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ご祝儀? 便乗? 12月発売、ディラン受賞記念ベスト盤に文学的意義はあるか

ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの日本限定ベスト盤が12月7日(水)に発売される。誰もが予想していたニュースだろうが、それではこのベスト盤にはどれだけ文学的意義があるのだろうか?

 

ソニー・ミュージックレコーズは、先ごろノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの日本限定ベスト盤『ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ボブ・ディラン』を2016年12月7日(水)にリリースすると発表した。50年にわたるディランのキャリアから35曲を厳選した2枚組で、音楽業界としては年末商戦の目玉のひとつとなりそうだ。

このタイミングでのベスト盤の発売は誰もが予想していたに違いない。安易な便乗商法だとの批判もあるだろうが、この絶好の商機を逃すようではむしろレコード会社として失格だ。発売の是非を問うよりも、ここではこのベスト盤の文学的意義を検証していきたい。

代表曲を網羅したトラックリスト

一連のノーベル賞騒動のさなか、CBSテレビは「アメリカの若者の多くはディランの音楽をほとんど知らない」と報じた。ショッキングな話だが、しかしディランと同じ1941年生まれである坂本九の曲を日本の若者がどれだけ知っているかと考えれば、やはり有名な数曲以外ほとんど知られていないのは仕方ないことかもしれない。

その意味で、あらためてベスト盤が編集されるというのは悪いことではないだろう。能動的に掘り下げながら聴いていくタイプの音楽ファンからするとベスト盤は邪道扱いされることも多く、筆者も基本的にはそれに同調するが、これだけキャリアの長いミュージシャンであれば話は別だ。筆者がはじめて買った洋楽のCDもビートルズの赤盤・青盤だった。初心者向けの入門編として、わかりやすいベスト盤はあっていい。

今回のベスト盤も、ソニー・ミュージックのウェブサイトで「ディラン初心者にも “わかりやすく”“カッコいい”ディラン像を伝えていく」とコンセプトが明記されているように、まさしく初心者向けの一作となっている。トラックリストを見ればわかるとおり代表曲はほとんど網羅されているので、とりあえず駆け足でディランの50年間を辿りたいという人には無難な選曲といえるだろう。

詩人ディランを堪能できるかというと……

さて、それでは「詩人」としてのディランを楽しみたい場合にはどうだろうか? この点では、幾分不満の残る選曲といえる。

もちろん、文学的に秀逸な作品が含まれていないわけではない。もはや説明不要な「風に吹かれて」は脚韻を踏む三連の詩というきわめて古典的なスタイルをもちながら奥行きのあるメッセージを投げかける名作だし、キラーフレーズ満載の「ライク・アローリング・ストーン」はコピーライティング的な側面からも評価される。

なかでも秀逸なのが、ディスク1の7曲目、「見張塔からずっと」だ。ディランはここでひとつの文学的到達点を見せたといえる。愚痴を言い合う下層階級の男たちとそれを見下ろす王子の姿が描かれたこの詩は、一見すると絶望や諦観の表現に思える。しかし実は旧約聖書イザヤ書の逸話を下敷きにした作品であり、巧みな構成によって体制批判と革命への期待とを表現しているのだ。古典をベースにしながらその時代ならではのメッセージを訴えるという手法は、芥川龍之介にも通じる文学的態度といえるだろう。

しかし、たとえばディランの大きな特徴のひとつであるプロテストソングのジャンルでいえば、重要な作品のひとつである「ハッティ・キャロルの寂しい死」が未収録だ。

ここで描かれているストーリーはシンプルだった。なんの瑕疵もないホテルのメイドが酔った客に殺されたにもかかわらず、メイドが黒人で客が白人だったというだけの理由で客は禁錮6ヶ月という軽微な量刑を下される――ただそれだけのことを淡々と語る詩は、直接的な言葉を使わずに聴衆にメッセージを投げかける、ディランの真骨頂といえるものだった。また、当時のポピュラー音楽の世界では、ひとつの歌でひとつの物語を描ききるという手法も目新しかった。詩を重視して選ぶのであれば、絶対にベスト盤から漏れることのない楽曲だ。

このタイミングでの発売だからこそ、より歌詞の文学性に重点を置いた選曲でのベスト盤が見てみたかったという気もする。

ノーベル賞詩人の作品集は貴重!

先述のとおり、熱心な音楽ファンであれば、そもそもベスト盤という概念自体に否定的な人も多い。 1960年代半ば以降、ロックやフォークのスタジオアルバムはレコード全体としてのまとまりを重視される傾向が強まり、現在ではポピュラーミュージックのほとんどのジャンルにおいて「オリジナルアルバムこそが完成された作品だ」という思想が一般的になっている。

この思想の下では、オリジナルアルバムを曲順どおり通して聴くことこそが正しい音楽の鑑賞法であり、代表曲だけを寄せ集めた編集盤は邪道と見なされる。事実、各種メディアにおいてしばしば発表される「歴史的名盤X選」の類においても、ベスト盤がランクインすることは1960年代以前のミュージシャンを除くとほとんど見られない。

しかし、「ミュージシャンのベストアルバム」ではなく「ノーベル賞作家の作品集」と捉えると、このベスト盤の価値は一変する。近年の日本は、ノーベル文学賞作家だからといって簡単に作品に触れられる状況にはないからだ。

特に小説家以外の受賞者に関しては、トーマス・トランストロンメルのように邦訳が1冊しかない作家さえいる。それを思えば、「ノーベル賞詩人の代表作をまとめて味わうことができる」という意味では充分に意義のあるアルバムだといえるだろう。

それなりにディランの作品を知っている人間がわざわざ買うべきアルバムだとは思えないが、今回のノーベル賞受賞を機に興味をもったという人であれば、入門編として買うだけの価値は充分にあるのではないだろうか。