかと私は思った。いい高校に入ったっていい人生を送れるとは限らないのに。それから少ししてチャイムが鳴り、檸檬が給食を持ってきてくれた。

「運動会を見学することになったんだけど」不機嫌に私はそう言ったのだが、檸檬はとびきりのスマイルで答えた。「嬉しい、それ本当? できれば参加してくれればもっと嬉しかったんだけど、藍が見学してくれるならあたし張り切っちゃうよ」そこまで言われると私としても嬉しかった。

「写真くらいは撮ってあげるから、盛大にこけていいよ」

「ああっ、ひどい。運動音痴というのは自覚してるけど、けっこうあたしの責任で点を取られるのは気にしてるんだからね」

「いいじゃん、どうせ遊びなんだし。究極的に言えばテストも受験も遊びだよ。生きていく上で何のプラスにもならない暗号をみんなで丸暗記しようとしてるんだから」

檸檬は一瞬だけひどく不快そうな顔をした。

「遊び遊びって……藍は頭がいいからそう思うんだろうけど、自分らが毎日やってることを遊びって言われたら良い気はしないよ」

「それはごめんなさいね。私口悪いの。あと頭もよくないよ、ただのバカだよ」

「あたしは頭いいと思うけどなあ。ちょっと聞いてみたいんだけど、なら遊びじゃないことって何?」

私は即答した。

「仕事、子作り、食事、睡眠」

子作りと言ったところで檸檬は過剰反応して視線を斜め下に落とした。

「他には?」遠慮がちにそう聞いてくる。

「ぱっとは浮かばない。それくらいしかないんじゃない」

檸檬は深くため息を吐いた。

「ふうん、あたしは人生のすべて遊びだとしても、それでいいや。遊びに本気になれるならそれはそれで楽しいと思うし」

「その通りだね。檸檬のそういう根が明るいところ、私好きだよ」

「あたしも藍のひねくれてるところ、刺激的で大好き」とかなんとか会話していると、昼休みが終わりそうになる。午後の授業が開始する合図のチャイムが鳴り、檸檬がいなくなってから私は思い出した。人生のすべてが遊びだとしてもそれに本気になれる檸檬がうらやましかった。私にはできない。毎日時間を無駄に使っているが、本当なら意味のあることしかしたくなかった。食って、クソして、ゲームして、父親に犯されるだけのこの毎日に、神様が意味を与えてくれたらどんなによかっただろう。だが神様は誰がどんなに望んでも姿を現してくれない。息苦しい、窒息しそうだ。この閉塞感をなんとかしてくれ。私がどれだけ藻掻いても神様は現れてくれない。なんてね。私はそもそも無神論者だった。放課後檸檬が迎えにきてくれて途中まで一緒に帰って、またゲーセンに寄った。

 

保健室に登校すると、ちょうど怪我人が担架で運ばれてくるところだった。立て込んでいるので私はベッドに行かず、保健室の床に突っ立って成り行きを傍観した。担架に乗っていた体操服を着ている男子生徒はベッドの上に数人掛かりで下ろされた。緑先生はその生徒が穿いていた学校指定のジャージを脱がすと、手で脚を曲げたり伸ばしたりして、指で脚の脹ら脛を押した。その瞬間、涙目の男子生徒は痛い、痛い、痛いと大声で喚く。本当に痛そうだった。緑先生は、折れてるわ、と言う。しばらくそのまま突っ立っていると、学校の外から救急車のサイレンが聞こえてきて、数名の男子生徒が担架を担ぎ、その場に居た私以外の全員が保健室から外へ出て行った。いつも通り保健室登校して問題ないのか定かではなかったが、私は気にせず、あまりふかふかしていないベッドの上に陣取った。見知らぬ誰かの怪我より、万年覚える閉塞感の方が問題だった。怪我した生徒は医者や生徒に助けてもらえるわけだが、私の覚える閉塞感は誰も助けてくれない。精神科病院にでも行けば助けてくれるのだろうか。そんなわけないと私は自己完結した。両親がまともだったら私も精神科に連れて行かれるのかもしれないが、家の両親はまともではないため二人とも娘に関心が薄かった。父親は股さえ開けば他には干渉してこないし、母親とは私が何かしたのかと思うほど会話がなかった。私は本日の勉強は英語にすることにした。実は英語は大の苦手で、中一の範囲の参考書を開いて勉強した。レイグルの英語の歌詞は暗記しているが、英語自体に興味がなかった。アメリカなんて世界の警察を気取っているが、実際はひどい国だ。不良はギャングになるし、スラム街は怖くて一般人は近づけない。コンビニや自販機は少ないし、国民健康保険がなく高い任意保険しかない。当然のように危なくて夜は外に出られない。私は自分のことを可愛いだとか美人だとかまったく思っていないが、仮に中学生がゲーセンに入り浸っていたらあっという間にレイプされるに違いない。とにかく私は英語が嫌いというのを通り越して、何故日本人なのに英語を覚えないといけないのかと独りで怒った。私は右翼ではないし愛国心なんてほとんどないが、英語なんてカタカナ語で十分で、中学でやる必要もないと思う……が、冷静なところで英語が学校教育に取り込まれているのは当たり前のように思えた。学校で英語を教えなかったら、誰が大人になって外国人と取引をする。土地が狭い日本は輸入に頼って生きているのだ。他の国よりいっそう外国の言葉というものが重要なのだと私は思った。どうせ保健室登校なのだから、好きな教科だけ勉強すればいいものを、私は愚直に五教科をローテーションで回して勉強していた。それは英語を勉強するのは他の教科に比べて少ないが。私は保健室に誰もいないことを良いことにスマホでレイグルを聴きながら英語を勉強していった。

