4 破門
無論、こうした有様になると残り時間、約三十分余りが長く感じられてくる。
以前、今回の名目幹事カントの友人(彼はアルコールの過度な摂取で、齢・二十九歳にて他界したのであるが)に、女性が居る店を訪れ、自身がツマラナクなると文庫本をポケットから取り出し、それを黙々と読む、とした強者も存在したが『狭間派』メンバー七名、流石にそうした露骨な抵抗、反逆は行わなかった。
然し例えば、普段は一滴もアルコールを嗜まないピルビルは、呑まされ疲れて瞼が重くなり時折、船を漕ぎ出していたしアッシャーはクライアントとの連絡、携帯電話の操作に再度、集中した。所謂、イッツ・オーバー・ナウ、そのモードへ皆、移行していた。隔靴掻痒。最早、戦犯であるカントすらも残り時間を呪い、ギャルソンとの経緯がなければ自ら穏やかに、退陣を促すトコロであった。
「さてと、そろそろ時間じゃない?」
メンバー七名の、白けきった様子に夜の蝶サイドも敏感に反応し益々、重苦しい雰囲気に陥っていた只中、主幹フミキンが欠伸をしながら言葉を発した。ここに座っている男女、総勢十四名。童、幼稚園児では非ずだから、まだこの侘しくなった祭りの、終了に至る折り返し時点にしか刻が経過していないと云う事は判っている。要は主幹、彼の発言を各自、どう処理するか、だった。結局は単純に、切り上げて帰るかどうかだけの問題でもあったのだが。
「あ、じゃあ私、スタッフに確認して来ますね……」
上座、ナンバーワン(らしい)の女のコが目配せをして、カントの隣の女のコが素早く応じ答え、個室ルームから出て行った。夜の蝶サイドは職種の立場上、勝手にサヨウナラ・タイムを判断してはならない。ドアが開き、ベタンとした音がしてまた閉まり、後は完全なる沈黙に包まれた。
三分くらいして、外国風の四回ノックが響き、先程のギャルソンが現れた。そうして、難い表情で述べた。
「お客様。まだお時間が御座いますが、また何か不都合でも……」
「もう飽きたなあ、と思いまして」
直ぐ様、主幹フミキンが毅然とした口調で返した。酔い痴れた態で伝えれば、まだ救いようがあるが怜悧な顔で発言されればもう、運営する店側スタッフの空気としては全否定の地獄絵図。却って客に時間を消費させるとの観点で云えば、文庫本を最後まで、ゆっくり読まれていた方がマシだろう、なる様相であった。
「お客様、お待ちを。それでは私の顔が立ちません」
土曜日の夜、福岡内ではプロ野球の日本シリーズを開催している訳だし、風の噂として本日、なんとかを議論するアレやコレだの学会もやっているらしく、この、七名での団体だからで通された個室ルームの外、店内は混雑している筈だ。「じゃあ、お帰りで」の一言で済むハナシであるのだが、このギャルソンは開始前の、名目幹事であり戦犯のカントとの遣り取りも含め、よっぽど真剣、と云うか命懸けで飲食、接客業務をしているのであろう。それか、かの牛太郎の大袈裟な誤解案内の所為か。他の『狭間派』メンバーはいざ知らず、少なくともカントは、彼の真摯さにまたしても恐れ入った。
だが、あくまで理詰めで行こうとする、主幹フミキンは手を休めない。
「いやはや、僕らも結構、頑張ったのですが、疲れ果ててしまいまして」
頑張る。イコールそれは努力。人間、遊ぶと云う行為にもギャルソンと違ったスタンスでも自我を殺したりして、骨折らなければならない、苦労する。その事実は己が良く判っている。至極、判って判る。遊民を標榜している生きている故。そう、判り過ぎるのだけれども、それは今、この状況でアカラサマに吐いてはいけない台詞、だともカントは思った。諸々なる流れで意気消沈しつつあった名目幹事だったが俄然、薄っぺらな勢いだけで奮い立った。
「だまらっしゃい! フミキン、いや、主幹の先生よ。俺が場所柄、今回だけでも幹事なのだよ。ギャルソンさん、逆に敢えて一時間の延長で」
「え? えっと……」
ギャルソンも、これには困惑した様子だった。フミキンはまた、喘息で咽びながらも煙草へ火を点けた。夜の蝶サイドも含め残りメンバーはもう、それぞれの思惑は違っても、聞こえていないフリをしていた。
「だが、すまない。本当に申し訳ないが俺が強要したカタチになっている、店としてのサービスでナンバーワンらしいやら、ナンバーツーやらその他、接客をして貰っている女のコは変えて欲しい。勿論、彼女達には何ら問題はない。どっちかと云うと、最高だった。こちらの仕切り直しなる意味で」
「あ、えっと、はい。それでは、いずれにしろ残り時間がまだ二十分少々ありますし、そうさせて頂きます。御迷惑を掛けたなら、すみません」
「いや、突き詰めれば、断じて誰も悪くない。こちらこそ、どうも」
そうした、お茶番劇、莫迦みたいな果敢ない社交辞令をカントとギャルソンは交わした。即座に連行されるかの如くして、夜の蝶サイドは『狭間派』メンバーの顔を、一回も見た現実がないような素振りもして消え去った。
メンバー七名になった後、主幹フミキンは煙草を吸い終わり、ちょっと考えるような仕草をしてから言った。
「やらかして呉れたねえ、カント君。でもこうしたシーン、何かで読んだ憶えがあるな。接客される側としての、サービスとヒューマニズムは違う、を盲目に力説するみたいなの」
「山岸外史が書いた、湯河原事件とかだね」
テッシーが瞬時、そう返答した。続けてアッシャーも「まあ、B級映画とかにも、良くあるパターンだよね」と分析した。余りにもの下らない展開になって目が覚めたピルビル、見守っていたオダロッテとカガワは苦笑いした。主幹フミキンは更なる台詞を重ねた。
「延長は当然だがしない。そうしてカント君、もう狭間派からの破門を申し付けよう」
カントは「新撰組かよ」と呟きニヤッと笑い焼酎の瓶にキッスし、それを喇叭呑みした。
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