達磨

狐塚月歩

小説

7,930文字

人買いに売られてきた少女、薫。少女はその双眸に何を見る。

―官能とも野暮ともとれるそれはどこか、獣じみた匂いを放つ。

甘いようなほろ苦いような阿片の匂いに混じったそこはかとない芳香が鼻腔をくすぐるのだった。

―酩酊と共に訪れるとしたら宵の口からいざなう。

それは果たして的を得た回答なのかすら知らずとも知れたこと、なぜならこの阿片窟に客として在る時点で崩れた人生に終着点が穿たれているからだ。

「慣れるまでのあいだ、ちょっとばかり時間が必要かな。」

瓜科の果物が腐ったようなふうにとれるのは大麻の葉との混合でも、言われるがまま沈静に導かれたくてちゃんぽんに吸い口の細長い煙管へとこめて吸いこむ。

おのれの身を持ち崩すためのありようがこぼれ出でてくるような思考の片隅のどこかにおいて、齢九才になるかどうかといったところの少女は煙管からの煙を吐いた。排他。

ああ。なんて愉悦を手に入れたのだろう。機嫌がよくなった少女の身体からは強い、官能じみた匂いがしたのだった。

麝香鼠、麝香猫、麝香鹿。ならびに、世の中には麝香人間というのも存在するらしい。

この見世物小屋雑技団には、火吹き男や蛇女などといっしょに、麝香少女が囲われていた。

「ええ。紫の煙が出るものが好きなの。」

旅から旅へ。異形の者ばかりを雇った見世物小屋の一座だ。

「赤や黄色のじゃあ、嫌よ。」

江戸の末、明治の始まりのことだった。

薫という名前を誇ってかはしらずとも、美しい少女ならではの驕慢さで彼女は、ある日、世話人の火吹き男へと阿片をねだってみたのだった。

いともたやすく退廃をもとめ、いまだ退廃を知らない肉体は喩えるならば檻の中にあってもなおのこと、若さと美貌を傲慢なまでにたたえていた。

青く緑に光る毛髪に刃が一本欠けた漆塗りの櫛をすべらせながら薫は、西洋風につくられてあり白い簡易服の前を緩めながら胡坐をかいて紫煙を吸引する。

百姓の家から売られて見世物小屋に来てから二週間ほどだった。田舎暮らしの彼女にとって、気まぐれのように訪れた明治維新という文明開化の象徴は、はた迷惑そのものといった風合いでしかないのかもしれない。

寡聞ゆえに数年前にあったはずの維新のおとずれをいまだに知らない少女は、日本の各地を巡業している見世物小屋雑技団の一員だった。

阿片窟内で阿片を吸入し終え、世話人つきで店から舞台がある小屋の裏方へと帰りついた彼女には小さなさらしの布があたえられた。身体を拭くためのそれは、使用後にエチルアルコールでゆすがれ香料となりうる。

―二階から目薬。という諺があるけれども、じっさいにその言葉どおりに二階から一階めがけて点眼する者などどこに居るというのだろうか。あるいは、どこかに居るというのだろうか。

―諺どおりの意味合いでもってするならば、二階から目薬を点眼するさいにはやはり最低でも二名が必要なのだろう。その二名というのは、やはりあるていど親しい間柄でないと、お互いの意気が合わないので、点眼しよう、もしくはされようという気になどなれないのではないだろうか。

「腋はよく拭くんだよ。」

声をかけられた薫は、さきほど使われたさらしの布が何に使われたかも知らないまま、鷹揚にうなづくと狭い檻の中で簡易服を脱いで下着姿になった。人買いの男から見世物小屋雑技団まで連れてこられたのは二週間ほど前のことだった。

実家が貧しくてこうして売られてきたのだ。と薫は思った。

火吹き男に声をかけられてからはたと気付く。もう家には帰ることなどできないのだと。

つ。と、ひとしずくの涙が頬をつたい、零れておちた

自分が人買いの男と乗ってきた陸蒸気がずいぶんと距離を進んだからではない。優柔不断な父親と現金な母親に売り飛ばされたからにすぎない。

花一匁という古来からの例えどおりだった。ふだん比較的、薫には優しかった父親は、酒と博打に明け暮れていつの間にかふくれ上がった借金で土地などを手放すよりは。と母親に相談して薫を人買いに売った。

