黄泉へそそぐ

掌編集(第2話)

小渕太郎

小説

701文字

紅葉の季節の小さな物語。三姉妹で物見遊山。

姉妹三人、遊山ゆさんの旅で、崖のきわの宿に来た。

あの越屋根こしやねの一軒、ほの明るい二階のへやがそうだ。

すうっと障子が開かれた。二女が立ち顕れた。窓をあけて、欄干てすりにもたれた。伏し目のおもてが、悪戯いたずららしくほころんでいる。

 

「ねぇ、あの川がそうよ」

座敷のふたりは、浴衣の二女の黒髪のたれる背中を、いちどきに仰いだ。

長女はおもむろに立ち上がった。敷居をまたいで、二女のとなりへ並んだ。

「あらいい眺めね、山の色取いろどりが奇麗だわ」

「此処から飛び下りたんだわ――」

耽る世界をことにする二人のおんなの間から、しぼんだむすめの横面よこつらが、かなしく覗いていた。

 

今し方のことである。

座敷へ通されてから程なく、仲居が室に来た。彼女はお茶を出しながら、

広縁ひろえんからは、山の紅葉とおとめ渓流とを、お楽しみ頂けます」

渓流のいわれを二女がたずねると、

「言い伝えによりますと、昔この辺りに、不埒な商売をさせる宿がございまして、そこへ売られた娘たちの中には、操の固さから、客の慰みにならない前に、渓へ身を投げてしまう者もあったらしいのです。それでおとめ、だそうですが、はなはだ眉唾物ではありますよ――」

こんな話を聞かされたばかりだ。

 

三女は姉妹で唯一の生娘である。谷底のせせらぎが、不吉に響いた。

「明日にも下りてみましょうよ」

二女のことばが合図のように、三女を立ち上がらせた。二人のあいだへ割り込むと、目に一杯の彩なすもみじ。

「まぁすてきな景色。――あの流れが黄泉へそそぐのでなければ、飛び下りたくなるような美しさだわ」

2016年1月19日公開

作品集『掌編集』第2話 (全8話)

© 2016 小渕太郎

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