美しさに囚われて

掌編集(第1話)

小渕太郎

小説

1,161文字

王室の悲劇を描いた掌編です。

美がわざわいで国の亡びる例もある。

凛々しからぬ父母のもとに生をけた嬰児えいじしくもたまのような愛らしさ、育つほど麗質に磨きはかかり、年月としつきを経て幼きころもをぬぎだす頃には、いよよ眉目びもくの美しさにあい並ぶ者なし、花の盛りと時めいていた。

王子の姿は民の瞳に鮮やかだ、その眼を王子が見つめている――人の目をみてお話しになられるのは、つくづく王子の美点に存じます――その実かれは他人ひとまなこに、おのがおもてを尋ねていた。

王子は自らに懸想けそうする、逢瀬おうせはかれの化粧室だ。かれらは互いに見つめ合う、互いに愛を囁きもする。けれども鏡は彼岸への行き交いをとこしえに拒むので、交わりはおろか接吻一つも叶わない。満たされぬ肉慾は王子を自讀じとくへかりたてる。王子をけがすにあたうのはかれのみで、王子に穢されるに能うのも又かれのみだった。

 

美しさと逢着せぬ前に、生涯に幕が下りたのは、王子の不幸にちがいない。王子は美しさをしか愛し得ない、美しさは王子だ、ゆえに己をしか愛し得ぬ身なのだった。

とはいえ王子は家の一粒種、かれの跡に世嗣よつぎはない。憂えた王は、天下に知られた美姫びき数人を、諸方の国からよびよせて、華やかな饗宴うたげを催したけれど、かれら悉く王子の眼中に映らなかった。それからも、幾人いくたりもの﨟長ろうたけた姫らが――宮廷を訪れる、訪れては広間に咲く、咲いてはしまいに徒となる――繰り返すうち、五年の月日が流れていた。

 

王も妃も老境に入って久しい。王胤おういんは子で止まっている。現世で孫に会いたい妃は、嫁の来ぬのに痺れを切らし、たねをつぐ児を孕ませるため、世の男どもの憧れる、妖婦ようふ艶女えんじょをめしよせて、王子と遊ばすことにした。美女らは一夜に一人ずつ、王子のに忍び入り、しなをつくってかれを誘うも、そのたび冷たく追い返された。王子は情け容赦もなく、ミニクイミニクイと面罵めんばするので、かれらの中には余りの口惜くやしさから、或は紅涙こうるいをしぼり或は柳眉りゅうびをさかだてる者もあった。そして捨て台詞のように、――王子の美なんてもうじき枯れる。

 

――――

 

爾後じご一年と経たぬに、妃はあの世へ旅立った。その三日後に王もかれの跡を追った。

民の涙で濡れた国土に、零落れいらくの匂いが弥漫びまんする。王子は匂いを忌避きひしてか、宮廷の中に閉じこもった。

化粧室の姿見のまえに王子は佇む。かつて瑰麗かいれいほこったかれの造作ぞうさくも、微かにゆがみひび割れていた。王子は老いへの階段をくだり始めた処だ。

瞳の奥をぼんやり見つめる。若やかな頃のおもかげが、王子にやさしく微笑んでいる。

2016年1月7日公開

作品集『掌編集』第1話 (全8話)

© 2016 小渕太郎

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