鳩の青春②

消雲堂

小説

2,749文字

「いらっしゃいませええ!!!」薄暗い店内に入ると2人のバニーガールたちが僕たちに向かって愛想笑いをした。そしてその中のひとりがばたばたと僕たちの元に駆け寄ってきた。見れば、その子はなかなかかわいい子だった。

「春菜でえす。よろしくうう」
「あれえ…ひとりなの?」岩橋が不満そうに言った。女好きの岩橋にはこの女の子ひとりでは不満らしい。
「え? いいじゃないですかあ…今日はお客さんがいっぱいなんだもん。女の子たちは忙しいのよ」って、その女の子が答えた。

店内を見ると、彼女が言うほどお客はいない…っていうか僕たちしかいなかった。ほかの男たちは従業員らしい。まだ時間が早いのだろうか? 時計を見るとまだ7時だった。もうひとりのバニーガールを見ると、店の奥で気怠そうにたばこを銜えて“ぷーーーッ”って紫煙を吹き出している。

僕たちは案内された席に座った。僕たちの担当のバニーガール春菜ちゃんは、嬉しそうに4個の小皿に入ったバタピーをお盆に乗せて来て「春菜でえす。よろしくうう…」
「さっきも言ったよね。バッカじゃないの…」ひねくれ者の穂田が馬鹿にしたように言った。穂田は根が優しくて、しかも女の子が好きなのだが、なぜか生まれつきひねくれ者で素直になれないのがキンタマに傷だった。
「ええ…言ったっけ?」春菜ちゃんはぷううって膨れっ面をした。
「ええ、言ってないよねえ…春菜ちゃん…」僕が気を使って言った。
「言ってないよねえええ…」って春菜ちゃんが僕を見て、にこっと笑った。
すると穂田が僕を見て起こった様な顔をした。穂田は僕の“調子がいい”ところを嫌っている。僕は世渡りべたで、決して要領がいい方ではないのだが…穂田の方が僕よりさらに世渡りべたで要領が悪い…???のであった。このひねくれた部分を修正すれば女の子に好かれるのになあ…って思った。

「さあ、いいからさ、ビールを飲むんじゃないのお!!!春菜ちゃん、ビール3本になにか美味しいつまみを持って来てよ」岩橋がまだ飲んでいないのに真っ赤な顔をして言った。岩橋はカメレオンのように環境に顔色を合わせる事ができるのであった。

ワタナベくんを見ると例によって腕組み状態のまま右手で自分の顎をおさえながら「ふんふん」と店内を観察している。僕が面白いのでワタナベくんを凝視して観察していると、それに気がついたワタナベくんが「なにか、僕がしたでしょうかあ…」って小さな声で言う。

「いや、なんで顎を支えているのかと思ってさ…なんか名探偵みたいだから」
「た、探偵ですか? 僕はここに入る前には探偵みたいなこともしたことがあるのですよ」ワタナベくんが言った。
「嘘つけ!!!」岩橋が真っ赤な顔をして言った。いつの間にか春菜ちゃんがビールを持って来ていて、岩橋が待ちきれずに1杯飲み干してしまった。
「ふええ…そうなんだ? 凄いなあ…」って僕が気をつかって言うと、また「調子がいいなあ」みたいな目つきで穂田が僕を見た。
「なんだよ?」僕が穂田に言うと、穂田はなぜか悔しそうにビールを1杯飲み干した。

「探偵ってなに?」春菜ちゃんが嬉しそうに満面の笑顔で言った。
「かわいいなあ…」僕は一目で春菜ちゃんを気に入ってしまった。

 

「ねえねえ…探偵ってなあに?」バニー春菜ちゃんがかわゆい笑顔で禿げたワタナベくんの白いシャツの袖を引っ張った。
相変わらず右手を自分の顎に当てた気障なポーズを決めつつ「いや、大した事ないですよ…ぷふい!」
「まあた嘘言いやがって、くのやろうぅううう。探偵ってのは浮気調査じゃないのよおおお!」酔っぱらった岩橋がビール2杯だけで、スリムな白ジーンズに半袖のサファリジャケットみたいな半端な服のまま絡んでくる。
「ええっ!ぼぼ僕は本当に探偵をしていましたよ…」ワタナベくんは相変わらず右手を自分の顎に当てた気障なポーズである。
「嘘八百じゃないのよおお! ワタナベくんは元ジャニーズだったんでしょうがあ!」真っ赤になった岩橋が興奮して立ち上がった。ガッチャン! と音がしたと思ったら、岩橋が立ち上がった拍子に穂田のビールがひっくり返って岩橋の白いジーンズを汚した。
「あら? あらららら…穂田くん、なにするんじゃないのおっ!」
「編集長が立ち上がったから僕のビールがひっくり返ったんでしょ?」
「あらあ、言いがかりじゃないのお!」
「言いがかりは編集長じゃないですか!」
「ぬわにおおお!!」岩橋が立ち上がって穂田の襟首をひっつかんだ。
「ぼ、暴力は、バイオレンスは駄目すよ」僕が岩橋の半端なサファリジャケをつかんで止めた。
「あら? もうひとりのワタナベくん…僕のジャケットを離すんじゃないのよお。これ高かったんだからね」
「どうせヨーカ堂で1500円ぐらいでしょ?」と穂田が言う。
「馬鹿にすんじゃないじゃないのよお。2500円じゃないのお!!」
「安もんだ…」と僕。
「もうひとりのワタナベくん。聞こえたよ…」
「うひゃあーーー」

僕たちが騒いでいる時にもうひとりのワタナベくんはバニー春菜ちゃんとこっそりと、お話ししている。
「あのですね…探偵と言うのはですね、浮気調査ばっかしじゃないんですよ」
ワタナベくんは、白いジーンズにホワイトのGジャンである。岩橋と服の趣味が似ているのだ。
「ええ、ほんじゃ殺人事件とかも?」網タイツのきれいな脚を組んでぶらぶらさせながら楽しそうだ。
「さ、殺人事件もありましたねえ…。ふふん」
「え、どんな事件? ね、おせぇーて!」
「それは秘密ですよ。公にはできませんねえ。お客さんとの契約ですからねえ」ワタナベくんは自慢げに嘘をついている。
「まあた、ワタナベくん、探偵のアルバイトしてんのかよ? うちはアルバイト禁止じゃないのおお!」ホワイトジーンズ岩橋がまた絡んできた。自分だって埼玉の奥で水商売のアルバイトしてるくせに…身勝手な男の岩橋であった。その岩橋は右手に穂田の灰色のジャンパーをつかんでいる。小さな穂田は岩橋の手を振りほどこうとバタバタと騒いでいる。
「ええ!ぼぼぼ…僕はアルバイトなんかしてませんよぅ!」ワタナベくんの禿頭がピンク色に染まった。
「だって今、さも探偵やってる様な事言ってるじゃないのよお!」
「昔の話ですよ。探偵やめてもお客との契約は生きていますからねえ…」
「殺人事件の事、教えてよおお。ワタナベさあん」と言いながら、春菜ちゃんが僕の腕をつかんできた。
「僕は探偵の方のワタナベくんじゃないよ」
「いいんだよ。こっちのワタナベさんで…」って春菜ちゃんが僕の腕を自分の胸元に押し付けた。
「ありゃ?ありゃっりゃりゃ?」春菜ちゃんってかわいいなあ。

 

2013年9月28日公開

© 2013 消雲堂

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