豚姫

山本ハイジ

小説

4,652文字

むかしむかし、あるお城の王さまとおきさきさまの あいだに生まれたお姫さまは、なんと豚でした。グリム童話へのオマージュ。

 

むかしむかし、ある国のあるお城にいます、王さまとおきさきさまのあいだにとてもかわいい王子さまがうまれました。おきさきさまはすくすく成長していく王子さまをたいそうかわいがり、王子さまもまた美しいおきさきさまが大好きだったので、どんなに家来たちから婚姻の話を持ちかけられても母より美しい娘はいないと言って断ってしまうほどでした。

しかし年月がたつとおきさきさまは老いてどんどん醜くなり、王さまは病気で亡くなってしまいました。王子さまは心がわりしてそれは若くて美しいお姫さまをもらいうけ、王子さまは王さまに、お姫さまはおきさきさまに、醜いおきさきさまはおおきさきさまになりました。

盛大におこなわれた婚礼は国じゅうのみんながあつまり、鳥や花たちさえも祝福しているようでした。おおきさきさまは笑って祝うふりをしながらも、胸のうちでは自分にそそがれていた王さまの愛を奪ったおきさきさまを激しく憎んでいました。

それからあくる日、嫉妬に狂ったおおきさきさまがおきさきさまの頬を平手うっていじめます。かわいそうなおきさきさまは泣きながらそれを王さまに訴え、王さまは激怒し、おおきさきさまの醜さをひどく罵ってからこう言いました。

「醜くなった母上に、もう用はない!」

おおきさきさまはあまりのショックにその夜、寝室のベッドの上でおいおい泣いたあと毒を混ぜたぶどう酒を呑んで、おきさきさまを呪いながら血を吐いてむごたらしく死にました。

 

おおきさきさまの死に顔は大変、おそろしい形相をしていたそうです。それから四年ほど過ぎた、冬のある日のことでした。おきさきさまはなかなか子供を授からず、悩んでいました。窓からちらつく綿毛のような雪を眺めては、ため息をついています。それを憐れに思った召し使いがやってきて、こんな噂をおきさきさまに教えてあげました。

「おきさきさま、おきさきさま。となりの国のおきさきさまはゆびに針を刺して、その血を雪にたらし、こんな白くて赤い子供がほしいと願ってみたそうです。そうしたら、授かったそうですよ」

それを聞いたおきさきさまは召し使いからぬい針をもらって、窓から手を出し、ゆびをチクリと刺してみました。するとどうでしょう! つもった雪に二、三滴おちた血が桃色に滲んだではありませんか。おきさきさまは不思議に思いながらも、ああ、こんなかわいい色の子供がほしいと強く願いました。しかし、あとからおきさきさまはとても嫌な気持ちになってしまいました。

「おお、どうしたことでしょう。なぜだかわたくし、胸騒ぎがいたします」

おきさきさまの胸騒ぎは、おきさきさまがあれほど願った子供をみごもっても、ますますひどくなっていくのでした。

しばらくしておきさきさまは子供をおうみになりました。おきさきさまは卒倒してしまいました。なぜならうまれた子供は人間ではなく、なんとも醜い豚のお姫さまだったのですから!

あああああ、と、おきさきさまはベッドの中でうなされながら「呪いだわ、きっと死んだおおきさきさまの呪いだわ」と、みぶるいしました。

そのままおきさきさまはぶつぶつひとり言を呟きつづけて、廃人のようになってしまいました。

王さまは慌てふためき、料理人をよんで「この醜い豚の姫、豚姫をやき豚にしてしまえ!」と、めいじました。おそろしくなった豚姫は厨房へと連れていかれる途中でぶーぶー泣きわめき、許しをこいました。

料理人はさすがに憐れになったのと、こんなうまれたてのまだ太っていない豚なんかやき豚にしてもおいしくないと思ったのと、どうせすぐに狼にでも食べられてしまうだろうと安心したので、裏口から豚姫を森の奥深くへと逃がしてやりました。

