黒い運古人

悪辣外道和尚

エセー

2,649文字

平凡な結婚式の風景。そこに乱入していた男が持っていたのは黒い……ウ○コ? 著者の実体験に基づいたエセー。投稿当初、「破滅派の品位を落とすのでは?」と掲載が危ぶまれたが、よく考えたらそんなものはじめからなかった。

「教会って案外埃っぽいんだなぁ」と、父親は目を真っ赤にして瞬かせていた。

新婦はくすっと笑った。

「お父さん、今までありがとう」

シルクのウェディングドレスを着た娘の笑顔は、まさに天使のようで、この世で最も清浄で美しかった。父親は声を絞り出すようにして言った。

「父さんは、ほんと……、お前に、大した事は何も……できなかったけど、でもお前がこうして育って」声が詰まって顔を背けた。

娘も、これ以上は言葉にならなかった。

新婦は父親と腕を組む。前にはリングガールのあどけない子供達が、退屈そうに体を左右にゆすっていた。

扉の向こうから「新婦の入場です!」が聞こえ、ウェディングマーチが流れると、同時に扉がゆっくりと開かれた。いよいよだ、と新婦は眼を閉じ、呼吸を整えた。ベールのせいか、息苦しく感じられる。

祭壇の方の新郎が、優しく新婦に微笑みかけた。

リングガールが前へ、新婦と父親は足を揃えてその後をついていき、中央まで来ると、新郎が迎えに来て、父親に礼をする。父親は複雑な顔しながら、新婦の右手を新郎の左手に渡し、父親は零れ落ちそうな涙を目に溜めながら席へと戻った。新郎新婦は祭壇へ、老神父の下へ向う、その途中で、「緊張してる?」と新郎が囁く。

「ううん、大丈夫」と新婦。

「もう少しの辛抱だから」

「わかってる」

二人は目を見合わせて微笑む。

賛美歌斉唱。

二人の幸福を包み込むかのような、聖歌隊と賓客のこの世で最も清らかなコーラス。

賛美歌が終わると、神父はゆったりと温かみのある声で話し始める。長い話が終わると、「汝健やかなる時も病める時も……」と新郎新婦の愛を確認する宣誓に入った。

神父は新郎に穏やかに問う。

「この方を愛すると、誓いますか?」

新郎は男らしくはっきりとした声で、「はい、誓います」

神父は優しい目を新婦に移し、

「誓いますか?」

新婦は何事かを決めかねるように、一瞬うつむき、顔を上げると、振り絞るように、「はい、誓います」と答えた。

ブーケと手袋を介添えに渡し、新郎と向かい合う。新郎は新婦に柔らかく微笑みかけ、「さ、リラックスして」と小声で言いながら、新婦の左手薬指に指輪をはめた。震える新婦を案じ、「ゆっくりでいいんですからね」と神父。指輪交換が終わると、新郎は花嫁のベールをあげて、肩にそっと手を置いた。

花嫁は顔を赤らめて視線を泳がせる。

背の高い新郎が少し屈むと、唇はすぐそこだった。顔が近づいてくると、耳まで赤くした新婦が、まぶたを懸命に閉じた。動悸が教会に木霊しそうなほど、激しくなる。唇と唇が、重なり合う……その刹那。

扉が破れた。

出入り口で仁王立ちする男。髪は逆立って天を突き、男の瞳は烈火のごとく怒りに満ち満ちていた。小脇には禍々しい模様の大きな壷が抱えられている。悪鬼のような面構えの男は、荒々しく中央まで迫ってくる。新婦の父親が怒号しながら、その悪魔のような男を制止しようと立ちふさがった。すると男は、小脇に抱えた壷に、おもむろに手を突っ込んで、手の中の物を父親の顔面に捻じ込んだ。父親は顔面をクソ一杯に、そのまま倒れて息を引き取る。

