ペニー・ファージングの恋人(たち)(3)

ペニー・ファージングの恋人(たち)(第3話)

アサミ・ラムジフスキー

小説

8,292文字

 

おかしな名前の人もいるものだ。最初はそう思った。

職業柄、妙な手紙を受け取ることは多い。だから、この程度のことでは驚きもしない。過去には、剃刀の刃が何十本と入っていたことだってあったし、時計に赤と青の導線が繋がれたものが入っていたこともあった。そういった悪趣味な厭がらせと比較すれば、これほど可愛らしいものもない。

ただ、その種の悪趣味は、必ず悪趣味な署名によって実行されるものだった。史実の人物を捩った名であるとか、幼稚さを集約したような架空の名であるとか、どう読んでいいのかすら不明な難読漢字の羅列であるとか、あるいはわざとらしい暗号が書かれていたりなどするのが定石だった。悪趣味の最たるものとして無記名というものもあったが、安全地帯から盲滅法に矢を放つような真似は論ずるに価すらしない。趣味の悪い悪戯は、趣味の悪い人間によってのみなされるのだ。

ところが、今回わたしが目にした「おかしな名前」は、悪趣味の一言で断ずることの憚られるものだった。

「@@」――封筒の裏書きにはこう書かれていた。

一般にアットマークと呼ばれ、正式には単価記号という名をもつこの記号は、現在ではおもにインターネット界隈で使用されているわけだが、それが封筒という原始的な仕組みの中で用いられていることは、単なるはぐらかしではないように思えた。攪乱するための記号であればそれはプリントアウトされたワープロ書きの文字であるべきだが、そこにあったのは確実に手書きの「@」だったのだ。おまけに、一つめの「@」と二つめの「@」は、どうやら筆跡が異なるようでもあった。

だからわたしは、封入された本文に目を通すよりもまず、その記号の意味を理解すべきなのではないかと思った。金庫を開くパスワードのように、パズルを解くためのミッシングピースのように、その「@@」の訴えかけんとする本質を把握することなしには、本文も真の意味でわたしのものとなりはしないのではないか。そう考えたのだった。

わたしは推理小説家だから、物語の謎を解くのはお手のものだ。あらゆる知識を総動員して「@」について思いを巡らせた。たとえば、最初の「@」は「@」としての機能を担保したまま配置されており二番目だけが固有名を指しているのではなかろうかとか、そうであるならば「@」=「at」だからイニシャルA・Tの人物が差出人なのではないかとか、いやいやこれは人類の進化の象徴でありホモ・サピエンスと類人猿を分かつものである親指の指紋を象形したものなのではないかとか、インターネットへの対抗心を一文字に集約したものなのではないかとか、それはもう全世界の数多の陰謀論にも引けを取らないほどの妄想力とこじつけ力でその意味を追求していったのだった。

しかし結果としてこれらが徒労でしかなかったことは、この文章を読んでいるあなたはご存知だろう。一つめは自称発明家によると思われる署名であり、二つめは次の、フリーターだかニートだかなんだか知らないが、金魚を調理するなどという悪趣味をひけらかす二重に悪趣味な人間の署名だという。それ以上の意味はないらしい。なんてセンスがなく馬鹿馬鹿しい話だろう。もちろんこれらも、ここまでの経緯を鵜呑みにした場合の話であって、筆跡の違う二人が結託して働いた悪戯でないという証拠はない。もしかすると実はもっと深い意味が隠されていて、それを解き明かせないわたしのことをどこかで笑っているのかもしれない。推理小説というのはマニアが多い分野なので、ときどきこういう挑発的な馬鹿がいるのだ。勝手に勝負を吹っかけてきて勝手に勝ち名乗りを挙げるような馬鹿に構っている時間はない。

2016年1月17日公開

作品集『ペニー・ファージングの恋人(たち)』第3話 (全4話)

ペニー・ファージングの恋人(たち)

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© 2016 アサミ・ラムジフスキー

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