今年の1月に日本で公開され、日本人俳優が多数起用されたことでも話題になったハリウッド映画『沈黙―サイレンス―』。言わずもがな、これはキリスト教作家として世界的にも有名な遠藤周作の原作に惚れこんだ巨匠、マーティン・スコセッシ監督によるものである。その日本公開と同じ年に『沈黙』が刊行50年・遠藤周作没後20年を迎えた。長崎市東出津町の遠藤周作文学館では、これを記念に遠藤の代表作でもある『沈黙』の手書き草稿や、作品の舞台となった長崎市外海地区を遠藤が訪れた際の写真などが展示されている。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界遺産登録を目指す活動を後押しするかのようなタイミングだ。海外からもファンが訪れているという。
 
館長は『沈黙』について「遠藤の文学的生涯の中においても、執筆までの人生経験すべてが結実した作品であり、”日本人とキリスト教”というテーマに〈母性的なイエス像〉という一つの答えを見出した重要な作品」であるとし、「改めて遠藤が『沈黙』を通して描いた深く温かいイエス像に触れ、刊行から50年経った現在まで我々に投げかけているメッセージを、一人ひとりが自らの人生に重ねる機会となれば幸いです」とパンフレットに綴っている。本展では舞台「トモギ村」のモデルとなった外海地区で撮影した写真と作中のシーンを紹介したパネルを併せて展示し、物語を追体験できるようにもしているという。会期は平成30年5月まで。
 
12歳の時に、自分の意思なくしてカトリックの洗礼を受けた遠藤。戦争を体験し、戦後初のフランスへの留学生として渡欧。日本人でありながらキリスト教徒である葛藤を抱えながらの執筆を、「だぶだぶの洋服を和服に仕立て直す作業」と表現した。そして『沈黙』を執筆するために何度も訪れるうち、「長崎は私の心の故郷になっていった」という。特に外海地区を「神様が僕のためにとっておいてくれた場所」とし、そのゆかりで死後に文学館が建設された。
 
同館には筆者も2度訪れたことがあるが、すぐそばの道の駅「夕陽が丘そとめ」の名前のとおり、とにかく文学館からの景観もすばらしい。タイミングが合えば、雄大な角力灘に沈む夕陽も見ることができる。なお、少し足を伸ばした先、出津文化村内に「沈黙の碑」がある。「人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです」という碑文は有名だ。この文学碑は「あまりに碧い」海を背景に建っている。こちらも是非立ち寄ろう。