夜に口笛を吹いてはいけない。などというのはきっと、迷信なのだとそのときの薫は思った。しかし、人買いを呼ぶさいに夜、暗くなってから外に出て口笛を吹く父はいつになく陽気な旋律を鳴らしていたことが印象に残っていた。

―二階から目薬。という諺どおりの行動をとるとする。二階から落とされた目薬の滴を目で受ければ、それはおそらく成り立つのだとして。

―だが、古今東西、どんな薬剤が目薬として用いられているのか確認してからそれをおこなったとしても、罰はあたらないだろう。

―なら、確認してから点眼するとでもいうのだろうか。それくらいならむしろ、一階から二階への距離を歩いて行ったほうが、より効率よく目薬を点すことができるのではないだろうか。

いつになく陽気な旋律を吹き鳴らしていた父親を特に恨むことはせずに彼女は、一日に三食の食事が朝、昼、晩と給仕されることに内心で驚いた。これまで青ざめて痩せ衰えていたかのように見えた頬に血の気が見えるようになり、骸骨のような骨格も少女らしい細身ともとれるようになったのだ。

「薫。きょうからお前の名前は、薫だよ。」

二週間前、初対面だった団長は実家でリンと呼ばれていた薫に、薫という名前をつけた。

人買いの男へと一匁の金で売られてから、道を連れられてゆく娘に、両親は遠くから、暗い面持ちで無表情に、

「元気で。」

とか、

「元気でな。」

と声をかけただけだった。

―人間としての尊厳を重々承知しながら質問を投げかけてみよう。

―どんなに二階から目薬をさしかけても、その立ち位置が決まりきった時点で割に合わないことのほうが多いのだから。と。

薫は、阿片の残滓で満たされた肺の空気を世話人である火吹き男の顔面へと吐きかける。

年齢が九才とは思えぬしぐさに男は、眉間に皺をよせてから、

「おい。」

と注意した。

「団長の機嫌は損ねるなよ。」

薫はにっ。と笑った。

「送り迎え、ありがとよ。」

「お国訛りも直すことだ。」

点火されたままの煙管を脇に置くと、木綿製の簡素な下着姿のままで、何の臆面もなく少女は火吹き男の目前にて白いさらしの布で身体を清めてゆく。

「お前の出る演目だが、早々に決まったじゃないか。」

「なんだよ。」

蛇女やら火吹き男やら、見世物小屋で舞台を興行するには演目が必要だ。各々が蛇を喰ったり火を吹いたりするだけが仕事でもなく、裏方や雑用もこなしていることが多いとされているのだが、薫はまだ、演目も決まっていないし、雑用などを手伝おうとしたこともただの一度もなかった。

簡易服を着用しなおすと、薫は鼻で笑った。

「―はん。」

次の瞬間、駆けだしたではないか。

「またか。」

舌打ちをした火吹き男が団員たちに叫んだ。

「おおい。薫がまた逃げたぞ。」

―二階から目薬を点眼されるがわとしての者にかんしていうなれば、誰しもが伊達や酔狂でもないかぎり、好きこのんで二階という場所から目薬をさされたいつもりになどならないだろう。という前提において話を進めよう。

―二階から目薬を点眼されることによって得られることなど、果たしてあるのだろうか。―第一、もれなく眼窩へと的中するとしたら目薬をさすがわというのはぜんたい、何者なのだろう。

