2017年8月26日(土)、北海道立近代美術館から「ファン・ゴッホ美術館 国際共同プロジェクト」として「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」が開催スタートとなる。北海道、東京、京都での日本展終了後は、オランダのファン・ゴッホ美術館でも開催される。

日本で初めて見られる傑作、美術通ですらこれまで見る機会のなかった作品、今回見逃すともう見られないかもしれない作品、さらに初公開を含めた貴重な資料や浮世絵作品が集まる本展は、東西の研究者たちによる国際共同企画の成果だという。「第1部 ファン・ゴッホのジャポニスム」「第2部 日本人のファン・ゴッホ巡礼」で構成される本展では、その名の通りジャポニスムに影響を受けたゴッホ、そしてゴッホの死後に影響を受けた日本文学者、美術家たちの時空を超越した交流が浮き彫りになる。

ゴッホが生まれた1853年は、日本の黒船来航の年にあたる。鎖国中も日本と交易のあったオランダで生まれ育ったゴッホにとって日本美術はそう珍しくなかったはずだが、彼が日本と日本美術に傾倒するようになったのは1886年、パリに出てきてからだったという。すでに1870年にはフランス美術界においてジャポニスムの影響は顕著であり、1876年には”japonisme”という単語がフランスの辞書に登場していた。ゴッホがパリに出てきた1886年にはフランス語にも堪能な識者である林忠正により日本の歴史、風土、宗教、教育、文化、芸術を詳しく紹介された特集号である『パリ・イリュストレ』誌が発行され、ゴッホはこの表紙に使われていた渓斎英泉による花魁図を拡大模写している。これは本展の目玉として、ポスターにも採用されている。

その後ゴッホは、浮世絵の中の鮮やかな色彩世界を求めて1888年2月、南仏アルルへ向かう。10月にはポール・ゴーギャンと共同生活を始めるも、ゴッホの有名な「耳切り事件」によりこの生活はわずか2ヶ月で破綻、しかし精神療養所へ入ってからも日本画の影響を思わせる作品を描き、さらに独自の油彩画へと発展させていった。――その死後から間もない時期に、日本でその作品や生涯を熱心に紹介した文学者や美術家たちがいたという。小説家の武者小路実篤、画家の岸田劉生、美術史家の児島喜久雄ら「白樺派」及びその周辺で活躍していた面々である。そして大正から昭和初期にかけて、少なからぬ日本人がゴッホが弟のテオと並んで葬られているオーヴェールへと赴くことになった。

そして本展で日本初公開となったのが、3冊の『芳名録』である。オーヴェールでゴッホの作品20点ほどを大事に所有していた医師ポール=フェルディナン・ガシェ、とその一家の元に、日本の学者や芸術家たちが訪れ、名前を残したとのことだ。本展では、訪れた画家たちの描くオーヴェールの教会や、墓地の絵なども観ることができる。また、『芳名録』には1930年代から戦後にかけて日本におけるゴッホ受容に大きな役割を果たした式場隆三郎の名もある。精神科医にしてゴッホ研究に生涯を捧げた人物だ。式場は同じく精神科医でゴッホを敬愛した歌人の斎藤茂吉とも交流があり、ゴッホの研究や紹介にとどまらない日本における「ゴッホ神話」の形成に重要な役割を果たしたという。本展では式場とガシェ家の交流関係も紹介されている。

ゴッホの探求的な日本への眼差しと、後に彼を慕う日本人の憧憬が交錯する。過去にゴッホの企画展は数多くあったが、このような切り口の展覧会は珍しいだろう。総合監修者・圀府寺司氏も、「日本3会場の後にファン・ゴッホ美術館でも開催され、カタログも日、英、蘭など数か国語で出版され、新しい知見や情報が多く盛り込まれた学術的価値の高いものになる」としている。なお、東京都美術館では10月24日(火)より、また京都国立近代美術館では2018年1月20日(土)より開催される。新しいゴッホ像を得られるまたとないチャンスだ。ぜひ足を運ぼう。