当世潜伏切支丹気質

応募作品

山谷感人

小説

8,390文字

 題名だけ坪内逍遥へのオマージュ、二千十五年・福岡文学フリマ用冊子作品。二千十五年・東京文学フリマへは不参加な故、好事家、隠れキリシタンファンやらの要望に応じウェブにて堂々、登場!

フェリーが去った後、波は緩やかにして高く、そうして高くて緩やかだった。煙草を呑みながら、僕らはそれを、眺めていた。

「旧套だね」

完治は、メモ帳にそう書いた準市の台詞を確かめ、人差し指で残り火が付いた煙草を、海へと飛ばして言った。寂れた港には二人以外、誰もいなかった。

「だいたい、離島に来たからと云って、常套句みたいに船の描写から入る必要はないよ。小学生への綴り方講座じゃあるまいし」

じゃあ、お前が書くのもやれよ、と準市は思ったが、口には出さなかった。彼はこの島どころか、ここの地方に訪れたのは初めてであって、案内人役でもある完治に遠慮したのである。波はまだ、揺れていた。

やがて完治は、ほら行くぞと、山間部へと向かう道を顎でしゃくり歩き出した。

「金鍔次兵衛は識っている?」

準市は、坂口安吾の随筆の中で読んだ憶えがあったが、敢えて識らない、と答えた。完治と云う男は、自身のテリトリー内のハナシでは、他人の同意を好まないと、それこそ彼は識っていた。オマケで、ううむと、呟いてやった。

「その金鍔次兵衛って云うのも、無論、潜伏切支丹なんだけどさ、妖術使いとして、史実にも明記されているんだ」

「あ、へえ……」

「ドロンと現れてはドロンと消える。或る時、四藩二奉行所の何万人もが彼を捕縛しようと、実に三十五日間も囲んで追い詰めたが、無駄だったそうな。まあ最後には、これも潜伏切支丹を語る上で欠かせない、密告によって発見され、穴吊るしの刑にされるんだがね」

チェーンスモーカーの完治は、ポケットを弄りながら続けた。

「で、昨日、お前が泊まっていたホテルから、俺が散策に連れ出した時、お前が呑気に、あの山からあちらへまでの橋を造るのは大変だっただろうねえ、と言っただろ? そこが金鍔次兵衛の隠れていた、洞窟の辺りだよ」

「……その洞窟があそこだったって件は、なんでその時に教えて呉れなかったの?」

「幾ら、ちゃんとした文献にも登場しているにしろ、結局はファンタジーだからだよ。そんな細部にまで、考証しなくていいさ」

幻想。確かに、それはそうかもしれなかった。然し、だとしたら準市は何をしに、こんな辺鄙な島まで、はるばる来たのか? と考えた。フリーライター志望の彼は大学時代の友人で、現在は出身地であるこの地方へ戻り、そうかと云って職に就くでもなく、好事家を気取って生きている完治に一週間前、電話して、彼から兼ねて聞かされていた、今だに潜伏切支丹の信仰を維持しているらしい親戚を取材させて欲しい、と言った。完治は携帯電話の向こう側で軽やかな笑い声を漏らし、いいね、二人でレポートでも作るか? と応えた。

新幹線と特急列車を乗り継いで着き、卒業以来、二年半ぶりに逢った完治は、相変わらずの酒に焼けた濁声で迎えて呉れた。定職を持たないモノ特有の、だらしない服装であった。ただそれは、フリーライターとして未だ何モノにも成り得てない、準市自身も同一であった。

「従妹が嫁いだ先、そこの親戚筋だから、結婚式の一度しか、顔を合わせて話した事がないんだけどな。この島は俺も初めてだよ」

こんな淋しい場所にも一軒だけあった、二十四時間営業ではないコンビニエンスストアで一升瓶を購入してから、完治はそう言った。

「本当に、大丈夫なのか?」

「俺がこっちに帰って来てから、盆暮れの挨拶やらの際、いずれ遊びへ行くと何度も伝えていたし。昨日も電話をしたら、向こうも愉しみにしているってさ」

準市は、玄関で祈りのオラショを唱えなくていいの? と軽口を吐こうとしたが、止めておいた。不遜にもなるな、と思ったが、それ以上に既に息が上がっていたからだ。島の、余り整備されておらず、そうして狭隘で急な勾配の坂道は、都会育ちの彼には難儀だった。

