鶺鴒(3)

応募作品

狐塚月歩

小説

1,133文字

ガソリンに混じった人肉の匂い。雨傘を差しだす刑事の「悪いな。」のひとことは、彼の冤罪をしめしている。

ガソリンに混じった人肉が焼け焦げる匂いを嗅ぎつけた何人かがその場の惨たらしさに目を逸らした。

そのひとりの男は、身体や衣服に火が点いたまま地面をのたうつようにしていたが、火炎が鎮火されるまでにはぴくりとも動かなくなっていた。

救急車が到着してからよく観察してみると、焼け焦げたようになったのは上背がある男は素裸のまま発火したかのようになっていたがゆえに、なぜこんな市街地で服を着用していないのだろうか。といった疑問が警察官たちのなかで頭をもたげてくる。

が、なんとか生きたまま救急車に載せられて救急病院まで運ばれた男に皆気を取られていたがゆえに、その疑問点は払拭されていったようだ。

三方をコンクリートのブロック塀に囲まれた立地条件において、被害者および加害者の逃げ場などあるはずもなく。

だが、人体がひとりでに発火した。そのような現象なのだと、駆けつけた刑事たちは理解したようだった。

―限られた間に如何にして雨傘を差しかけるかどうかというのは大きな問題ではないことだけは確実な事象だというのにも関わらず、それでは逆に問いかけるが、躊躇しない人物というのは存在しうるのだろうか。

冤罪という二文字が、その場に居た面々に大気中の分子のようにして本降りになりゆく雨の中、流れた。

「悪いな、赤虫。」

詫びを入れられた赤虫本人は彼自身の矜持からか、刑事から差しかけられた私物の黒の雨傘を差して夜明けの近い繁華街へと堂々と消えたのだった。

―他人から差しかけられた雨傘を、いかに自然に差しかけられるかどうかというのは雨に降られ、傘を欲する者としての心構えが必要であることは間違いなく。

―雨傘を差しかけている張本人が何本傘を持っているかなどはいちいち気にせずその場を立ち去るのは礼儀なのだろうか。

いまひとつ。

―心此処に在らずといった風体の者ほど、なぜだか雨の日に雨傘を差しかけられることは少ない。ともいえよう。

赤虫本人彼自身は考えに考えた。

自分の関わっていない犯罪の一端を担う者への郷愁か、はたまた自分とゆかりの人物が成し遂げたことなのか。

七月という季節柄、雨降りが多いわりに乾いた温暖な風が吹きぬける東京の昼間を思う。

―大体の雨傘というしろものは、雨天時、雨よけを持っていない時分に差しだされると嬉しいものである。

なかなかどうして。

赤虫は思考をめぐらす。自分以外にも殺人鬼がこの東京でもはびこっているものだ。連続して人を殺すことのできうる生きとし生ける人間など、東京どころか日本国内ではたかが知れているというのに。

警察署の駐車場で発火してから都内の救急病院に搬送された男は、重度の火傷のあまり死亡したのだという知らせが、赤虫のもとへと通達されていた。

2016年4月23日公開

© 2016 狐塚月歩

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