雨粒

藻朱

小説

964文字

雨粒をめぐる妄想を書き綴ったもの。

一か月ぐらい前だったか、たくさんの雨が降って、たくさんの雨粒が地上に降り立った。僕の家もご多分に漏れず、9人の雨粒たちをベランダに招待したのけれど、その中のひとりに僕は恋をした。彼女は(といっても、雨粒に性別があるのかどうからないが、とにかく僕は彼女と呼びたい)とても控えめで、物静かな雨粒だった。英語の教材に出てくる小僧とはわけが違った。彼女は雨がひとしきり降った後、申し訳なさそうにベランダの朝顔の葉っぱの裏に、横たわっていた。なんという可憐、なんという清貧。僕は雨上がりのベランダで、彼女に出会って初めて、清貧は青白い美しさであることを知った。

我が家のベランダに降り立った9人の雨粒たちは、朝顔の茎や花びらもしくは葉っぱに腰を下ろし、思い々々の時間を過ごしていた。その中のひとつに僕は恋をした。彼女は雨粒なので、言葉を交わすことはできないのだけれど、僕のかけた言葉に対して太陽の光を反射させ、体の色を七色に変えることで僕の言葉に応じた。僕はそれが嬉しくて、何度も何度も語りかけた。彼女はそれに答えて何度も何度も太陽に全身を晒して七色に輝いた。僕はそれに魅せられると取り付かれたように話し続けた。何を話したかはよく覚えていない。大して重要なことは話していなかったと思う。むしろ話した内容よりも、彼女と話をしているという事実のほうが、僕を狂気させた。僕が話すたびに彼女は太陽を浴びて嬉しそうに輝いた。

ちょうど2時間がたったころ、僕は頃合だと思い彼女に告白した。「あなたが好きです」と僕が言った刹那。彼女は「きゃっ」という声をあげて跡形もなく蒸発した。彼女が今まで居た葉っぱの上には、雨粒の含んでいたチリだかナトリウムだか知らないけれど、何かキラキラしたものがこびり付いていた。眼が痛くなるほどそれは輝いていて、彼女は僕の告白を受け入れてくれたように思えた。僕は一番上等なウォッカを開けて朝顔にかけた。そして一番上等なジッポを取り出して火をつけた。真っ赤に燃えた朝顔のなかで彼女の残したチリはより一層輝き、見つめていた僕の眼を貫いた。

ベランダで出会った彼女に僕は魅了されていて、その子のためなら何でもしてあげたいと思ったけれど、結局は何もしてあげられなかった。今もそれは変わらず、見えなくなった眼の奥で僕は彼女に話しかけている。

2010年2月21日公開

© 2010 藻朱

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