―命中したところで専門職か、いわばその道についてよほどのことその事項へと精通していると見做されるにちがいない。

走りだしてからしばらくして帰ってきた薫の目論見はあながち、拍子抜けだった。外界の仕事に就けるかどうか。このままここで働くのと、どう違うか。

「あんまり大人をからかうものじゃないよ。」

舞台裏にて薫に諭すような瞳をむけ、見世物小屋雑技団にて奇術師を兼ねている団長は、義足になっている木製の右足を軸にしながら器用に振りむいた。

檻に入れられたままの動物にもよく類似した薫と差しむかいになって、いつになく諭すような優しい声音を使う。

「反省する気になることだ。」

「ちくしょう、畜生。」

動物たちが怯えて悲鳴をあげる鉄格子のとびらを外から素足で蹴りつけながら、少女は悪態をついた。

「親の借金のカタに売られてきたのだからね、その親のところまで帰る筋合いなんてあるはずがないだろうがよ。」

それが白い山羊髭の生えた初老の男の言い分だった。

「わかったら、おとなしくここで働け。」

言い終えると、見世物小屋での演目に使う獣たちといっしょくたに積み上げられていた檻に背をむけてその場をあとにした。

他の檻の中身にかんして言及すると、虎だとか熊だとか猿だとかが睨みをきかせてくるようで、薫は、うなり声をあげるそれらにはさしたる恐怖をいだいてはいけないような気持ちになりながら、

「うるせえ。」

と後ろ姿の背中に叫んだ。

―二階から目薬を点眼するようすというのは、どうやら傍からすると滑稽でしかないようなのだった。

―二階から目薬。という現象が自然に派生するとしたら、どのように機能するだろうかということについて、やはりこの期に及んで注釈を加えなければならない。

―二階から一階へと目薬を落とすような羽目に陥るというのはものごとにかんする要領が悪いことを前もって掲げておこう。

「ああ。おかしい。」

さきほどまで団長が居た部屋から出たとたんに観客の前で蛇を喰ってみせる演目で人気の蛇女が、薄ら笑いをうかべながら薫にむけてくい。と、細い紙巻き煙草をくわえた顎をしゃくってみせた。

「あんまり、大人をからかうもんじゃないよ。」

元遊女だといわれている女は、団長の妾だか妻だか知れぬが、年増の女がよくするように澄ましかえって上背の高い細身の身体をくねらせ、踵を返して小屋の舞台裏から立ち去ろうとする。

そう。まるで蛇そのもののように。脂ぎった長い毛髪が灯りに照らされ、高々と結あげた部分が整髪料にてらてらとした安っぽい光を放った。

「待ちがやれ。」

蛇女は足を止めた。火を点けた咥え煙草に高い踵の洋装がよく似合う。薫は叫んだ。

「待ちやがれと言っているじゃあ、ねえかよ。」

ひとことひとことを区切るように発音する。

―二階から目薬。という諺どおりに行動するとしたら、やはり点眼する者、される者とで双方の了解を得てから実行するのが人道的なのではないだろうか。

「だからこうして待ってあげたじゃないのさ。」

踵の高いエナメルの靴で、蛇女は薫の腹部を蹴りこんだ。

「やったな。」

蹴り飛ばされたことに腹を立て、歯を剥いた薫は蛇女へと殴りかかった。

「ちくしょう。」

再度蹴りこまれた。今度は胃のあたりに踵がめりこみ、少女は床をのたうちながら黄色い胃液を嘔吐する。

「餓鬼が。舐めた口、利くものじゃないよ。」

蛇女の体つきのように細身につくられた紙巻き煙草の炎を、仕上げとばかりに薫の手の甲へ押しつける。皮膚が焼ける渋い音を立てながら暗がりに浮かぶ紅い火の点は、三秒ほどですぐ消えた。

痛みをこらえながら薫は、しばらくのあいだ部屋の外、括目して石畳で寝そべっていた。

―二階から目薬を点眼する。そこに是か否かといった問題が根本にあるに間違いないのだった。

―もしもその目薬が高価なものだったなら、誰しもがたいして確実でない方法により二階から点眼したくなるものなのだろうか。

その足でさきほど小言を言われた興行主の奇術師、団長の佐伯福助のもとへと薫は出向いてこう言った。

「おい。あたしにも仕事をおくれよ。」

勢いづいた薫にたいして佐伯福助は鹿爪らしく眼をほそめてみせた。

「ほほお。まあ、いいだろう。演目はもう決めてあるからね。」

佐伯の特技は専用の道具をつかった、主に手妻と呼ばれる奇術だった。人の身体を切断したり、ステッキから鳩が出てきたりするものが大半をしめている。薫が出演することになった演目は、中でも花形とされている洋刀投げだった。

