写し身の性(さが)

物語の切れ端(第2話)

東峰 八重

小説

1,345文字

テーマはサイコ・サスペンス。殺し殺され残った者は、オリジナルの意思を継いで生きる。
――ところで、クローン技術はSFに入りますか?

手元に届いた微かな月明かりにさらされ、赤く濡れた刃が鈍く光る。立っているのは一人だけ――それは、争いの結果を如実に物語っていた。

吐く息が白くなるには早いが、晩夏の山は寒い。無風であるのを幸いとしても、焚き火の消えた野外に長居しては鳥肌の一つも立とう。もっとも、止まらない体の震えは気温だけが原因ではない。

 

「……俺は悪くない」

 

知らず口から漏れ出た言葉に、彼自身が軽く動揺する。仕掛けられたのは確かだが、初めから殺すつもりで準備していたのは、他でもない自分自身であっても。

 

「俺は、悪くないんだ」

 

自分が自分である為に、男はもう一度否定した。悪いのはこいつらだと。

事実、Aが食事に毒を盛ったことでSは倒れ、それによってパニックになったKはAを絞め殺してしまった。そうして追いつめられた彼が自衛としてKを手にかけるのも、仕方のない話といえばそうだろう。だが、自分の手元を見たことで、しでかした行為の異常性と残虐性を認識したらしい。

刺したときの感触、抜くたびに降りかかった血の匂いや温度。男は恐怖のままにサバイバルナイフを後ろに放った。途端、その視界はぐにゃりと歪み、ガクつき始めた膝に手を置き押さえつける。急に動いたことで毒の回りが早まってしまったらしい。

ここまで進行しては無理かもしれないが、なんとかしなければと思考を巡らせる。そういえば、食事を用意したのはAだが盛り付けたのはSだ。それで躊躇なく食べていたということは、きっと解毒剤が――

ようやくそこに思い至ったとき、突然の衝撃と痛みが背中に走った。男のうなじに、生温かい息がかかる。

 

「……そうさ、〝お前〟は悪くない。だったら、〝俺〟だって悪くないよな?」

 

辛うじて立っているだけの男の肩口を掴み、突き立てた凶器をさらにねじ込みながら、男と瓜二つの人物――Sは囁く。自分と同じであるはずの声には毒の影響が微塵もなく、刺された男にはまったく別物に聞こえた。

まさかと思いAの荷物に目をやるが、荒らされた様子はない。

 

「どうして……?」

「俺のくせにバカだなぁ。先に拝借して、配膳のときに自分のだけ中和したからに決まってるだろ」

 

Sが肩を離せば、男はぐしゃりと倒れこんだ。

とうに物と化している二体と、物と化すべく痙攣を繰り返すだけの一人。たった五分そこらで収束した足元の惨状を、Sは悲しげに見下ろした。

 

「――こんな結末、博士が見てたら間違いなく嘆くぜ」

 

血塗れのKのポケットからキーを探りだし、山中唯一の足であった車のエンジンをかける。点灯させたライトを頼りに着替えをすませると、煌々と照らされている男たちを振り返った。

 

「じゃあな、〝四人〟仲良く土に還りな」

 

そうしてSは月明かりごと去っていき、図ったように降り出した雨は穢れを浄化する。土中で眠るオリジナルへの謝罪と祈りを胸に、男も薄れていく意識を手放した。願わくば、彼は発症しませんようにと。

[了]


初稿:2013.10.30
次稿:2014.03.01
三稿:2016.04.12

2016年4月12日公開

作品集『物語の切れ端』最新話 (全2話)

© 2016 東峰 八重

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