ユメコのかばん

光源のない走馬燈(第4話)

アサミ・ラムジフスキー

小説

3,637文字

ちいさなユメコは、お兄ちゃんのことが大好きです。

ひどく寒い夜明けでした。毛布はしっかりと鼻までかけているのに、背中のほうからしんしんと冷気が沁みてくるのです。いつか写真で見たスイスアルプスの氷河が頭に浮かぶかのようです。ああ寒い、なんて寒いのでしょう。こんな寒々しい場所では、誰も自分のことで精一杯で、きっとゲレンデマジックさえも起きないでしょう。

ちいさなユメコはぶるぶると震えていました。いつもなら、お兄ちゃんに起こされるまでずうっと夢の中なのに、この日ばかりはあまりの寒気にぱっちりと目が覚めてしまっていました。どうせぱっちりならぱっちり二重になれたらいいのに! 奥二重のユメコがきれいな二重まぶたを手に入れるまでには、あと二十年ほど待たなければなりません。

それにしても、眠りというものはふしぎです。起きなければいけないときはなかなか起きられないのに、起きたくないときほど早く目覚めてしまうのですから。羊を数えても、その羊たちの毛をかたっぱしから刈り取っても、特製のタレでジンギスカンに舌鼓を打っても、目はもうきっぱりと冴えたままです。ここで大人だったらズブロッカでもぐびりと呷って内側から暖をとるところなのですが、残念ながらまだ幼いユメコは、シャンメリー以外のアルコールを口にしたこともありませんでした。イケメンホストに夢中になってドンペリをぽんぽん入れるようになるのは、三十年も先のことです。

それで耐えられずに体を起こしてみると、なんということでしょう。ベッドの脇ではカーテンがふわふわと揺れているではありませんか。そう、窓が開いているのです。窓から北風がぴいぷうと吹き込んでいるのです。どうりで寒いはずです。寝るまえにきちんと閉めたのに、おかしなこともあるものですね。

しかしその直後、ユメコはもっとおかしなことに気づきます。なにせ、寝室にはユメコひとりしかいなかったのですから。本来であれば隣のベッドにいるはずのお兄ちゃんが、どこにも見当たらないのです。やさしいやさしいお兄ちゃんは、ユメコが寂しがらないように、いつだってユメコが目覚めるまでは隣にいてくれます。それが、この日にかぎって、隣のベッドはもぬけの殻です。

 

かわりに、ベッドの上には大きな大きなかばんが横たわっていました。バラバラ殺人犯なら全力で有効活用しそうな、大きな大きな革製のかばんです。そこには、手書きのメモがはりつけられています。
『ここに大切なものを全部入れて、丘の上のベンチまで持っておいで』

メモには、そう書かれていました。
「大切なもの?」

2015年8月7日公開

作品集『光源のない走馬燈』第4話 (全7話)

光源のない走馬燈

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© 2015 アサミ・ラムジフスキー

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