くしゃくしゃの紙

溺れそうな藍色のカレー(第1話)

瀧上ルーシー

小説

4,964文字

男子高校生のいつも一緒にいる女子への歪んだ感情。

その日はいつもの悪いことがあまりなかったようで僕と二人きりの文芸部部室で長谷川は上機嫌で長テーブルの向かいに座り、トランプをシャッフルしていた。あまり構っていなそうなおかっぱじみたショートヘアをした彼女は爽快に時折鼻歌なんかを歌っている。どこかで聞いたことがあるような気がしないでもないアニメソングだった。二人で大富豪をしているのだから、自分が持っていないカードは相手が持っているということになる。頭の中で記憶しないで済むようにお互い手札は常にオープンにしていたし、ハートのエース持ってる? なんて確認を取ったりしながら戦略を立ててゲームをしていた。大富豪だが、次回のゲーム時に負けた方が勝った方に強いカードを配るというルールは採用していなかった。長谷川は三連続で僕に負けると、何を思ったのか、「脱衣大富豪で仕切り直しよ」などと言った。その表情は大まじめなものだった。彼女は九州男児のように負けず嫌いなのだ。僕が了承すると長谷川は「相手が上がったときに残ってるカードの数だけ服を脱ぐの。もちろん靴下は左右二つで一つだってカウントするのよ」僕はまた了承した。窓のカーテンの隙間から夕焼けの赤い光が差し込んでくる。世界が終わりそうな緋色だった。このまま終わってしまってもかまわないと思わせてくれるほど美しい世界だった。ほんの少し大富豪を続けると長谷川はブラジャーにパンティ姿になっていた。この寒いのにやたら細い脚と足まで丸出しだった。胸には谷間などほとんどなかった。痩せぎすだし下手したらお子様よりひどい体型だしいつも僕が想像しているような純白の物とは違ってギャル物のAV女優がつけるような光沢のあるビビッドピンクの下着上下だったのであまりそそらなかった。

「寒いし、服着れば?」

「いやよ、情けをかけられているみたいで絶対にいや。ここから逆転して見せるわ」

「もう大富豪飽きたし、これで終わりにしようよ。僕に裸を見せたくてしかたないなら遠慮なくどうぞ」

「……たまにエグいこと言うからタカは面白いんだけどね。本当に服着ていいの? もっと見たくない?」

「いいよ、別に見たくもない。ITの時代だからね。裸だったらいつでもどこでも見られるよ」

「生の情報とネットの中の情報を一緒にしないでよ。それとも気づかってくれてるの?」

「そう思いたいならそう思っていいよ」

目の前で長谷川が元通り順々に制服を着ていくと、ジャンケンをして僕が負けてしまったので自販機まで缶コーヒーを二つ買いに部室を出た。自分の分はコーヒーと言ってもカフェオレだ。部室があるのは西棟で教室があるのが東棟。長谷川にとっては楽園の西棟に地獄の東棟なのだろうか、プライドが高い彼女には直接は聞けない。部室で無言になってそれぞれ読書をした。長谷川はライトノベルで僕は推理小説を読んでいた。石油ストーブが点いていても若干寒いせいか、温かい缶の中身はすぐに空になった。十七時五十分頃に、十八時までには学校から外へ出ましょうと放送が聞こえてきたので僕と長谷川はコートを着て鞄を持って一緒に歩いて行った。二人ともPコートを着ていた。外はもう暗い。長谷川は歩くのが遅いが、分かれ道までは歩幅を合わせてそうして別れの交差点までやってきた。彼女は立ち止まる。「家まで送っていきなさいよ」睨みつけて僕にそう言った。言葉に困って「僕は君がそこまで好きじゃない」などと言ってしまった。長谷川はけらけらと笑い「知ってるよバーカ」と言って僕に背中を向けて歩いて行った。

まだローンが残ってるだろう家に帰ってくるとリビングのドアのガラス越しに親父が酒を飲んでいるのが見えた。僕は君子危うきに近寄らずなどと思って階段を上って自分の部屋を目指した。豹柄の派手な格好をした若作りの母が上から下りてくる。「行ってくるから。お父さんにあまり話しかけないようにね」なんて言っている。これからスナックへ仕事をしに行くのだ。会社をリストラされて以来家で酒を飲むことしかしない父親と離婚もしないで家族を食わせているのだから母親には頭が下がる。

