昼下がり

掌編集(第6話)

小渕太郎

小説

886文字

性に目覚めし少年の或る夏の日の出来事。昨年に書いたものです。

少年の帰路はきまって川沿いの道だった。かしぎだした日へ向かうのだった。

炎天に進んでいどむのは、くるしみの涯のたまゆらのよろこびを、からだが覚えてしまったから。官能へと通ずる道を、彼は歩いているのである。

ともあれ、その日の暑熱はひどかった。きまぐれな天が、嗜虐の顔をあらわにした。そう、忍耐になれた彼を、そこから逃らかすほどに――。

通りを隔てた、住宅沿いの向こうの歩道。ろぼうの並木の葉ざくらが、疎らの影をうつしている。蝉声のみずみずしさに浸りながら、木洩れ日のなかを歩いていた。が、彼はつと立ち止った。一棟の瀟洒なアパートの前。壁面の表札が目にとびこんだ。

――さる女子大の指定寮だった。

彼はふしぎに胸をときめかした。建物の正面を、窓から窓へと見上げていった。透かすようなまなざしで……。

それで彼はぎくっとした。入り口のドアが不意にひらいたのである。反射的に、彼はむきなおった。それから、傍らの木陰のベンチへ向かった。彼は据わって、川面をながめた。一方に、去りゆく背中を、肩越しにとらえつつ――。

 

彼女をつけて歩いた道は、町の図書館へと通じていた。

壁ぎわの椅子に、彼は腰かけていた。組んだ脚に本をのせて、そっと頁を繰っている。偶然目に入っただけの厚手の本だった。読む振りをして、膚で彼女に触れていた。

棚から棚へと、彼女は巡っている。ときどき検索機によってしらべる。また巡る、しらべる、巡る、しらべる。そのうちに、本を数冊、手にかさねていた。そうしてとうとう、彼の目先の本棚へ探しにきた。

上段のあたりの本を、順に見ている。彼は俯いたまま、ちらちら上目に向こうを見やる。丈の短めのスカート。膝の上までむきだしの脚が、少女のような素直さ。彼の視線はそこだった。

ややあって、彼女は本を取らないまま、そこを離れた。それから彼の目の前を通って、カウンターの方へ去っていった。

そのとき彼は、一瞥されたような気がして、胸がどよめいた。が、それも束の間、本を戻しながら、はっとした。検索機へいそいだ。画面は検索結果のままだった。彼の手にしていた本である。

2016年3月29日公開

作品集『掌編集』第6話 (全8話)

© 2016 小渕太郎

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