「クソでも食らえっ!」

男は怒鳴りながら、クソ壷の中身を、握っては投げ、握っては投げた。撒き散らされ、教会はクソ塗れ。聖歌隊も来賓もベンチも、茶色や黒の色とりどりのクソで、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

逃げ惑う人々、恐慌の悲鳴、目をつく糞尿の臭い。協会の中心で男は高らかに笑う。白いバラがクソ色に染まり、男はそれを踏みにじって、祭壇へと歩み寄った。

老神父は十字を背にし、聖書と十字架を武器に、突然現れた悪魔の男に対峙する。

「おのれぇ、神をも恐れぬ汚らわしい悪魔め」老神父は口角泡を飛ばし、目を剥いた。「ここは教会だ、ただちに立ち去れぇぃ。そして、地獄に落ちろぉ!」

男はニヤリとし、白い歯が輝く。

「おい、老いぼれ。クソを食ったことあるか?」

クソ壷を下ろし、片手で老神父の顎を掴むと、手の中の大便を無理やり口の中に押し込んで、咀嚼させた。「どうだ美味いか、初めてのクソの味は? 食べろ食べろ、聖なるクソを」

聖なる老神父は、「うぐぐぅ、むぐぅ、あばばばぁ」クソで汚され、「うんこが、目に、口にぃ」褐色の泡を吹いて地獄に落ちた。

新郎が男に威勢良く言った。

「おい、お前。こんな真似してどうなるか、わかってるのか」

「わかっているのは、お前らが今日、最高に幸せだということだ」男はクソ壷から、ねっちょりと音を立てて、一握り取り出した。首を傾げる。「食べるか?」

男は花嫁の方を見る。手の中の物を差し出した。

「これを食べろ」

何をバカな、と新郎が新婦をかばうように、勇ましく前に立ちはだかるが、男はクソで塗り固められた拳で一撃。昏倒した新郎の首を掴んだ。

「男の愛とは、料理に集るゴキブリのようなものだ。

ところで、神はお前達を見捨てたぞ。人が汚されようが死のうが、道行く通行人のように知らん振りだ。しかし、慈悲深いこの俺は、このままお前達を見過ごしてやってもいい。命を助けてやることができる。助けてやるからその代わりに、お前は新郎のクソを食べなければならない」

新婦は腰が抜けて、その場にへたり込んでしまった。小刻みに首を振った。「いや、いや、そんなのいや。絶対いや!」

「食べなければ、お前の伴侶となるべき男は、今ここで死ぬ。天には絶対に召されず、必ず地獄行きだ」片手で新郎を持ち上げた。「汝、健やかなる時も、病める時も……と先ほど誓ったのではなかったのかな? 愛する者のため、愛する者の糞便を食するのだ」

気を失った新郎が、ブリブリと失禁した。男はズボンを引き裂くと、新郎の大便を手にし、花嫁の顔に近づけた。

「いいのか? お前の愛する者は、このままだと死ぬのだぞ? お前に男を助ける義理はないのか? お前は本当にこの男を愛しているのか?」

「どうして、何の権利があって、こんなことを!」

「さあ、選べ。食べるか、食べないか」

「絶対に、嫌ぁ!」

男は憤慨した。「今が、二人の愛の試練の時だと、なぜ気がつかんのか、この馬鹿者が!」

「許して! わたしだけでも、助けて!」

「食べろぉ!」

天使のような花嫁の口に、一塊のクソが捻じ込まれた。汚されたシルクのドレス。大男に顎を操作され、もぐもぐさせられる新婦は、白目を剥いて天を仰ぎ、「う、う、美味いぃ!」と絶叫した。

全てが終わり、教会に一条の光が射す。

男は駆けつけた警官に取り押さえられるまで、パイプオルガンでJ・S バッハのトッカータとフーガニ短調を端端と奏でていた。

2008年8月24日公開

© 2008 悪辣外道和尚

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"黒い運古人"へのコメント 1

  • ゲスト | 2008-10-18 07:21

    これ、ほんと、色んな意味で最低ですよね…… まさか実体験だとは…..

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