西葛西ちほう爺隊1

消雲堂

小説

1,599文字

江戸川区の老人ホームで区内の老人を集めて交流会のようなものを開催していると聞き、最近になって僻みっぽいのが増強され嫌世感が強くなってきた西葛西に住む義父を見学に連れて行くことにした。何で僕が・・・って今は無職だからさ、世話になった義父の世話でもしようかってわけね。

西葛西駅前で義父と待ち合わせの約束をした。西船橋から東西線に乗って西葛西駅で降りると駅前にはまだ義父の姿はなかった。

「まだ来てないな・・・」と呟くと「しょうがないじゃん。まだ10分前だよ」とナマコが笑う。「あたし、銀行に行ってくるから・・・」と言うとナマコは駅前の銀行に行ってしまった。

しばらくしてナマコが銀行から戻ってくるとすぐに義父も姿を現した。

「なんじゃい・・・今日はどうすんだ?」義父が僕を疑り深そうに見ながら言う。

義父に説明すると勘違いして面倒くさいことになるから一切説明せずに「いいからほれほれ乗った乗った・・・」と無理やりタクシーに押し込んで乗せた。

僕とナマコも乗車して「集塵園まで行ってください・・・」と言うとタクシーの運転手が「あ、老人ホームね」と言う。

それを聞いた義父が「老人ホーム? 何だ、お前ら、俺を老人ホームに入れる気だな?」と顔を真っ赤にして怒り始めた。

「あのねえ・・・老人ホームに、お義父さんを入れるような金なんかないんだよ。今日は区のお年寄りの交流会があるっていうから見学に行くんだよ」

「うんにゃ、お前らはこの俺を騙して、爺さんや婆さんばっかりの牢屋に閉じ込めて野垂れ死にさせるするつもりなんだ。そんなに俺の遺産が欲しいのか?この人でなし」

その会話を聞いてタクシーの運転手が苦笑いしている。

「あんたに遺産なんかあんのかよ?」と義父に対して乱暴な口の利き方をする僕。

「お父さん、うちに借金はあっても遺産なんかないでしょうが・・・」とナマコが言うと。

「いや、カラオケセットがあるじゃないか。それにカッチャン(僕のことを義父はそう呼ぶ)このゴム革のハンチングをいやらしい目で見ていた。これが欲しいんだろう?」

「あのね、それはゴム革じゃなくってラム革でしょ」

「確かにそれは欲しい・・・」僕が義父がかぶっている黒いラム革のハンチングを見て笑った。

今気がついたが今日の義父はやけにおしゃれな格好をしている。穿いているのはGパンだが、真っ白なTシャツにネルのシャツ。その上にラムウールのベージュ色のセーターを着ている。コートは以前、僕が義父に選んでやった黒いスタンドカラーのショートコートだ。「なんだ・・・やる気満々じゃないか」と心の中で呟いた。

「何言ってんのよ。お父さんが本気にしちゃうじゃない。お父さんもいい加減にしなさいよ。うちにはマンションのローンの残りはあっても、財産なんか何もないじゃない」とナマコが嗜める。

「カッチャンが全部使っちまったからだ!」義父は我儘な小学生のように口をとんがらせてふてくされる。

確かに僕は義父に結構なお金を借りて・・・いや、これからも返せるアテはないので“貰った”ようなものだった。その金はナマコと義妹のためにと義父と7年前に亡くなった義母が、せっせと貯蓄してきた金だった。それを僕がすっからかんにしてしまったのだった。

「何言ってんのよ。今さらそんなこと言っても仕方ないでしょう」

「いいんだよ、ナマコ・・・俺は何て言われたって・・・」

「ふんっ!」

「あのう・・・ここでいいですか?」タクシーはいつの間にか目的地に到着していたのだった。  「ほら、お父さん、降りてよ」

「ふんっ!やっぱり、老人ホームじゃないか」タクシーから降りた義父が騒いでいる。

目の前には新築されたばかりのこぎれいな建物が立っている。建物の横には「老人ホーム 集塵園」と大きな看板がかけられている。

「老人ホームで区の交流会やってるって何回も言ったでしょ?」

「ふん!俺は捨てられるんだ・・・」と義父は吐き捨てるように言った。

2013年5月18日公開

© 2013 消雲堂

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