旅先の蝶々

掌編集(第5話)

小渕太郎

小説

878文字

結婚を契機に退職した元保育士の女。新婚旅行のさなかに、彼女の目にした光景は――。

たしかに蝶の舞うのに好い日和だ。

一路をへだち向かいに建物、はすに見下ろす屋上はその、めいめい好き好む処にて、幾人いくたりもの児らが戯れている。

水色か淡紅色のスモックを纏い、同じ黄色のゴム付き帽子を、或いは被り、或いはうなじへ回し、或いは地面にうちやる彼ら、奥で砂遊びに興じるの在り、隅のブランコに揺られるの在り、高い鉄柵を前にする所為せい、檻に入れられた恰好の、ゾウの鼻から滑るのも在り。

鬼ごっこやら縄跳びやらに耽るの在る中央なかば、傍らに立つ大人の女は保育士だろうか、園児らの嬉戯きぎするさまを、ただに見守るばかりでなし、先の遊処ゆうしょを回りながら、時にはたすけ時には叱る。そのうち園を一周り、片隅のベンチに落ち着いて、中空なかぞらにおもてを差し向ける、彼女は胸に何を思うか――。

 

窓辺の席に腰かける女、昼食後の珈琲を啜りながらも、外の情景けしきに目が離せぬ容子、横向く顔に、顎の線が美しく浮き出し、瞼は殆ど伏せかけている。

――愛らしい、蝶々の舞うようだわ。

園児らに目を引かれるのは、彼女が先頃まで、幼稚園に勤めていたよしであるから、わき起こる想いもこもごも、有るのだろうけれど、いまは蜜月みつげつで旅もたけなわ、ふらり入ったビル、三階のレストランにて、食事をし終えたばかりであった。

 

「――やっぱり気になるかい?」

席へ戻った夫の声に応じて、彼女は漸く正面を向き、

他郷よそへ来てまで子供たちに逢えるだなんて、思わなかったものだから」

「それもそうだ。――僕らの子供にも早く逢いたいね」

それから暫く、閑話かんわを楽しむ一対の夫婦、否が応でも二人には、幸福がたえず纏わり付き、淑やかな花のように微かにわらう、彼らの半面おもてのずっと向こうで、蝶々がせわしげに遊び回るのだった。

 

「――私たちもそろそろ出ましょう」

夫は頷き立ち上がると、

「海岸まで歩いてゆこうか」

「入り日に間に合うのならね――」

夫婦の去った席から見える屋上に、遊具や柵の落とす影が、幾らか先へ伸びていた。

2016年2月4日公開

作品集『掌編集』第5話 (全8話)

© 2016 小渕太郎

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