やがて三十分くらい登り歩き、完治は、ここだろう、と言って足を止めた。目の前には堂々たる門構え、小洒落た立派な屋敷があった。潜伏切支丹の後裔。それこそ隠れてこじんまりして旧く、小さな陋屋に住んでいるのだろうと考えていた準市は唖然とした。完治は携帯電話を取り出してボタンを押し、それを耳に当てた。ええ、はい、あはは、と云った月並みな言葉が響いた後、門の奥、ドアが開き、痩せた初老の男が姿を見せ、莞爾と笑いながら此方へと手招きをした。

 

居間へ迎え入れ、通り一遍の挨拶を交わした後、関屋精作は早くも投げ遣りな気持ちになった。

笑みを浮かべて歓待を装っているものの、これから半解な質問やらをされると思うと矢張り、面倒だった。微恙を理由に断る事も考えたが、目の前にいる、遠い親戚の遊民に以前から電話の折りに何度も、訪問を安請け合いしていた手前、それは憚られた。にしても、手土産の一升瓶。これは遠藤周作が信徒を訪ねる作品の場面、そのものじゃないか。莫迦らしい、と感じた。

「……まあ然し、昭和三十年代後半ぐらいからの、潜伏切支丹ブームを経て、諸々の研究書やらイロモノも含め取材記等が発刊されていますから、今更お役に立つハナシは出来ないかと思いますが」

「いや、文字だけの知識じゃ駄目なんです。この連れて来た友人は、フリーライター志望ですし」

大仰な事を言う奴だと関屋精作は呆れて、本当の笑みを放った。

「いずれにしても雑談相手ほどの、お力にしかなれませんよ。先祖代々そうだったので自然と私も、と云うだけですから。それに余所様の地域はしりませんが、もうこの島では、皆で集まって儀式をするだとか、そんな風習は既に行っていません。無論、信者はカクレてもいませんし」

「え? 今では司祭役の爺方や、洗礼を授ける水方などもいないんですか?」

「十五年前、爺方と水方を兼ねてやっていた、私の父親が他界して送ってから、私もですが、誰もやりたがらないし、なくなりましたよ。そりゃあ、人数も減っていながらも信者同士の付き合いはありますが、其々が各自、基本的には自由に信仰しています」

「……所謂、納戸神などは?」

「私の家では祀っておりますが、他の家では保存していないトコロもありますね。例えば、自身は信仰を受け継がなかった信者の子供などが、よい金銭になるからと、勝手に売ったりするのです。ウチのを見たければどうぞ。ほら、そこの祭壇にありますよ。少し前の時代までとも違って、異教徒には見せない、見られないように暗く、奥まった部屋に置いてある、とかもないですから」

関屋精作が指差した方を二人がそっと見遣ると、立派な神棚と位牌が並んだ仏壇に挟まれて、その絵が目立つように飾られていた。それは色々な文献の写真などで出廻っていて、よく見掛ける聖母をモチーフとした、野良着姿のふくよかな女性の絵だった。

「先程も言いましたが、余所様の潜伏切支丹地域が今ではどうなのか? それは詳しくしりません。ただ、この島ではこうした現状です。まあ、今夜は泊って行かれるとの事ですから、こんなハナシは止めて、頂いた手土産と共に愉快にやりましょうや。私は、酒には目がなくってね」

関屋精作はそう言ってから、コップを取りに行く為、腰をあげた。

 

下戸の準市は二、三口舐めただけだったが、それから完治とその親戚は大いに酒を呷った。

まだまだそれでもと、準市はハナシを引きずり出したかったが、完治は既に自棄になったのか、自ら下らない、それこそ雑談に話題を持って行った。準市が未だアルバイト生活で、フリーライターとして芽が出ないのは、アルコールを嗜まないからだとか、自分は地方で一等の好事家になるだとか、そうした全く不毛な内容を延々と語っていた。親戚は合いの手を入れるように時折、唸りながら聞いていた。準市は見知らぬ家の客と云う立場から、黙ってそれを眺めるより他はなかった。