そして料理人は森でわらをつんでいる豚を見つけたので捕まえてきて、豚姫のかわりに厨房でおいしそうなやき豚にしあげました。王さまに差し出すと、王さまはおいしそうにそのやき豚を召しあがりました。

さて森の中で豚姫はかわいそうに、途方に暮れていました。あてもなくとぼとぼ歩くと一軒の古びた小屋を見つけたので戸を叩いてみましたが、出てきたのは小人で、小人は「醜い豚にかまっている暇はない! 雪白が死んだ! 雪白が死んだ! おいらたちが待っているのは王子さま!」と、騒ぐばかりだったのであきらめて再びとぼとぼ歩きます。

すると今度は一軒の赤い屋根の家を見つけたので戸を叩いてみますと、出てきたのはなんと狼! あっと言うまに豚姫は丸呑みにされてしまいました。狼のお腹の中はまっくらでなんにも見えません。それにほかにも丸呑みにしたものがあるのか大変きゅうくつでした。

お腹がいっぱいになった狼は家の中のベッドにあおむけになって倒れ、そのまま気持ちよさそうにぐうぐういびきをかいて眠りこけました。そのいびきは外にまでひびいてくるほどでした。

そのとき、通りかかった狩人がいびきを聞いて不思議に思い、窓から家の中をのぞいてみました。すると、お腹のふくらんだ狼がベッドで寝ているではありませんか! 狩人はおどろいて、これは家人が食べられてしまったに違いないと思い、慌てて家の中に入るとナイフで狼のお腹を裂きました。

するとどうでしょう! 裂かれたお腹から赤いずきんをかぶった女の子と、おばあさんと、ついでに豚姫がいっせいに飛び出してきました。狩人、赤いずきんの女の子、おばあさんの三人は手を取りあってよろこび、豚姫はほうっておかれました。

「狼の開いたお腹に石をつめて、ぬいあわせてしまおう」

と、三人が話しあっているうちに豚姫はそっと外に出て、去っていきました。

豚姫は再び、とぼとぼ森の中を歩きます。そのうち日が暮れて、豚姫は疲れはてて眠くなってしまいました。おおきな木の下に寝ころぶと、豚姫はなんだかとても悲しくなって静かに涙を流しながら眠りました。豚姫は寝言で「なんでわたしは……」と、呟きました。

そのとき、勉強でいろんな国をめぐっていた王子さまご一行が通りかかり、豚姫を見つけると、王子さまは護衛に豚姫を運ぶようにめいじました。豚姫は抱きかかえられるとうっすら目をひらきましたが、またすぐに目をとじました。

 

さて、豚姫が目をさますと、そこはふかふかのベッドの上でした。てっきりやき網の上だとばかりに思っていた豚姫は、なにがなんだかわからないまま起きあがります。目の前にはとても美しい王子さまがいました。

王子さまは豚姫にやさしく微笑みかけてから、こう言いました。

「なんて美しい娘なんだろう。ぜひ、僕と婚姻してください」

ああ! まるで夢のようです!

断る理由などあるわけがないですから、豚姫はよろこんで承知しました。そして泣く泣く身の上を話すと、王子さまはふかく同情しました。

王子さまは豚姫がずっとほしかったものをなんでも下さります。豚姫はきれいな着物を着て、ごうかなお部屋ですごして、召し使いたちにちやほやされて、ふかふかのベッドで寝て、王子さまに愛されてとても幸せです。ただ、お城の中にはかぎのかかった部屋が一つだけありまして、王子さまは「ほかの部屋は好きにつかっていいけれど、間違ってもあの部屋だけは入ろうだなんて思っちゃいけないよ。もしも入ったら、僕たちの幸せは壊れてしまうからね」と、豚姫に警告していました。豚姫はもちろんそれにしたがって、部屋には決して近づきませんでした。

