同好会長殺し

サークルクラッシャー麻紀(第3話)

佐川恭一

小説

9,437文字

「私」が大学で出会ったのは、世にも恐ろしい《同好会長殺し》であった――京都大学サークルクラッシュ同好会会誌vol.5.5掲載作品。

いうまでもないことだが、私が大学に入ったのは十九歳のときだった。なぜなら、一浪していたから、十九歳でした。現役で入っていればもう少し若く、肌もぴちぴちだったはずだが、いっても詮ないことだ。私が浪人したという事実は厳然たるもので、現役のときの点数は誰にもいっていません。センターのもいってないし、二次試験のもいってない。それだけやばい点数だったというわけです。点数開示のハガキがきたとき、私はまだ実家にいたのですが、部屋で十数分間にわたって獣のような奇声を発したらしい。それで町の自治会の連中にやばいやつ認定された。ぜんぜん覚えていませんが、我が家が自治会を出禁になったのは確かなことだ。ちなみに、お父さんは町のパチンコ屋で変な機械を使ってぼろ儲けしたかどで出禁だったし、お母さんは男性アイドルの家にしつこく張り込んだかどでコンサートに出禁でした。以上のことから、出禁は遺伝性のものであると結論付けられる。

私の予備校生活は灰色でした。いや、まっくらだったといっていい。予備校では成績の良いやつがちょかっていました。つまるところ、猛烈に調子に乗っていた。「A判定」とか「B判定」とかがいたので、「C判定」の私はくるしみました。「C判定」にだって可能性はある。というと、「A判定」は腹を抱えて笑いながら「やめとけ」と抜かしたものだ。

「浪人して落ちたら終わりやし。アンパイ狙っとけ」。

「A判定」はそのようにいうものだからほんとに参った。私にだってもちろん「A判定」の大学はあったが、それは行きたい大学ではなかったのです。そこなら現役でも余裕で受かっていた。人生なんて大体がそうでしょう。「A判定」のところは希望のところではない。簡単に行ける大学は行きたい大学ではないし、簡単に付き合える相手は好きな相手ではない。そういうものでしょう。それが世の常というもので、せめて「C判定」ぐらいをせめる気概はもつべきだ。

そういうわけで「A判定」が「A判定」を連発していた「C判定」の大学を受けたら、なんと受かりました。私は驚いたが、ほんとは別にそこまで驚くべきことではない。「C判定」は合格率四十パーセントから六十パーセントを示すもので、ぜんぜん合格を否定していない。おもしろかったのは、「A判定」が落ちて号泣していたことです。合格発表の日、合格した私たちは予備校に集まって激しくお祝いしあっていたが、「A判定」が教室に入ってくるとみんなしんとだまった。「A判定」が落ちていたことは、瞬時にわかりました。教室の体感温度が一気に三度下がったうえに、顔がやばかったからである。あれだけのやばい顔を、私はドラマとか映画でさえみたことがない。絵画でなら二、三度みたことがあるかもしれない。それは日本製のものではなく、ポーランド製でした。「A判定」の顔はそれに迫る勢いだったのだから、もう自殺確実と思った。「A判定」は自分の席にどかっと座り、まばたきもせず、じっと机の木目をみていたかと思うと、わっと泣き出して、まじ傑作でした。腹を抱えて笑いそうになるのを必死でこらえたけど、ほんとにやばかった。あのとき笑っていたら、致死量のチョークを口に突っ込まれて、ぽっくりいっていたかもしれません。私もそんなに悪い人間ではないから、ふつうならかわいそうと思いますよそりゃ。一緒に泣きさえしたかもしれない。これが予備校でがんばっていた他のふつうの子だったら、さすがに感情移入しちゃいますよ。でも、「A判定」は調子に乗っていたから、ひたすらおもしろかった。「A判定」はかわいくて男子にも人気があって、彼氏もいました。彼氏とは花火大会に紅葉狩りにクリスマスにと、股のかわくひまもない付き合いをしていたようである。私などは砂漠の股の日々をおくっていたので、「A判定」には成績でも、そういうシモの方面でも負けていたことになるが、本番で一発かましてやったので逆転勝利というわけです。こういうことがあるから、人生やめられない。十九年の人生で私は確信しているが、人生はやめないほうがいい。何かやばいことがあって「人生やめよ」と思ったとしても、それから一か月、ひどい場合でも一年たつと、大体は「なんだっけ」となる。ほんとに忘れられないやばいことがあっても、四六時中思い詰めていることは難しい。思い詰めていない時間が必ずありますよ。そういう極限状態は絶対に永続しない。人間はそこまで徹底的でないタイプの生き物なのです。私はそう思うから、人生は何があっても続けさせていただく。みなさんにもそれをすすめます。「A判定」もいまのところ生きてるみたいだし。

さて、「A判定」の彼氏は「A判定」の目指していた大学に、つまり私の進学する大学に合格していて、大学に入ってすぐブサカワ系女子にぞっこんになって「A判定」をふっていた。クソワロタ。でもそのブサカワ系女子というのが、なんと同好会長殺しだった。

「私って、同好会長殺しなのよね」。

彼女は最初からそのようにいっていて、私にはなんのことやらわからなかったが、入学早々すさまじいスピードで同好会長を殺したので、すぐに理解しました。同好会長は一か月で八人やられた。「同好会員には興味ないの」とその子はいいました。「会長ってのが大事なのよ」

私は、軽く「そうなんだー」と流しておきました。それがなぜか、というのは聞かなかった。なぜならそのとき、ファイト同好会と合唱同好会のどっちに入るか真剣に悩んでおり、それどころではなかったからです。同好会選びは学生生活を大きく左右するものであり、決定に際してはいくら慎重になってもなりすぎることはない。いうまでもないことだが、ファイト同好会というのはカルト的人気を誇るチャック・パラニュークのすばらしい作品『ファイト・クラブ』からアイデアを借りた殴り合いの同好会です。読んでないけど。映画もみていませんが、なんかブラピとかがめっちゃ殴り合うらしい。そう聞いただけで名作とわかります。

ファイト同好会では、そういうのを下敷きとして、ボクシングとか空手とか、ちゃんとしたとこに入るのはちょっとなあ、という連中が集まって、ぽかぽか殴り合うのである。私はスカっとしそうだなと思って、候補のひとつにあげました。ひとなんか殴ったことないし。もし楽しく殴れるんやったらええやん。

それで一回見学にいくと、たぶん受験勉強しかしたことのないようなひょろいやつが、ガタイのいい脳筋感あふれるやつにひくほど殴られていました。ヒョロ助がもう防戦一方になっていたというのに、脳筋がひどい追い打ちをかけていてマジでひいた。どんびきですよ。歯も折れてたし、血だまりもビチャビチャできていた。でも、殴られたヒョロ助に聞いてみると「殴られるのもすかっとするもんですよ、ええ、いいもんですよ、これは」とかいうので、「嘘つけ!」と一喝してやった。

2017年8月14日公開

作品集『サークルクラッシャー麻紀』第3話 (全4話)

サークルクラッシャー麻紀

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© 2017 佐川恭一

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