赤い林檎を頭上に載せて、的にされている板前に立つ。すると、赤い房飾りのついた小刀が次々と身体をかすめるようにして的に突き刺さり、最後に小刀が林檎に的中すれば演目の終了。つまり成功といったもようだ。

「ただ突っ立っているだけなのだから、誰にでもできるだろう。そこに、」

何という前触れもなしに林檎を薫の頭上に載せた団長は、たわむれに小刀を投じた。刃先はぶれることなく林檎に命中する。

と。

「林檎を落とさず立っていればいい。」

少女は、瞬きひとつせずに団長の瞳のしめすさきを見ていた。

「へえ。面白そうじゃねえか。」

行動によって事態を説明された薫は、頭上に林檎を射止められたまま首を縦に振り、承諾の意を示した。団長は「すでに、お役御免。」とばかりに白い手袋をはめた手のひらで軽佻浮薄にひらひらとした動作をしてみせながら、

「もう少し大人になったら、人体切断の演目に登場すばいい。」

と指示した。

佐伯福助は、舐めるような視線で薫のことを下から上へと眺めた。上唇が紅を塗ったかのように妙に赤いのが薫にとって印象的だった。

人体切断の奇術というものは、人間か首だけ出した鏡張りの箱の中に白粉をはたいた女の手足を精巧に模した蝋人形があつらえてあり、その裏に本物の生身の人間が入っているというものだった。その役目が一応、見世物小屋雑技団において花形の細くて白粉が似合う女に決まっているのだったが現在の雑技団においてそれは、蛇女の役目だった。

それは、頭に林檎を載せて小刀で狙われる役割よりはるかに魅力があった。

「だから、あんまり太ってはいけないよ。」

「ふん。」

鼻息も荒く小屋の舞台裏から出てきた薫は、給仕された晩飯を左手で持った箸で勢いよく掻きこんだ。真夜中の演目がはじまる前に団員達が全員で食べる晩飯というのはたいてい、団員の女たちが準備することになっている。

―二階から目薬を誰かの眼窩に点眼するという行動に出るはめになったとしたなら、たいてい者は、その行動に出ることにより何を奏するものなのか勘ぐるだろう。

―二階から目薬という言葉がしめすとおりに行動するとしたなら、何の理由があるのかその要因はすくなくとも知らなければならない。なぜならばそれはどんな要因を含むかにもよるが、大事件に発展するおそれがあるからだ。

見世物小屋雑技団の団員たちが晩飯を食べ終わると、時はすでに真夜中になっていた。その手の業界の中では真夜中雑技団とも呼ばれる見世物小屋の団員達は、並たいていが身体のどこかに際立った特徴、もしくは特色があるのだった。昼日中のもとで女子どもには見せられないようなおどろおどろしい芸風で際立っている。

―二階から目薬という言葉がある。それは一階からでも三階からでも屋上からでも地下からでも同じ階からでもなく、あくまでも二階からということになっている。

恒例どおり深夜十二時きっかりに演目が始まった。まずは薫が頭に林檎をのせ、動じずに団長の投げる洋小刀の的の前に起立する。

―たん、たん。たたん。たんたん、たん。

小気味よい拍子の音が舞台と客席に響く。その地点で息を呑む観客はまず、いない。そのとき薫は、麝香の匂いを発していた。頭上に置かれた赤い林檎を最後の一投が貫いたあと、袖のないブラウスを着せられていた少女は団長により、さらしの布で腋を拭われた。

エタノールに溶かされた麝香人間の芳香はそのまま香水として土産物のうちのひとつとして小瓶に詰められ、ひと瓶五十銭で取り扱われる。あまり混ぜものをしないのが上物とされる少女の純粋なそれを売りはじめた火吹き男の諸肌を脱いだ上半身は、昼間の太陽に焼けた隆々とした筋肉が石油ランプに照らされ、背中の彫り物と筋肉の凹凸がはっきりと浮かびでて見えた。

