赤虫(5)

応募作品

狐塚月歩

小説

1,562文字

彼がくれた一粒の飴玉。そのあと青年がとった行動は・・・

そのうち溶けてすべてなくなってしまう飴玉を舌の上で転がすことに何の意味合いがあるのだろうか。あたかもそれは、殺人事件の全貌を語るには名残り惜しいほどの余韻を口中に遺して。そう。全部、全部、全部。

 

全身に火傷負った青年は、空襲があった二日後の正午に、病棟にある白い敷布の上で目が覚めてから「ああ。よく寝たな。」と起床して、ふと病室の壁に設置してあった長方形の鏡を見てみると、ところどころ体液がにじんだ包帯が顔中にぐるぐる巻いてあるではないか。「これは夢ではないだろうか。」などと考えに考えた彼は、「ごろり。」と気持ちを落ち着けるためにベッドの上へあおむけに寝転がった。

 

ふと、隣を見ると同じような背格好でもって同じような怪我をしている男がいた。これが阿藤悠馬という。すでにやけどを負ってはいるがどこにも包帯は巻かれていない彼にたいし、

 

「ぎゃあ。」

 

つい悲鳴をあげてしまった佐藤史郎に気がついた昼寝中の阿藤悠馬は、顔面に巻いた包帯からのぞく片方の、毛がいっさい生えていない眉をつりあげると、

 

「おや。失礼。」

 

と言って、開け放したままになっていたカーテンをいったん閉めた。

 

佐藤史郎はその男に興味を示したらしく、わりとごったがえしている病院内のあわただしさをそっちのけにしながら勇気を出して話しかけてみた。

 

「君は、どこから来たんだい。」

 

「空襲で、逃げる途中にちょっとね。」

 

阿藤悠馬は胸ポケットに入った缶入りの飴玉を取りだすと佐藤史郎にひとつ勧めた。レモンの味だった。そして自分の身の上を、暇つぶしに話して聞かせた。

 

自分は愛人の子であることと、親は特に居ないのだが親戚の世話になっているということ。そして、現在において身寄りはなくひとり暮らしをしていることなど、人がよさそうに彼は、佐藤史郎自身に尋ねられるがまま、自らのことをカーテン越しに話して聞かせたのだった。

 

「なるほど、なるほど。」

 

と愛想よく相づちを打ちながら、必要なことを聞かされた佐藤史郎は、負傷した人でにぎわっている病院のラジオで、焼けただれた自分の全身を認めながら終戦がおとずれたことを知ったのだった。

 

佐藤史郎が聞きだした情報によるとどうやら、隣にいる男は恵まれているようだ。実家の父親が出資していた夕張の鉱山の規模が縮小しただろうから、実家は破産したか、もしくは前のような金持ちではないということを予想したのもその前後だった。

 

売店から買って来られた日刊の新聞を彼から借りて読みながら、佐藤史郎は阿藤悠馬を横目でじっと見つめた。

 

―もし、自分にこの男ほどの資産があったなら、どんなにか。と。

 

実家が資産家なので、運用するやり口は幼少時から腐るほど知っている。もし、この好人物になり代わることさえできるとしたら、自分ならどうするか。それこそ、暑さのあまり脳みそが腐るのではないかというほど考えて、彼は彼なりにひとつの答えを導きだした。

 

―何、大差ないさ。

 

その考えに至るまで、そう時間は要さなかったのは彼自身のもつ、もともとの素質のようなものだった。

 

 

三日目の夜中、起きだした彼はどこからか入手した硫酸の入った瓶を、指紋を残さないように気をつけながら入院患者が皆一様に着せられている風通しのよい甚兵衛のふところから取りだした。

 

看護師が居ないすきを見計らうのは多少なりとも難しかったのだけれども、そこは機転を利かせて他人のせいにしてのけた。

2015年12月22日公開

© 2015 狐塚月歩

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

---

"赤虫(5)"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る