やがて二時間ほど経ち夕暮れ時になり、完治が酔いも回り流石に疲れたのか、口数が少なくなった頃、親戚の携帯電話の着信音が鳴り響いた。

電話を終えた親戚によると、今から一人娘が帰宅する、それから夕食の準備をさせるとの事だった。

「完治君は御存知のとおり、妻に先立たれて二人暮らしでねえ。それに私が四十を越えてからの子だから、可愛くて仕方ないよ」

「ああ、佳ちゃん。前に結婚式へ連れて見えられて逢った時は確か、小学生低学年でしたよね? そうすると現在は、ええっと……」

「もう高校二年生だよ」

潜伏切支丹の遣り取りが即座に閉じられて以降、この親戚達は寛いだ口調になっていた。準市は一人、自身が余計者のようにも感じられて最早、先にお暇しようかとも考えたが、その佳ちゃんが、本土にある高校から帰宅する時間帯の船が最終便なのは、事前に解っていたので、どうしようもなかった。

佳ちゃんは、すらっとした長身で、顔立ちも濃くて彫が深く、甚だ失礼な比喩だが、こんな島には勿体無い美人だな、と準市は思った。また、痩せているのは同じだが、何処か無骨な顔をした完治の親戚には似ていない。よほど亡くなった母親に、瓜二つなのだろう、とも考えた。

「いやあ、それにしても綺麗になった。俺の事、ちゃんと憶えている? メシも美味いっ」

佳ちゃんが用意して呉れた、山菜料理と刺身を喰らいながら、完治は親戚との杯の応酬で泥酔してしまったのか、次は何度も何度も変わらない台詞を吐いた。彼女は苦笑いをしつつ、もうこの島には食べ物しか取り柄がありませんから、と言った。確かに、山菜の味は絶妙だったし、クロダイやらアジやら、名前をよく判断が出来ない魚やらの刺身は、驚くほどに新鮮だった。

夕食が済み、二人で事前に調べていた、夜の二十二時までは営業している、島にある温泉の立ち寄り湯に、そろそろ行こうかと、準市は完治に言った。それは、結局は杞憂でしかなかっただろうが、潜伏切支丹の、水へのこだわりは深い。例えば爺方は、日常生活においても必ず一番風呂に入らねばならず、タオル、石鹸、洗面器などは専用の物しか使わない。よって清潔を好む、などと或る文献で読んでいて、入浴は遠慮する事に決めていたからだった。時刻は十九時半を少し廻り、丁度良い頃合いでもあった。

然し、完全に酔いどれ正体をなくしつつあった完治は、行かないとごねだした。更に、親戚と将棋を指すのだと騒ぎ出した。

「完治君。私は将棋が不得意だよ。それに、そんなにも酩酊していちゃ、早く休まないと明日の船で大変だ。佳子、二階の客間に蒲団を用意しなさい。貴方も、ここで浴室を使っても構いませんが」

「……いいえ僕は煙草もきれましたし、散策がてら行ってきます。立ち寄り湯の場所は、此方へお邪魔する前に確認して一人で大丈夫ですし」

「そうですか。私も今日は図らずも呑み過ぎてしまい、余り遅いと寝てしまうかもしれませんから、では、鍵は開けておきますよ。田舎の夜の山道は暗いので、転ばないように、お気を付けて」

「有難うございます。御迷惑を掛けます」

多少、皮肉交じりの親戚の台詞を聞いて、矢張り自分は招かざる客だったなと準市は一瞬、邪推したが、それよりも偶然の産物だとしても最後の部分が、潜伏切支丹の後裔の言葉として如何にも、ユーモラスに感じられた。転ばないように、お気を付けて。

 

佳ちゃんに案内された部屋へ、完治に肩を貸して運び横にさせてから、準市は外へと出た。季節は秋彼岸間近なので、Tシャツ一枚では当然だが、山風で肌寒かった。星空は無論、都会生まれ都会育ちの彼にとって、観た事が無い絢爛さだった。

四百五十円を支払って入った立ち寄り湯には、二人の先客がいた。完治の親戚と同じで還暦ぐらいの初老と、八十は優に越えていそうな、皺くちゃの老人だった。身体を洗いながら、ふと、初老と云う言葉の本来の意味が、変化したのはいつ頃だろうかと、取り留めがない思索に耽っていたら、兄さん、何処から来たね、と老人より声を掛けられた。準市は、東京からです、と返事をした。

「ほう、そがん遠かトコから。こげん島に、なんばしに来たね?」

完治の親戚とは違って、訛りがきつかった。初老の方も、珍しそうに此方を見ている。

「友人の親戚宅へ遊びに。骨休めみたいな感じです」

何事にも放埓で圭角が多い完治ではあるまいし、見ず知らずの土地の者に、潜伏切支丹の取材目的で来ました、貴方は後裔ですか? などと準市には言えなかった。だがそれは、フリーライター志望として、致命的な配慮なのだろうとは、自身でも判っていた。老人は、島には若い衆が少のうなって、と呟き、もう来訪者に無関心になった態で、せっせと身体を拭き始めた。準市は泡を流し、ひとつしかなく狭い浴槽に浸かった。ぬるい湯には、大量の垢が浮いていた。堪らなく寂寞とした心持ちに、彼はなった。

