ディビジョン/ゼロ(4)

ディビジョン/ゼロ(第4話)

波野發作

小説

1,068文字

会社に行った。ぼくはすぐに部屋を空けなければならないと知った。もらえる金もないことがわかった。

〈4〉

 

翌週の火曜日になってぼくは会社に行った。

社長はいなかった。上司もいなかった。

彼が出社してくるのはいつも11時過ぎだからだ。

 

経理さんは10時に来ているはずなので行ってみたら、やっぱりいた。

ちょっと驚いた顔をしたが、コーヒー入れるからと打ち合わせ室に通された。

ぼくのデスクはもう片付けられていて、段ボール箱が一つだけ置いてあるのが見えた。

 

打ち合わせ室で待っていると、経理さんが誰かと話していた。

多分社長に電話しているんだろう。

しばらくして、わかりましたと切ったのが聞こえた。

 

この部屋はいつも落ち着かない。

だいたいは怒られるかなじられるかどちらかだ。

いい思い出はない。

 

あ、一つだけあったかもしれない。

デザイン部の女子と二人だけになったことがあった。

いい匂いがした。ほんの30分ぐらいのことだけど、あれはよかった。

 

デザイン女子は、いつか一緒に駅まで帰ろうと思っていたのだけど、なかなか時間が合わなかった。

たまに遅くまで残っているので、さりげなく待っているのだけど、そういうときに限って社長や上司が戻ってきた。

いつもは直帰のくせに。ついてない。そのうち女子は辞めてしまった。

 

ドアが開いて、経理さんがコーヒーを持ってきた。

ミルクはいるかと聞くので、いると答えたが、何度同じことを聞けば気が済むのだろう。

いい加減覚えてほしいと思ったが、今さら言っても仕方がない。

 

コーヒーを置くと、彼女は、ぼくの前に座った。

ちゃんと顔を見たことはなかったが、意外に整った顔立ちだった。

そういえば、今まであまり話したことはなかったな。二人きりということもなかった。

 

社長も上司も立ち寄りで昼過ぎの出社になると、経理さんは言った。

そういうときは単に遅刻しているだけなのは知っている。

だからこの時間に来たんだから。

 

経理さんは、会社を本当にやめるのかと聞いてきた。

やめますと答えた。そこはもう決まっていた。

経理さんはわかったと言って、書類を取りに行った。

 

経理さんは、有給はもともと残ってないこと。

退職を宣言してから、一ヶ月勤務する気がないなら、最後の給与は出ないこと。

そして、月末までに退去することをぼくに言った。

 

退職金はいくら出るのか聞いたら、びっくりした顔でそんなものはないといった。

全くないのかと聞くと、制度がないと言った。

つまりぼくは金もないのに、来週の末までに部屋を出なければならないのだった。

 

 

2015年7月29日公開

作品集『ディビジョン/ゼロ』第4話 (全10話)

© 2015 波野發作

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