掌編集(第8話)

小渕太郎

小説

1,702文字

桜の季節の情緒をうたふ。無意味な抒情詩。旧仮名表記。

春につられ、恋しきが花ひらいた。

川向かふは青き。菜やなづなのまばらに。その上、白き一筋が道。ほとりにつらなる樹々、花は爛漫と。

あなうつくしや。誰をも趣かしめるらし。

 

日はうららか、午後がぬるい。

川縁にさかしまの樹々。――鷺がかすめた。ほのかに揺らぐ。流れをくだつた傍ら、架するをくぐつて彼方へ去ぬ。

水のへる冬は、川辺に地肌がでる。みぎわを啄む水鳥や百合鴎ゆりかもめなぞのすがたがある。

春は雪解けで川に水がゆたか。足長きよ、なれはかの映れるも歩めぬか。ざぶり入り、泳げるさまの浮かぶ。

 

時折人が目先をよぎる。橋をわたり対岸へゆくがおほかた、逆のながれは稀である。

片やむかひ。行き交ひしきりで道もひろい。樹々が手を伸ばすから、花が道の傘となる。

行人におほきは老爺、みな矍鑠と。間々に中年、犬連れをんな幾人いくたりか。稀なる若きは走るのくらゐ。おもてのもたげがちはいづれもで、ややもすると立ち止り、観るか撮るかするのもあつた。

 

表を歩ます樹々、幹のあひだより公園が覗いてゐる。道に沿つて長い。暗がりで視えづらい。が、甲声かんごゑの微かに。はしやぎたるをゑがく。いかに遊ぶか子供らは。

道につと、鳩が走り出てきた。傍から人も出てくれば、追い立てられた恰好か。

女で、幼子をひしと腕に。咲きたるを下より打ち仰がすは、愛でたさを相分たんとするがごと。

幼きや、幾度なるか、かれを拝むのは。恋しさを知るその日まで。

 

前をとほれる細長き。雀が二三羽、渡りゆく。

斜をくだり岸まで。なんぞ食せらるるを漁るやう、てんでん若草を、跳ねてはつつき、跳ねてはつつく。

点々と黄なるは、菜にたんぽぽ。危を察したか、蜜に厭いたか、蝶が一匹、飛びたつた。

 

ほとりに鯉が透いて見える。寄り集まつて、四匹、五匹。

ところへ交じつたは亀。あたまを浮かし掻き泳ぐ。

そのさきが細かに波立つ。ぼらか、幼くも群れやかに。

が、間もなく、忽と、いちどきに消えた。

岸辺を人がよこぎつた。――つうとふるえが鎮まる。

思ひのほか、亀が潜りの速かりしを。

 

川中に鴨がつどつた。のどやかに泛かぶ。向くはそちこち。

岸をかみへ行つた程近くに、釣り人がある。座り込み、竿を握つたまま微動だに。帽の庇に横つらが暗い。

陽がいくぶんかしいで、西なる川上が空の光れり。

目を落とせば、白鶺鴒はくせきれいが早足で。むかひは変はらず人の絶えない。

つとその前を、鳥影が、水下みなしもへむけて斜めにくだる。たむろを越えて辷りおりた。

何やらや、後ろすがたを眺めてゐると、――飛沫も上げずにひよいと潜つた。

波紋がんでほどなく、鳥が浮きでた。橋に間近い。

くぐらうかといふ処、撥ねて来たつぶてが尾羽をかすめた。飛ばせたは――斜向かひに橋畔けうはんがみえる。下は岸が低めにて、草すくなくも小石ちらほら。

悪戯ざかりの男児にとりて、水切りさなかに顕れしなぞ、なんであらうが好個な的か。誰かの打つたをかはきりに、三人して競ふかに、礫の玉をつぎつぎと。斉射せられて餌食、水の中へついと逃れた。

――待てどふたたび顕れず。さとつて彼らも岸辺を去つた。

 

 

宵のくちに入り、辺りは群青ぐんぢやうんでゐる。

橋は欄干にいく羽も烏を――見上げれば、空にたなびける雲、切れ間より月がちらちらと。

その月をちひさく泛かべたやうに、さかしまの影もうすらな川辺に、まどかな明りが点々と列なつてゐる。――花についた提灯の火で。

 

ぼうと明るい道はさみしい。野猫がよこぎり岸へくだつた。

折柄、風が吹きつけてくる。花満つ枝がそよぎはじめた。

川は波だち水下へ速い。波間にたゆたひ耀かがよへる明りが、嘘のやうに生きてみえる。

この分では花びらは、明らむ頃にはすこぶる落ちて、川面をまだらに飾るだらう。

風よ吹け。愛しきよ散れ。

吾は道辺に立ちたるしがない灌木、むかふの君をいたく羨める。

さらば、また逢はん。君が恋しくなる時季に。

2016年4月26日公開

作品集『掌編集』最新話 (全8話)

© 2016 小渕太郎

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