鍵は開けて呉れているとの事なので、準市は少し海辺を散策しようと思った。時刻もまだ二十一時だった。本来なら今頃、完治の親戚から敷衍、有意義な潜伏切支丹のハナシを聞いた後で、それを纏める文章に付いて二人、立ち寄り湯の帰りに愉快な口論、をしている筈だった。ファンタジー。島に着いた時に完治は、からかいや冗談の心算でそう言ったのだろうが、まさに、その有り様になったなと準市は空虚感すら憶えた。うらぶれた漁師村落でもある、島の夜の港は閑散としていた。暫く腰を下ろして蒼黒い海を眺め味わい、彼はゆっくりと山道へ、戻る為に立ち上がった。

途中、完治の親戚宅へと伸びる道とは逆方向、小径の奥から、微かに唄声が聴こえた。それは、物悲しい調べだった。引き寄せられるようにとか、そうした大袈裟な感覚ではなく、ただ興味が湧いて準市は、その方へと足を向けた。小径は直ぐに険しい、雑木林になった。山道でも所々に備えられていた外灯が、この先にあるとは思えなかったが、それでも奥から唄声はまだ聴こえるし、薄明かりが見える。兎に角、行ってみるしかないと、彼は腹を括った。木を伝い歩き、近づいてゆく。粘土質の勾配で、何度も滑りそうになった。

漸く辿り着きそうになった時、此方の気配を感じたのか、唄声が止んだ。準市はそのまま躊躇せず登りつめて、薄明かりの中に入った。そこには小さな祠があって、木の枝にぶら下がっている、旧いライトによって照らされていた。

「ああ、矢張り佳ちゃんだったか」

準市は急に現れた、自身の姿に驚いている彼女にそう言った。いや、びっくりとしていると云うよりは、ばつが悪そうな様子だった。

「立ち寄り湯からの戻り道で、唄声が聴こえてさ。で、最初は何かなあと思ったんだけど、近づいて行くうちに、佳ちゃんの声だろうって。いつも、ここで唄ったりするの?」

彼女は軽く頷いた。はにかみ気味な顔を見ると、下手な警戒心は抱いてはいないようだった。準市は、安堵してハナシを続けた。

「この場所、妙に落ち着くね。佳ちゃんの隠れ部屋みたいな所?」

「いえ、私だけの、そんなのじゃありませんけど、島では皆もう、ここに来る人は少ないですから」

「へえ。小さいながらも旧くて、由緒ありげな祠なのにねえ。まあでも、こんな夜には佳ちゃん以外、誰も来ないか」

準市の言い方が気に入ったのか、彼女は微笑んでから会話を繋いだ。

「昔、ずっと昔には、島の皆、ここには夜しか来なかったんですよ」

「あ、するとこの場所は……」

「そうです。見た目はこのように祠ですが、潜伏切支丹の祈禱場です」

「じゃあ、さっき唄っていたのも」

「ええ、祈りのオラショです」

図らずも、求めていたモノに遭遇した恰好となり、準市は胸を高鳴らせた。そうして慌ただしく会話を進めた。

「佳ちゃんは真摯に信仰を続けているの? 君の、お父さんは今更この島では、と仰っていたけど」

「全て父が駄目なんです。爺方も本来は私達の島では世襲するものなのに、あの人が終わらせました。それから皆、結束が稀薄になったようです」

「色々と、教えて呉れないかな? 僕は、その為に訪れたんだよ」

「……どんな事ですか?」

「じゃあ、まずはさっき唱えていたオラショを、ちゃんと聴かせて欲しい」

彼女は、暫く沈黙した。そうして、言葉を選ぶようにしてから述べた。

「私は、どんな善い人でも、異教徒の前では唱えません」

準市は身震いした。こんな若い娘が一人、ひっそりと伝統的な信仰を守っている。なんて素敵な因縁なのだろう。

「父は、機嫌が好いと誰の前でもオラショを唱えます。あ、今夜は完治さんを持て余していたみたいで……。オラショのCDを出す計画とかしていますし。でも私は」

「ごめん佳ちゃん、もう聞かないよ。一緒にそろそろ帰ろうか? 僕一人じゃ、雑木林で遭難しちゃうかもしれないしさ」

まるで三文テレビドラマみたいな台詞になり、準市は赤面しそうになったが、彼女は、吹き出して笑って呉れた。彼は祠を背景にした、その顔を見て、美しいと思った。その他の言葉は、浮かばなかった。