部屋に入ると、まずはエアコンをリモコンでオンにして、帰りにコンビニで買ってきた菓子パンとコーラの夕食を食べた。僕は異常な甘党だった。朝に飲むサプリメントと昼食で飲む野菜ジュース以外、あまりビタミンがある物を食べていないが、甘い物が食べられれば文句はなかった。そうしてベッドの上でスマホで遊ぶ。ガラスを食べるとか生卵を百個飲むとかそういう面白系の動画を見た。動画の中の彼らはいつでも元気だった。現実のぱさぱさに乾いた生活感はない。それとネットユーザーが好き勝手に意見を言っているニュースサイトなんかを見た。本音を語らせれば人は口汚く罵ることしかしない。人間の世界は今日の夕方観た緋色のように美しくできていない。シャワーを浴びて部屋に戻ってくるともう午後十一時を回っていた。僕はベッドに入りエアコンの切りタイマーをセットすると電気を消した。そしてオナニーした。妄想の中での長谷川は消極的だったり積極的だったりその都度態度が違っていたが、何回中で精子を出しても処女だった。妄想の中での彼女が身につけている下着をビビッドピンクの派手な物に変更する。なんだかんだ言ってその下着が目に焼き付いていた。安心する心地よい自分の手による快楽の中ティッシュに射精すると、僕はパンツも上げないでそのまま眠った。

 

翌日も学校だった。教室に登校してくると穏やかだった昨日が嘘みたいに、廊下側真ん中の長谷川の席は散らかっていた。机の上にも椅子の周りの床にもくしゃくしゃに丸められた紙は存在感を十分に主張して転がっている。それに教室の中は騒がしかった。たぶん教室中の三分の一から半数くらいの生徒が長谷川の悪口をわざわざ聞こえるように喋っていた。昨日はリーダー格の君塚という女子が休みだったから、長谷川への攻撃がなかったのだ。これではっきりしたことはいつも君塚が言い出して長谷川への攻撃を開始しているということだった。僕はあまり長谷川の方を見ないようにして、スマホを開いてホームルームまでの時間を潰した。学校の中で唯一に近い友達が僕に話しかけてきた。

「お前も文芸部なんてさっさと辞めないとターゲットにされるぞ」

「そのときはそのときだよ」本当にそう思った。虐めなんてどんな些細なことでも理由になる。なるべくなら僕は虐められたくないし出来ることなら長谷川を虐める人間もいない方が良かった。だが恐がりで卑怯者の僕は何もしないで部室で彼女の話を聞くのと家で彼女をオカズにしてオナニーすることしかしなかった。

あっというまに昼休みになった。少しだけ教室で本を読んで時間を潰してから文芸部部室を目指した。帰りは学校に残った他の生徒も少ないし一緒だが、長谷川と仲良く手を繋いで部室まで行くことなんてまるでなかった。僕は既に文芸部に来ていた長谷川の前に座って甘いカフェオレとあんバターパンとメロンパンの昼食を食べていった。彼女はあまりパンクズをこぼさないでね、なんてうるさいことを言った。家から持ってきた弁当を食べ終わると長谷川はくしゃくしゃの紙がたくさん詰まったレジ袋をテーブルの上に載せた。忌々しそうな顔で彼女は紙を見つめていた。いつものことなのでとくに驚かなかったが、わざわざゴミ箱に捨てないで教室から部室まで持ってくる辺り、長谷川は少し常人と感性が違うのかもしれない。

