鶺鴒(4)

応募作品

狐塚月歩

小説

2,915文字

―美貌の少年に秘められた日常が。カクテルドレスを身に纏い鶺鴒(せきれい)と名乗った彼の思惑とは。

―かんかん照りのときに開いた雨傘を赤の他人から差しかけられたさいにあなたなら、どのような反応をするだろうか。

―そのうち降りだすかのようなら天候次第で受け取るかどうかを決めるのは、ほかの誰でもない。自分自身なのだろうという仮定に基づき行動するとしたら。

―どの道、天文学的数値において幾らでも待つ意志があるとしたならいつかは雨天になる可能性のほうが高確率だろう。

―けれどもしかすると、雨粒以外のものが降りそそぐのを誰かが防いでくれようとしたとしたことを察したとすれば。

―しかし素材にもよるが、雨傘で防ぎようのある天候による空からの雨粒以外のものといえばたかが知れているではないだろうか。

適当にその場をやり過ごそうと、近所にある行きつけの喫茶店で素のままの温珈琲(ホットコーヒー)を嗜みながら赤虫という男は、新聞の二面に掲載された写真に目を通しながら背後からの気配に帽子と包帯で隠された部分の皮膚をそばだてていた。

―人々の話す声。

―スピーカーの雑音(ノイズ)交じりは静かな弦楽器の旋律。

―サイフォンの中の沸騰に気泡が混じる。

―入口の戸が開き雑踏、そして犬の鳴き声。

ぞくり。

腹の底に冷たい刃をぺたりと押しつけられたかのような悪寒を感じとり、赤虫は瞬時に振り向いた。

珈琲の香りが充満する店内の短い席と席の距離間に緊張が走る。

「おい。」

血の半分、もしくは四分の一が白人か。

赤虫は背後の、線が細く肌の色が白くて髪の毛の色が日本人の標準よりも幾分か明るい美貌の持ち主に、自分にできうるかぎりの長閑な声音でもってして、

「出ないか。」

と誘った。

透きとおった硝子のグラスに四角い氷を浮かべた冷珈琲(アイスコーヒー)を長いストローで吸いこみながら、齢が十五になろうかどうかといった外見の少年は微笑みを浮かべて赤虫自体の包帯を巻いた顔を正視した。

「あなたが、赤虫さんですね。」

まるで年端もゆかぬ少女のような顔面に無邪気に溌剌とした笑みを浮かべ、少年は赤虫という青年に向き直ると正面きって話しかけたのだった。

―洋傘というものは何も雨傘だけに限らず。ただ、晴天用と雨天用があるこれらの、おもに空から照射もしくは落下しうるものを傘下において大部分を防ぎうる道具というのは、だいたいが割と廉価で売られていることが多い。

―ただし、洋傘というものに言及すれば廉価にて売られているそれらのみに限らず。

透きとおるような茶色の瞳はまぎれもなく、赤虫について好意的ともとれる視線を投げかけていたのだった。これが彼と赤虫の最初の邂逅と二人は記憶している。

―雨傘についてさらに言い及ぶとすれば、洋傘のみならずともどこかにはあるのだろう。ということもまた、理屈としてはあるのだろう。

―さらに、晴天の日に差す雨傘。これは和か洋かに関わらずとも七月の陽気に通常どおり使用するとしたならただ暑いだけともとれるのだが、目的にもよるのでいちがいにはなんとも形容しがたい。

