赤虫(4)

応募作品

狐塚月歩

小説

1,827文字

赤虫という男にかけられた疑惑。そこから事件は、思いもよらない方向へと発展する。

被害者の娼婦たち全員の顔にきざみこまれてある刃物による傷。それは、片仮名と漢字で構成された「オ恨ミ申シ上ゲマス」という何らかの形で誰かに伝えようとでもしたかのような短い文章であった。その猟奇性から、首都圏の警察内部では特捜部がもうけられて警視庁は極秘に捜査をしていたのだった。

 

「何、たかが売女の死体くらい、こんなご時世では珍しくもなんともない。大方、ごろつきにでもやられたんだろう。」

 

当初はそう言われていたものなのだけれども、遺体が二体、三体。と出てくるにしたがってそうはいかなくなってきたようで、五体、六体。と出てくるにあたって、警察内部で犯人は「オ恨ミ申シ上ゲマス」と呼ばれるようになっていた。

 

そのころ、日本はとうに終戦をむかえていたものだから東京のおもな焼け野原は闇市とそれに携わる者たちの欲求でどず黒く渦を巻いていた。「オ恨ミ申シ上ゲマス」はその渦中で異教徒的色彩を孕み、当時、首都圏を主とした警察内部の情報網の内部では有名どころの犯罪のうちにひとつとして数えあげられていた。

 

ぜんたい、どのような犯罪組織が携わっているのだろうかと戦々恐々とされていたものだったが、ひとつ、またひとつ。と、いった具合に、死体が発見されるにしたがって現場にのこされていた証拠と筆跡の類似点から同一人物だと認識されはじめているのに、「オ恨ミ申シ上ゲマス」が特定の人物だという説にたどり着くまでにそう時間を要しはしなかった。

 

結果として犯人として候補に挙がったのは、状況証拠がないという証言が相次いでいた赤虫ただひとりだったのだった。

 

飴玉を噛みくだくさいの人間における心境というものは、たいてい、いとも簡単に口中の飴にかんする憎しみという意味の憎しみをこめるでもなくただ、歯列でもってして固定した丸、もしくは楕円のかたちをひと息に噛み、圧を加えて砕けばいい。

 

否。そこまでは神経をゆきわたらせないのがいっぱん的であり、たいていの場合は無意識に近い状態の心境において残虐に噛みくだくのではないだろうか。

 

否、否。それ以前に誰が残虐な心持ちにおいて飴玉などを噛みくだいてたまるものか。などという御託を、先ず述べなければいけないのだった。幾ら噛みくだいても噛みくだいても噛みくだいたのちの砂利砂利とした食感のままに不快感が長続きするとすれば、それは先に舐めた飴、もしくは糖分の有無を述べなければいけないだろうから。

 

感情面で述べるときっと、愉快が先に待っている場合か、もしくは不愉快程度にとどまっている場合だろう。

 

最中に、ある好物の飴玉を「がりがり」と噛みくだくさい、赤虫は思いを馳せるのだった。もしも自分が飴玉を噛みくだいてから唾液に溶かすという行為におよぶことが不可能ならば、それはどんなときだろうか。と。平常時に飴を口の中にて溶かしている最中であるなら、「それ」というのは、事前に唾液のうちにある糖分の濃度が高まったゆえ。と考えられる。単純にして明快な仕組みだ。

 

赤虫というのは、東京において戦時中の闇市で小規模な顔役をつとめていたある男が、愛人に産ませた子どもだった。十八になるかならないかといったころにガソリンを頭からかぶって焼身自殺を図ったが死にきれず、ほぼ全身に大やけどを負ったまま生きている。そのために全身の毛は睫毛すらも生えておらず指紋もあらかた焼けてしまった。

 

現在、二十四になる本人彼自身は、日本戸籍上の本名を阿藤悠馬という。ただ、人に名乗ることはきわめて稀なことのようだ。

 

風俗業界を取り締まる母方の叔父を手伝って、夜な夜な管轄の店に顔を出して、勉強と称し接待されているけれども本人は至ってやる気なくその待遇を受けているらしく、自分では取り締まっている店の建物の権利をもらうことができたら上々だと言及してはばからないものだから、陰では、

 

「顔に似合わず欲がない。」

とか、

 

「昼行燈のようだ。」

とかうわさされている。

 

いっぽう、北海道に実家がある大学生だった佐藤史郎という青年は実は生きていた。自分の名前を赤虫と名乗っている彼は、阿藤悠馬本人の戸籍を手に入れ、あたかも彼自身としての生存を果たしたかのようだった。

2015年12月14日公開

© 2015 狐塚月歩

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