くしゃくしゃの考え方によっては長谷川へ向けた手紙を彼女はひとつひとつ広げて、書いている内容を朗読していった。そして一言コメントを放った。

「『お前の居場所はない』大きなお世話。自分の居場所は自分で決めるわ」

「『バーカ、学校にくんな』お前に言われる筋合いはない」

「『なんで生きてるの? 早く死んだら? クスクス』うるさい、お前が死ね」

「『鉄の処女』……わたしは拷問器具? そんなわけないよね」

昼休みを使って、長谷川は合計十二通の〝手紙〟をすべて朗読した。彼女にとって心地の良い内容の手紙は一つとしてなかった。

「なんで長谷川はこんなに虐められてるの?」配慮が足りないとは思ったが僕は彼女にそう聞いた。

「私がクレオパトラ並に美しいからでしょうね。嫉妬よ嫉妬」

「本当にそう思ってるの?」

「……思ってないけど。わかんないわよ、そんなの」

昼食を食べ終わり、学校の授業が終わると、僕達二人はまた部室に集まった。この日は二人とも無言でずっと読書をしていた。こんな時間が永遠に続けばいいと思う。何も長谷川のことが好きだからそう思うのではない。僕は大勢の人間というものが嫌いだった。一人だとそれはそれで落ち着かないことがあるので、気心しれた人間と二人きりとか多くても三人くらいと一緒に居たかった。それくらいが一番落ち着く。この日は長谷川がジャンケンに負けて飲み物を買ってきてくれた。いつも頼んでいる白い缶のカフェオレではなく微糖を買ってきたのはきっとかるいジョークだ。

時間がきて途中まで長谷川と一緒に帰って、家に着くとまた甘い物ばかりの夕食を食べて、風呂につかり、また長谷川でオナニーした。ティッシュで受け止められなかった精子が手にかかったが、洗わないで眠りについた。

 

翌日、教室に登校してくると、長谷川の席はこれまでにないほど酷いありさまになっていた。教室に入ると異臭がする。彼女の机には茶色い汚物が山ほど置かれていた。犬の糞だ。長谷川は呆然として机の前に立っていた。外野の生徒達が、長谷川、さっさとかたづけろよ、などと連呼していた。横から表情を伺うと彼女は今にも涙をこぼしそうな、世界を呪うような悲しげな顔をしていた。

身体が勝手に動いた。僕は自分の席に鞄を置いてくると長谷川の席まで行って、深呼吸をする。硬い糞を右手で掴んだ。教室の中が静かになると、そうして端まで寄ると汚れていない方の左手で窓を開け、犬糞を外へと投げた。意外とその動きをするのは爽快で気持ちがよかった。その動作を何度か繰り返して、長谷川の机の上は綺麗になった。ポケットティッシュを湿らせてくると机の上を水拭きした。それも何度か繰り返して最後はハンカチで拭いた。「座れよ」そう長谷川に言うと彼女はぎこちなく椅子の上に座って目に涙を溜めながら授業の準備を始めた。僕は何度目かになるかわからないがまた水道がある場所で石鹸を使って手を洗った。

 

昼休み文芸部部室に行くと、僕達は無言で昼食を食べた。その後で長谷川はまたテーブルにくしゃくしゃの紙を並べた。そんな物を今朝教室で見ていないような気がしたが、黙って彼女の声を聞くことにした。

「『長谷川へ。良い友達を持ったな、大切にしなよ』その通りね」

「『感謝の言葉を贈るとかさ』考えておくわ」

「『友達のままでいいの?』」

その手紙は長谷川が自分で書いたやらせだったのだろうか。僕はもやもやとした気持ちで彼女の甲高いを聞いていた。急に長谷川はパイプ椅子から立ち上がった。騒々しい音がする。

「今朝のことではっきりしました。好きです、付き合ってください」

僕は頬がいつもより赤く見える彼女の告白に即答した。「僕、君のことそういう目で見てるわけじゃないから。これからだって適当に距離を持って付き合いたいと思うよ」

長谷川は何を言われたのかわからないみたいにしばらく動きを止めて頬を膨らましたような表情で「素直じゃないの」と言った。

「でも部活も辞めないし、昼休みはここを使わせてもらうよ。別に長谷川のことが嫌いだってわけじゃないから」

「思い上がりみたいだけど、それくらいわかってるわよ」

放課後も部室に集まって、無言で本を読んで、最終下校時刻になると、二人で家へと帰って行った。交差点が来て彼女と別れる。小さな声で長谷川は、大好きだから、と言った。

家に帰ってきて食事と風呂を済ませる。父親は今日も飲んだくれていて、母親は今日も夜のお仕事だった。

僕はまた長谷川でオナニーした。当たり前だがティッシュは妊娠しない。

君はぼくのペットだよ。

恋人になんてしてあげない。

 

2016年5月4日公開

作品集『溺れそうな藍色のカレー』第1話 (全2話)

溺れそうな藍色のカレー

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© 2016 瀧上ルーシー

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