看板娘は笑う

フィフティ・イージー・ピーセス(第14話)

Fujiki

小説

2,049文字

作品集『フィフティ・イージー・ピーセス』収録作。

観光バスガイドは島の看板娘。白と空色の制服を手渡された日に先輩から言われた言葉だ。島を駆け足で通り過ぎていく団体ツアーのお客さまにとって、ガイドは旅のあいだに言葉を交わす唯一の地元の人間になることも少なくない。だから、よい印象を持ち帰ってもらうためにガイドは常に朗らかに笑って明るく振舞わなければならない。お客さまを楽しませるためであれば、琉装を身にまとって民謡だって歌うし、空手の型やクジラの声帯模写だって披露する。踊りも漫談も足裏マッサージもお手のもの。移動中にレクとして行うじゃんけん大会などのゲームの賞品はもちろん自腹だ。

お客さまはいつもおとなしく座席に座っていてくれるとは限らない。旅の恥はかき捨てとばかりに大胆に胸や尻に手を触れてくるお客さまや、車内の簡易トイレを盛大に汚していかれるお客さまもいらっしゃるが、憂鬱な顔などもってのほか。酔ったお客さまにからまれても笑って水に流す。いたずらばかりの小さなお客さまに対しても辛抱強く笑顔を崩さない。お客さまは殺伐とした日常生活に疲れて羽を伸ばしにはるばるやって来ているんだもの、多少の悪さくらいは目をつぶってあげなくっちゃ。

夏のシーズンにはツアーの予約が連日いっぱいで、とても休みなんて取れたもんじゃない。ペットの犬が死んだ日も、恋人が預金をすっかり使い込んで行方をくらました日も私は笑い続けた。ある日笑いながら涙が止まらなくなって、他社の同業者に勧められたハッピーになれる薬を打ちはじめた。効果はてきめん! 買い物以外に興味がないお客さまの退屈そうなお顔を見ただけで爆笑が止まらない! 唯一の問題は薬が切れた瞬間に訪れる上機嫌から絶望のどん底への転落だったが、薬を打ち続けている限りは平静を保っていられた。

2018年4月29日公開

作品集『フィフティ・イージー・ピーセス』第14話 (全50話)

フィフティ・イージー・ピーセス

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© 2018 Fujiki

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