―痰、嘆、多嘆。淡々、単。

薫の耳朶にまとわりつくように音は、お前は嘆きの音を毎夜毎夜繰りかえすのだ。という前兆のように聞こえる。

―ああ。

多嘆。と聞こえた。

―どうでもいいからはやく、おわらないだろうか。

人前にてエチルアルコールで両方の腋を拭われながら彼女は彼女自体の、何者なのだろうかというほどの朧が払拭されてゆくような感慨に襲われた。

舞台が終わり、ふと背後を振りかえると火吹き男が片手に持った松明へと酒を吹きかけていた。焼酎かブランデーか、それともウオッカかは知れぬが、アルコール度数の高い酒というのは洋酒が多いのだと団長は薫に、舞台の袖から解釈してみせた。

火吹き男の芸が終わると、今度は蛇女が身体じゅうに巻いた蛇を妖艶に操りはじめた。ところどころ鱗のようになった皮膚に濡れたような光沢を放つ爬虫類を這わせ、芸をさせては最後にそれらを喰ってしまう。という曲芸だった。太腿や脛にところどころある鱗状の皮膚というのは、ふだんは小洒落た長袖の洋服で隠されているけれども、と団長はわらった、嗤った。

「あれは、陽に当たるとよくないらしい。」

ところで薫は、蛇女の名前を知らなかった。誰も彼女の名前を呼んではいないからだということに気付くのはあとからなのだが、

「団員はね、兄さん、姉さん。と呼ぶんだよ。」

どこか粘着質な江戸弁混じりの標準語で、団長の佐伯福助は薫に教えたのだった。

続いて猛獣使いによる動物での曲芸、小人同士の格闘に、竹馬や一輪車を使った軽業に、団長の手妻。一連の流れをもってそれらは、滞りなく演じられたものだった。

夜が白みはじめるころ、終演をむかえた見世物小屋雑技団の団員たちは演目に使用された小道具などを片づけていた。雑技団のなかにゆいいつ居る子どもの薫も火吹き男のあとについて雑用をこなす。

ひとつの街で興行をするのは数週間ほどで、できたばかりの警察や一般的な街の人々は、見世物小屋雑技団の存在を知ってかしらずか。彼らが真夜中に見せている芸というのは基本的には法律に触れているという事実に基づき黙認されている状態だ。客となりえる人物というのも主に、街中の富裕層の男たちだ。ごくまれに女や子どもも紛れこんでいるが、多くは富裕層の男に連れられてくるのだった。

「ああ。きょうも来ている。」

袖から観ている火吹き男が呟いた。

ひとりでぽつねんとしていた男性客は、ここ連日蛇女のことを喰いいるような眼差しで蛇女をじっと凝視していたのだった。客席に座した彼の、まだ白髪の雑じらない頭は脂ぎった整髪料でしっかりと固められていた。

「おそらく、あれが若いころの客だろう。」

太夫として名高かったかつての栄光を。

そして、見世物小屋雑技団で蛇女として生きている今を。

燦然とした一寸先は闇の舞台で彼女は顔色ひとつ変えずに蛇を器用に扱っては、皮を剥いでから最後に喰らってみせた。

てらてらとした蛇の生き血と脂に酔いしれたかのような恍惚の表情をうかべながら、かつて彼女を慕っていたうちのひとりとしての男は、すべての演目が終わってもしばらく居座って、葉巻を燻らせている。

ああ。と薫は思った。

―どうせあの男も、蛇女のことが好きなのだろう。

蛇女は涼し気な一重目蓋の切れ長でもって、終(つい)。と、男性客へと流し目を遣った。

それは彼女が扱う蛇たちの鱗のようにひんやりとしたぬくもりを持って、きっと誰かを魅了しはじめたら蜷局を巻きはじめるのだろう。毒婦のそれだった。

―ああ。絡めとられてゆくのだろうか。

蛇女と視線でやりとりする逢瀬が三日ほど続いたのち、団長が新しい団員となった彼を既存の団員たちに紹介していた。

いつの間にか手足のなくなっていた彼は切株のようになった痕に包帯を巻かれ、達磨男と呼ばれるようになっていた。

2016年3月23日公開

© 2016 狐塚月歩

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