その日はいつも通り、檸檬と一緒に給食を食べて、放課後は途中まで一緒に帰った。放課後、たくさんのゲームの音が耳にやかましいゲーセンで、私は喉が渇いたので自販機のコーナーに足を踏み入れた。飲み物の他にアイスクリームの自販機もあるのでよく利用している。そこで髪を黄色っぽい金色に脱色していて白いジャージを着た男が、学ランを着た中学生だか高校生だかわからないが他校の男子をカツアゲしているところに出くわした。男子は弱気な目をして身体を落ち着きなく揺らし、今にも泣き出しそうだった。金髪の男は手にした黒い二つ折りの財布を穴が開くほど見詰めて、じっくりと検査している。その財布から紙幣を抜き出し、学ランの男子に返すと男は自分の長財布に金をしまっていた。私はシニカルにあらあら悪いことしちゃってえなどと思った。態度的にはガン無視して、予定通り自販機で午後の紅茶ロイヤルミルクティーを買ってから、ビデオゲームの筐体が並ぶ場所まで戻ってくる。一気にミルクティを半分ほど飲み干した。見知らぬ誰かとストⅣで対戦しながら考えていた。カツアゲされていた方の男子は問題ないとして、カツアゲしていたヤンキーは問題ありだ。独断と偏見だがどうせパチンコで擦った金を他人から補充していたのだと思う。私の財布の中に五万円入っていると知ったら、あのヤンキーは私からもカツアゲするのだろうか。ゲーセンでカツアゲね……見たところ白いジャージの男は、けっこうお年を召していた。下手したら三十代だ。そんなになってもカツアゲを収入源にしているなんてひどすぎる。私だったら惨めで泣いてしまうかもしれない。ヤンキーというのは得てして髪を派手に染めていてジャージを着ている。趣味は車とギャンブルで、中卒の人も多く、仕事はガテン系の仕事についていることが多い。そして何故か女にモテる。私のインターネットで聞きかじった知識を総合するとヤンキーという人種はそんな感じだ。私もこのままいくと中卒の予定だが、学生からカツアゲするような大人にはなりたくなかった。ヤンキーがゲットしたお金は、ちらっと見えただけだから確かではないが恐らく千円札数枚だ。ヤンキーからすると煙草代くらいにしかならないかもしれないが、あの学生からすると数日分のゲーセンで遊ぶ費用だったに違いない。私もゲームが好きなので、見知らぬ誰かからカツアゲされて、そのせいでゲームをできなくなったら、とても落ち込むし、とても恨む。みんなの模範になりたいわけじゃないし、誰からも好かれる人間にはなれないと思うが、他人に理不尽を強いるのは到底良いこととは思えなかった。あのヤンキーは罪悪感を覚えるのか。反語、きっと覚えない。ヤンキーだからってそう思うのは良くないが、きっと常習犯なのだと思う。ふふふ、なんでそういう大人がこの世の中にいるのかねえ。赤の他人の子供から金を奪って、自分はその金を生活の足しにする。私には恥ずかしくてそんなことができないな。父親は娘を抱く変態だし、母親は金のために旦那と離婚しない阿婆擦れだが、私はそこまで自分の性根が曲がっていないと信じたい。

 

その日の夜、父親が部屋まで私を抱きにきた。いつものように長々と舌を入れるキスをして、胸を揉んで乳首を吸った後、また長々とクリトリスやヴァギナを愛撫してから、父親はコンドームをしたディックを入れてきた。別段いつもより気持ちがよかったわけではないが、私はふざけた。別に父親とは恋人同士ではないが、なんかマンネリだったのだ。このどこにも行けないという閉塞感を打破したかった。父親がヴァギナでディックを何度も擦っている最中に私は声を作って甲高く叫ぶように言った。

「あん、あん、気持ちいいの、もっと突いて」父親は戸惑いディックの動きを遅くさせた。私はかまわず、またふざける。「気持ちいいの、お父さん藍の中にいっぱい出してえ」父親は終には動きを完全に止めた。心なしかヴァギナの中のディックが少し柔らかくなった気がする。

「どうしたんだ、藍」父親が低い声でそう訊いてきた。顔はまじめな表情だ。父親は無表情なのでいつもと変わらない顔とも言える。

「だって気持ちいいんだもん、頭がおかしくなりそう」甘えるような声でそう言った。考えてみれば男に甘えるのなんて演技とはいえこれが初めてだった。父親は何度か瞬きをして言った。

「藍、ドラッグのたぐいを使ったわけじゃないよな」

「え、使ってないよ」そんなことを言われるとは思ってもみなかったので、素の声でそう答えた。父親はヴァギナからディックを抜いて、パンツとズボンを穿いた。私はきょとんとする。

2016年5月4日公開

作品集『溺れそうな藍色のカレー』最終話 (全2話)

溺れそうな藍色のカレー

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© 2016 瀧上ルーシー

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純文学 近親相姦

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