伝票を二人ぶん席から離れた場所にある勘定まで持ってゆくと、赤虫、阿藤悠馬は紳士的ともとれるにこやかな笑いのようなものを少年に投げかけた。

ぱっと見、包帯を巻かれた皮膚が引き攣れただけともとれるのが周囲の人々からの反応として見て取れないではないのだが。

晴天の霹靂とばかりに名も知らぬ少年を路地裏へと連れこんだ赤虫は、やや動揺しながら尋ねたいことがあった。

「お前、俺を付けてくるとは只者じゃないな。」

少年はただうつむき加減に横顔に影をつくりながら返答に窮するでもなく臆するでもなく、鷹揚に頷いた。

「あなたが連続人体発火現象事件の、犯人ですね。」

赤虫は内心で同様しながら、鷹揚に首を縦に振りながらそれに応じた。

「もしもそうだとしたら、どうするんだ。」

「僕はあなたの部下になりたい。」

「なぜ。」

「嫌いな奴がこの世から居なくなった。それだけだが僕はとても嬉しかった。」

首を横に振りながら彼は、自分は犯人でないことを少年へと残念そうに告げた。

「人違いだ。」

まんざらでもなさそうなようすでその少年はその場を去っていった。

翌日。

深夜営業している酒場にて女に酌をさせていた赤虫の眼の前に現れるなり、

「やぁ。」

声をかけてきた黒くて長い髪を靡かせ、最近見ない顔のべっ甲色の瞳をあした姿の少女があった。カクテルドレスを身に纏った少女はにこやかに赤虫を接客する。

水割りをつくりながら名前を尋ねると、

「鶺鴒(せきれい)。」

という、おそらく源氏名と思しき名前を言った。

赤虫が焼身事件の真相をつきとめようとしたのは朝になってからだった。

調べは意外と簡単についた。

目撃者による証言だと、全裸で焼死体になった男たちというのは、生前、ある少年男娼を愛好していたのだという。

「やはりな。」

自分ひとりで風俗街をあちこち聞きこみに回った男の真っ白い包帯から覗いた火傷の痕が、わずかに引き攣れた。

これが赤虫と呼ばれる彼独自の所有する捜査網における調査網のもたらした情報だった。

―雨が降っているときに雨傘を差しかけられるとしたら、どんな人物がいいだろう。

―晴天でも雨天でも曇天でも、それこそ槍が降ろうがどちらにせよどうでもよくなってきたとしたときに、人間としての人はどのような行動に出るのだろうか。

―何の脈絡もなく傘を欲しない。という選択肢が脳裏に浮かびあがるとしよう。

彼らの思惑がにわかに噛みあった歯車のようにぎくしゃくと活動をはじめたのは直後からだったのだろう。

サイフォン式で淹れた温珈琲(ホットコーヒー)に新聞を片手に先日少年に待ち伏せされていた喫茶店にて赤虫は、延々と流れる雄叫び調の軍歌に耳をかたむけていた。

日本が戦争に劣勢になり幾年。勝ち目はない戦いは延々と首都圏までも蝕んでゆく。

「―守るも攻めるも鐵の。」

むなしさをともなう歌の内容は勇壮さというより虚飾を申したてているかのごとく。

紙巻き煙草を手にした青年は、口の中に残った煙草のタールを熱くて黒い液体で胃の腑へと流しこんだのだった。

「あいつ、またここまで来るかな。」

名もしらぬ少年はしかし、昨夜酌をしに席までやってきた少女の格好をしてやってきた。

赤いサンダルに白のワンピースを着用した日傘の少女。いや、少年。

「やぁ。」

入口のとびらから片手をあげて赤虫のほうへとにこやかな笑みを振りまいた少年は、日傘を折りたたむとカウンターへと腰かけ、こなれた所作でもって店主へと冷珈琲(アイスコーヒー)を注文したのだった。

―雨傘と日傘。時としてそれは晴雨兼用もありうるという定番の要素を大いに兼ねている。

―欲しない人間もいるのだということも。

赤虫と瞳があうと笑った。

少年曰く、その客たちは言うことを全部聞いてくれたのだという。それは例えば自らに火をつけて燃やしてしまえという命令にたいしてもだったのだと。

偶然だったが赤虫に迷惑をかけてしまったことに関しての詫びをしたつもりだったのだと彼、鶺鴒(せきれい)と名乗った彼は言及した。

―それらはまた、大いにありうるのだということを。

2016年4月23日公開

© 2016 狐塚月歩

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