赤虫(7)

応募作品

狐塚月歩

小説

1,591文字

銃口を突き付けられた青年。はたして、どう切り抜けるのか。

道行く人々が自分の顔を見るなり避けてゆくような実感を得ながら、彼は、彼自身としての自分を謳歌するために阿藤悠馬の遺した荷物を背負い、入れ替わった相手の自宅へと記憶を頼りに昼日中の東京の、がれきがあらかた片付いた焼け野原を歩いていた。

 

こちらを見て怯える襤褸を着た子どもたちの群れ、ぎょっとしたように目を見開いてから顔を背ける若い女、こちらに気を遣ってか笑顔が硬直しているのが自転車で巡回中の警察官。

 

包帯を巻いたミイラ男のようになっている自分のまがまがしさにせいせいしながら、阿藤悠馬は、彼がひとり暮らしをしていたらしかった場所の鍵をズボンのポケットにしまいこみ、落ちつかないのか残暑のきびしさか。真昼の太陽に「ぎらぎら、ぎらぎら。」と照らされながら、汗だくになったガーゼをあてがった包帯を巻いてある片手で、ずっと握りしめていた。

 

阿藤悠馬の家は、電車の線路からはだいぶ離れた瀟洒な平屋建ての庭がせまい一軒家でだった。人気はなく、男がひとり暮らしをするぶんにはちょうどよいのではないだろうかというくらいの広さなので、あんがい暮らし易いのではないだろうかなどと思考をめぐらせつつ、彼は阿藤悠馬からせしめたつもりでいる手荷物の中にあった玄関のものとおぼしき鍵で門と扉を開けた。

 

夕焼けに照らされながら、上着のポケットに偶然入っていた溶けかけた飴玉を舌で転がしつつ阿藤悠馬という名前になった青年は何かを成し遂げてしまったような気持ちになりながら、夢中で旅行かばんの中に金目のものを物色していた。この戸籍で、どこか田舎にでも飛ぼう。そして静かに誰も自分をしらない場所にて余生を過ごすのだ。

 

ちょうどそのとき、呼び鈴が鳴った。高く澄んだ音だった。

 

「悠馬、悠馬は居るか。」

 

呼び鈴とは裏腹に、男のものらしきしわがれた年寄りのような声が、玄関で阿藤悠馬の名前を呼んだ。条件反射的にふりむいた彼は、自分が玄関の鍵を閉めていないことに気付く。

 

引き戸が「がらり」と音を立てて開かれたので、もうおしまいだとばかりに阿藤悠馬に化けた彼は戦慄した。

 

「よお。」

 

木製の杖をつきながら土足で家の中まで入りこんだ老人は、自分は阿藤悠馬の父親なのだと名乗った。

 

「お前か。悠馬を屠ったのは。」

 

穏やかな口調とは裏腹に、阿藤悠馬の父親からにじみ出る静かな迫力を察した佐藤史郎は、次の瞬間土下座していた。

 

「すみませんでした。」

 

それは怒りとも哀しみともつかぬ感情の波が自分をつつみこんでから、比重として身体にのしかかってくるような気迫だった。

 

「そうか、そうか。」

老人は眼をほそめ、梅干しのような皺にまみれた顔の筋肉を動かして、能面の翁にも似た、笑ったようにも見える表情を作るなり、こう言った。

 

「お前のことは、気に入ったから俺の部下になりなよ。」

 

床に這いつくばったまま青年は、もう後戻りできないのではないかというような気持ちに陥り、気圧されながら、

「そんなことはできません。」

 

と涙をこぼしながら床に這いつくばった。すると、頭に突き付けられたのは、ひんやりと冷たくて適度な重量感があるものだった。外でようすを窺っていたらしい屈強そうな男たちも五人ほど、にぎやかに部屋の中に入ってきて、

 

「ようやく見つけましたね。親父」

 

「このガキ。」

 

「坊ちゃんを返せ。」

 

口々に大声をあげた。それをいなすかのように老人は、阿藤悠馬に化けていた佐藤史郎の頭につきつけていたピストルの銃口をつきつけるのをやめた。

2016年1月15日公開

© 2016 狐塚月歩

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