それから王子さまと豚姫の婚礼の日には豚姫をやき豚にして食べたと思いこんでいるあの王さまと、豚姫がいなくなってすっかり正気にもどったあのおきさきさまが招待されました。王子さまの婚姻相手が豚姫だなんて夢にも思わなかったものですから、お城に入るなり着飾った豚姫を見つけると、王さまとおきさきさまはおどろきと恐怖で動けなくなってしまいました。そのうちに、王さまとおきさきさまにつきそっていた護衛がみんな殺されてしまいました。

それは王子さまの一計でした。王さまはやき網の上に乗せられるとこんがりやかれて死に、おきさきさまは真っ赤にやけた火箸でお腹の中をかきまわされて死にました。王さまとおきさきさまの死体は切りわけられ、その肉はお客さま全員にふるまわれました。

豚姫はおきさきさまが死ぬところを見ると、とても胸がすっきりして気分がよくなりました。王さまの肉は大変おいしかったのですが、おきさきさまの肉はまずくて食べられませんでした。

王子さまのお城の領土が一つふえました。

そのまま、豚姫は王さまの肉をきれいにたいらげました。あまりにおいしくて、お皿まで舐めてしまうほどでした。一つ、おおきなげっぷをしてから豚姫はにっこり笑います。お腹だけではなく、胸もいっぱいになっていました。

とたんに、豚姫の姿がみるみるうちにかわっていきます。体がのびて桃色の肌は白くなって、豚の耳がひっこんで、豚の鼻もひっこんでかわりに形のいい、人の耳と鼻がはえて、つぶらな目と赤い唇ができあがり、頭からふさふさの黒い髪がはえて豚姫はもう豚ではありませんでした。今日から美しいおきさきさまです。おおきさきさまのうらみがはれて、呪いはとかれたのでした。

王子さまあらため、王さまはぼうぜんと豚きさきになるはずだったおきさきさまを見つめています。おきさきさまはふと、もう一つ自分の体のかわったところを見つけました。お腹がふくらんでいます。みごもっていました。

 

それから一月ばかりたった頃でしょうか。おきさきさまは窓辺で椅子にすわって、ため息をついています。おきさきさまは悩んでいました。王さまはおきさきさまをまったく愛さないでおきさきさまをほうっては、あのかぎのかかった部屋にこもるようになってしまったのでした。

「せっかくわたしは美しくなれたのに、なぜかしら……」

おきさきさまはウンウン唸ってからはっとしました。

「そうだわ! きっと、あのかぎのかかった部屋にひみつがあるんだわ」

なんとしても部屋に入りたくなったおきさきさまは、お抱えの魔女をよんで「眠れないの」などと理由をつけて(実際、おきさきさまは自分にたいして冷ややかになった王さまが不安でしかたなく、夜も眠れませんでした)眠り薬をもらいました。

そして夜になると、王さまが寝る前に召しあがるぶどう酒にそっと、眠り薬を混ぜました。それを呑んだ王さまはぱったり眠りこけてしまいました。おきさきさまは王さまの懐をあさり、かぎを手に入れると寝室を出て、あの部屋へと向かいました。

さて、部屋の扉の前につきますとおきさきさまはさっそく、かぎ穴にかぎをさしました。そのままかぎをまわそうとしましたが、ここでふと、おきさきさまはかつて王子さまだった王さまの言葉を思い出しました。「間違ってもあの部屋だけは入ろうだなんて思っちゃいけないよ。もしも入ったら、僕たちの幸せは壊れてしまうからね」。

しかし「もう、壊れております」と、おきさきさまは小さく呟いて、かぎをまわしました。

扉をあけて、部屋に入ります。そこには多くの動物たちがいました。うし、やぎ、いぬ、豚。なるほど、どうやら王さまは動物を愛するのがお好きなようです。おきさきさまはへなへな膝をついてしまいました。ふくらんでいるお腹を手でおさえて、ぶるぶるふるえてしまいました。

そんなこんなで、この豚姫の話は永遠に終わることがないのでした。

 

 

2010年5月7日公開

© 2010 山本ハイジ

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