 

帰り道、佳ちゃんはひとつだけ、あの祠に纏わる伝承を語った。それは、こんな物語だった。

元和十年。宗教問題やらで、エスパーニャ船の来航が禁止された年、それまで僻地だと云う事で比較的、切支丹への扱いが緩やかだったこの島にも大々的な弾圧が押し寄せた。本土から多数の役人が遣って来た。その中には以前、切支丹の信仰を持ち、島民を励ましていた何名かの武士の姿もあった。

表面的に、どう取り繕っていても、島民の約八割は程度の差こそあれ切支丹だった故、数珠繋ぎで次々と捕縛されていった。或る者は棄教を誓って赦されたし、また或る者は、このような事案に備えての、役所方の間者でもあった。然し主だった者として、実に、その家族を含め十九名の信徒は、本土の奉行所へ引き連れられて訊問される訳でもなく、直ぐに断崖絶壁から蹴り落とされ殺害された。

そうした一気呵成の展開の折り、たまたま山中にいて難を逃れた文吉、次郎八の二人は、森林の奥から、その処刑されている光景を見た。身内や、同胞達が殺害されてゆく。それは、耐えられない現実だった。だが、ここで彼らが立ち急ぎ戻ったとしても、新たに海辺へ浮かぶ、骸が二つ増えるだけの事だし、どうしようもなかった。

夜間になって次郎八が、このまま、ここに隠れていても仕方ない。どうせなら、いっそ、捕り手の連中の寝込みを襲おう、と言ったらしい。それに対して文吉は、そんな暴挙をしたら、この島だけではなく、近隣の信仰を共にする者にまでも迷惑を掛ける、と返答し、暫く悩みあぐねた後、こうした提案をしたとの事。曰く、我らが逃亡していると思われていては、それは良からぬ結果しか生み出さない。また、そうかと云って今更、山を下りて申し開きをしても、益々と島民へ累を及ぼす事実になるだろう。本日、先に行った皆を追って最早、ここでパライソの寺に参ろうぞ。

次郎八も、諦めたようにして、頷いた。

当然、切支丹では自決行為を、きつく禁止している。二人は互いに鍬を持ち、相手の喉頸を目指して飛び込んだ。文吉は即座に息絶えたが、次郎八の方は巧くいけなかった。自ら、舌を噛み切るなどは決して、してはならない。やがて山狩りに来た集団が、それを見つけた。その中の一人の武士は以前、信徒であって文吉や次郎八と親交があった。彼は僅かに次郎八より経緯を述べさせてから、全てを察し刀で貫いてやった。そこが、その後に造られた、あの祠がある場所だった。

 

翌朝。準市は八時くらいに目が覚めた。完冶は早くから横になっていたくせに、歯軋りの音をたてて、まだ眠っていた。まあ、嘔吐をしていないだけ、マシなのかもしれない。準市はそれを揺り起こして二人、階下へとおりた。

居間では親戚が渋い顔をして座っていた。完治は昨日の醜態があってか、へどもどした挨拶をした。軽い食事が用意され置いていたので頂いた。佳ちゃんはもう、一番の船で学校へ行ったらしく、いなかった。

また来ます、いつでもいらっしゃい、の空しい言葉を交わした後、二人は親戚宅を出た。以降、港への道中での会話。

「父親があんな調子だと、佳ちゃんなんかもいずれカトリックとかになって、この島から潜伏切支丹の後裔は、いなくなるのかねえ」

「……そんな単純な問題じゃないでしょ」

「まあ、お互いに何も書けない訪問だったなあ」

「いや、何も書けないじゃなくて、何も書かない、だよ」

「意味が判らないけど、ツマラナイ事になり、案内者として悪い。謝っておこう」

「充分、愉しかったよ。俺は」

完治は、それを聞いて、ぽかんとした表情をしたが、深く拘泥はしなかったのだろう、やがて煙草を取り出して火を点けた。

 

 

2015年10月30日公開

© 2015 山谷感人

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


4.5 (2件の評価)

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

---

"当世潜伏切支丹気質"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る