はめにゅー

解体危機にあった太宰の下宿が移築 「ゆふいん文学の森」オープン

太宰が1936年から1937年にかけて住んでいた荻窪の下宿「碧雲荘」が、湯布院に移築され「ゆふいん文学の森」としてオープンした。碧雲荘は、2015年に杉並区により撤去が決定されており、地元住民や太宰ファンから反発を受けていた。

2017年4月16日(日)、大分県由布市湯布院に文化交流施設「ゆふいん文学の森」がオープンした。木造2階建てのこの施設は、太宰治が27歳のときに下宿していた荻窪のアパート「碧雲荘」を移築したものだ。太宰の暮らした8畳間が再現されているほか、カフェやショップ、イベントスペースなども設けられている。

太宰が碧雲荘に入居したのは、パビナール中毒による1ヶ月の入院生活を終えた直後、1936年11月のことだった。それから自殺未遂を経て内縁の妻・初代と別れる1937年6月までの約7ヶ月間をこの建物で過ごしている。熱心な太宰ファンにとっては、短篇「東京八景」に登場する「天沼のアパート」のモデルとしてもお馴染みだろう。約10年前にアパートとしての経営を終了してからも、碧雲荘は文豪ゆかりの地としてそのまま残されてきた。

ところが2015年4月、杉並区は高齢者福祉施設を建設するために一帯の土地を購入、建物の撤去を決定する。これに地元住民や文学ファンは大反発した。というのも、太宰は生前何度も転居を繰り返しているがほとんどの旧居は取り壊されており、現存するのは青森の生家とこの碧雲荘ぐらいしか残されていなかったからだ。また、建物自体も歴史的価値が高く評価されており、文化史的な視点から見ても区の決定には批判が多かった。

そこで救いの手を差し伸べたのが、湯布院の旅館「おやど二本の葦束」を経営する橋本律子氏だ。太宰と湯布院にこれといった接点はないが、太宰が温泉好きだったことから縁を感じたという。橋本氏は約2億円という移築費用を全額負担し、碧雲荘は晴れて解体の危機を回避することになったわけだ。

現在のところ「ゆふいん文学の森」 は、再現された部屋やギャラリーを見て楽しんだりカフェでの飲食を楽しむことがメインとなっているが、イベントスペースやステージも用意されているので、今後の企画にも期待したい。