赤虫(3)

応募作品

狐塚月歩

小説

1,580文字

すでにもう東京に居た、「赤虫」という男。

背が高く、全身は真っ赤に焼けただれているというその者は、人々の噂によれば化けものそのものだったらしく、出現した当時はただ、「化けもの」とか、「やけどの人」とか呼ばれていたが、見聞が広まるにつれいつしか、本人が居ない陰では「赤虫」とあだ名されるようになった。顔のあちらこちらにやけどによると思われる引き攣れがあり、包帯の隙間から見えるそのものが、赤い虫のように見えるからだというのが、赤虫というネーミングセンスの由来だろうと言われている。

 

羽虫があかりに焼き殺されるのを見て、「おもしろい」と感じる感情などよりも、ただ箸が転げただけで笑うことのできる神経の持ち主のほうが、よほど恐ろしくて残酷な仕打ちなのだろうか。

 

娼婦たちの談笑が響く地下のホールにて、赤虫が入ってくると「ぴたり」と彼女たちの話声がやむと、上背のある彼が年齢不詳のしわがれ声にて、店でそこそこの酒を注文するなり、長椅子にどっかりと座りむなり、身なりを飾りたてた複数の若い女が三人ほど寄ってきた。

 

「あら、久しぶりじゃない。」

 

「さみしかったのよ。」

 

など、口ぐちに赤虫の機嫌をとりだした。彼はごく短く、

「ああ。」

 

短く返事をすると、彼女たちの話に相槌をうちながら、静かに心を落ち着けつつ誰かを待っているようだった。

 

しばらく待ちわびていると、背広を着用した線の細くて色素の薄い小柄な男が店のとびらを開けて入ってきた。女たちの視線がそちらにむけられるなり、赤虫は舌打ちをして長椅子から立ちあがり、小柄な男を出迎え、ひとこと、

 

「遅かったじゃないか。」

 

と軽く相手を非難した。

 

「まあ、そう文句をお言いでないよ。」

 

赤虫をいなした小柄な男は、上着の内ポケットからその場でから一枚の紙切れを取りだすと、それを赤虫の手に握らせると店を出たのだった。四角く折りたたまれた真っ白な紙だった。

 

店が終わり明け方になってから赤虫は、先ほど取り囲まれていた娼婦のうちで年かさの女の自宅を訪れる。

 

全体としてがケロイド状に焼けただれた指先が、女の脚の付け根にある臓物の中身の入口をかき回している。古ぼけたトタン屋根のアパルトメントの一階にある部屋の布団の上でもつれあう男女ふたりの姿が、こちらがわから窺うかぎり豆電球を逆行に背負って黒々とした影になっている。壁にかかった派手な衣装と対比する住居が、彼女が水商売の女であることを物語っていた。

 

あえぐ吐息とともに彼女は声を発した。それは、ろれつの回りきらない、かすれた高い声だった。いちれんのことが終了すると、赤虫と呼ばれている男はもと着用していた背広に再度袖を通してから部屋を出て、錆ついた廊下の手すりに手をかけてから、白い木綿の手袋をはめた。

 

襤褸襤褸という音を立ててくずれてしまいそうなさびは、手袋の中身と相まってわが身から出たのではないかというほどだ。おりしも小雨がぱらつく晩夏の夕方だったが肌寒さも手伝い、赤虫彼自身は「ぶるり」と武者震いをしたのだった。

 

鋭い刃物で顔に傷を刻みつけられ血液を全部抜かれた内臓がない娼婦の遺体が、一週間連続、合計七人の遺体が警察にあがっているのだ。犯人の目的は不明だったけれども、主に医療関係者か駐屯地に居留している米軍が疑われていたのだが、終戦直後の日本にてそんなことを公の場で発表する者は誰ひとりとして存在しなかったかのようにあつかわれている。それらの事件はよって報道はされず、闇に葬られた事件は警察内部の関係者と遺族しか知りえない極秘の情報となっていた。

 

―オ恨ミ申シ上ゲマス

2015年11月30日公開

© 2015 狐塚月歩

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