エミリア

掌編集(第4話)

小渕太郎

小説

667文字

異国の地にすこし慣れだした少女の或る日の出来事。

揺られるへやの座席のはしで、エミリアは澄み渡るふるさとの空を翺翔こうしょうし、野原のはての麓からしろみはじめる山並みを、美しく眺めていた。そうかと思えば、近所の子らと町中で、広場や路地をかけまわったり、悪戯をしてあそんだりしていたのだが――はっとめて振り向くと、寂しげな瞳が間近に映っていたのだった。

 

彼女は私学へ通う九つの少女で、帰りの電車にまどろんでいた。

丸一年の通学は、人波と地下の臭いと好奇の視線とに、彼女を慣れさせた。校内にとびかう異国のことばも、耳に捕捉されだした。

それでも、ときとすると、夢に郷愁の絵をみるのは、こころを閉ざしているせいか。

いじらしい異郷の花が、未だにクラスに馴染まない。

 

乗り換えの駅で、エミリアは室を出た。ちいさな体がたちまち高波にのまれる。改札口に寄せる波である。

彼女が上階へあがる折から、遠退とおのいていた人波が、改札に砕けて散りだしていた。エミリアは近づきながら、上着のポケットに手を入れた。

乗車カードを片手に、改札を通ろうとした刹那、いきなり大人が彼女を割り込んだ。体を当てられよろめいた。カードが後ろへはね飛ばされた。慌てて拾おうとすると、その先に、別の手がさっと掠めていった。

拾い上げた青年は、彼女の右手をとって、両手で包み込むようにカードを握らせた。そうして、改札を抜けていった。

遠ざかる青年の背を、エミリアは呆然と眺めていたが、瞬くうちに雑踏にまぎれて見えなくなった――。

エミリアは青年の掌のやさしさが、こころに通う思いをした。

2016年2月4日公開

作品集『掌編集』第4話 (全8話)

© 2016 小渕太郎

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