赤虫(6)

応募作品

狐塚月歩

小説

1,779文字

看護師が居ないすきをついた赤虫とおぼしき男。

それを自分に与えられた点滴の針を腕から引き抜いたものに、管のあたりをいじって小量混ぜると、まず、阿藤悠馬の後頭部あたりに突き刺したのだった。阿藤は多少抵抗したようだったが、枕を呼吸器官にあてがって悲鳴を押さえてから経過すると、ぐったりとなった。それから、残りの硫酸を使って彼と自分の全身をじっくりと焼きにかかったのだった。

それから、ベッドの下に隠していた子どもの頭部ほどの石でもってして窓ガラスを割りながら証拠となりそうな物品も、ついでに全部投げ落とした。あとは、物音を聞きつけた看護婦が来るのを待つばかりだ。そのあいだ栄養剤の入った点滴の針を差し替えて、念のために着用していた衣類を全部取り替えた。そして声をつぶすために自ら硫酸を飲んでから、割と苦労しながら阿藤悠馬をかついで、隣の、さきほどまで自分が寝ていたベッドへと転がしておいた。一分足らずのできごとだった。

病院の看護婦たちが駆けつけると、そこには意識がもうろうとした佐藤史郎と阿藤悠馬が居たのだった。

彼等は共にもがき苦しみながら焼けただれた皮膚になっていた。あたかも二階の窓ガラスから脱出していった何者かにやられたかのような状況に、医師と看護師たちは思わず息を呑んだ。

「おい、しっかりしろ。誰にやられたんだ。」

担当の医師が声をかけてみるも阿藤悠馬と佐藤史郎はうめき声をあげるばかりで要領を得ない。それどころか、ただでさえ元から焼けただれていたはずの皮膚が、さらに焼けているではないか。

「大変だ。急いで手当てをしなければ。」

阿藤悠馬として医師らから治療をうけながら、佐藤史郎は自分がもう、すでに引き返せないところまで来てしまったように自覚したのだった。

飴玉を舐めているさいちゅうというのは、それを舐めることを一時中断しなければならないできことが往々にしてあるものだ。そのときにそれを吐きだすか噛みくだくかという判断をするのは自分自身ではないかという判断をくだすのは、つまるところ、ほぼ万人なのだろう。

最終的に飴玉が口の中にて、舐めるという工程においてのみ消え失せるとしたら、それは果たして飴にとって、もしくは飴玉を製作した者にとっての光栄を示しているとする。この場合、大量に摂取したく短時間のうちに「がりがり」と噛みくだいてしまう場合とひとときも長いあいだ味わいたくてじっくりと口中でとかすどちらかが飴屋にとって光栄なのか、私は知らない。

夜空に燦然と輝く幾多の星たちの寿命にそれというものは似ているのだろうか。だが、星はそこまで矮小にあらず。それらはただ死んだあとですら、光を地球へと届けているのだから、「それはそれ、これはこれ。」としたところで曖昧模糊とした存在である飴玉などと比較したところで、ぜんたい、人々に何を示したいというのだろうか。

しかし宇宙で死んだ星と口中で溶けた飴玉という存在は、甚だ不謹慎ながら存在自体は似ていると言っても過言ではないのだった。

はるばる北海道から佐藤史郎になった男を迎えにきたのは、佐藤家の母と祖母だった。彼らはおそらく、あたたかい感情でもってして自分の身代わりを歓迎するのだろう。自らの意志で阿藤悠馬と入れ替わった青年は、薬品によるやけどにうめきながらも自らの故郷を思いうかべ、もう、あの広大な大地のふるさとに、佐藤史郎という人物については帰ることなどないのだろう。と、深い感銘をうけた。

阿藤悠馬自分も、もう少ししたら家族か何かの縁者が迎えにくるに違いない。根拠のない考えに支配されている最中、阿藤悠馬となった青年は考えに考えた。それから数日のあいだ入院したあとで親類縁者どころか友達と思しき人物誰ひとりすら見舞いに来ないことに拍子抜けしたので、適当に傷が治るころあいを見計らって、気持ちの上では逃げるように退院した。

実家に帰ったら債務処理に追われる。そのために祖母や母は、邪推すれば自分を頼って迎えにきたのだろうという考察くらいはできるのだった。だが、自分はそれ、つまり債務の処理をするため企業や株主などの叱責に耐えなければいけない。そして、耐えうることなどできはしないだろう。

実家のある北海道で地に足つけて働く実業家としての佐藤史郎を、うまく思い描けないのだった。それが、阿藤悠馬になりたかった彼自身が最初の犯行に及んだ理由だ。

2016年1月13日公開

© 2016 狐塚月歩

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