カワイイあの娘が破滅するワケ★

ケミカル本多

小説

3,181文字

グラビアアイドルというものは、だいたいが何となくそうなってしまった人間が多い。上野も新宿で何となくスカウトされて何となくモデル事務所に席を置き、進められるがままに撮影会をやったりしたが、結局自分が何がしたいのかまるでわかっていないので、何か嫌なことがあれば、それを辞める、ということを引き止める何かもない。そしてそれは突然、やってきたわけでもなく、必然的と言うべきか、上野はグラビアをやめたくなった。決定的な理由が何かあったわけではないが、ただなんとなく嫌になったという曖昧な回答が限りなく正解に近かった。上野にはマネージャーがいなかったので、事務所で一番顔を合わせていた肌の浅黒い男に辞めることを言わなければならなかった。しかし彼は事務所にいなかった。事務所の人間から聞いた話によると、彼は昨日の夜に何者かによって暴行を受けたそうだ。上野はその話を聞いた瞬間、なぜか吹き出しそうになってしまったが、失礼だと思い我慢した、帰ったあと一人暮らしの部屋でにやにやと笑った。特にその男に腹が立っていたわけでもないが、日本人のくせにあの浅黒さはリンチを受けて当然といえば当然かもしれないという、誰にもいうことのできないおかしな理論を頭の中で展開していた。

お礼参りを受けた浅黒い男は全治三週間の怪我を置い、都内の病院に入院した。病院にいって負のオーラがつくのも嫌だし、仕事を辞めることは別にあの男でなくてもいいと思い、次の日に事務所にいる人間を適当につかまえてそのことを伝えた。その人は特に驚きもしなかった。今入っている仕事を消化して上野は辞めることになった。こうゆう業界ではやはりこうゆうことは日常茶飯時らしく、昨日にもサキという人が辞めたと聞いて上野は少し驚いた。上野はサキという人と面識はなかったが、サキという人はグラビアを専門に行っていたのに、有名な大阪出身の映画監督のショートムービーに出演していたこともあり印象に残っていた。その映画は人の別れに関する簡単なストーリーを繋ぎ合わせた作りで、例えば転校、世界の終わり、転勤、隕石落下、海外留学、時空の歪み、死別、という感じに、SF的な別れと日常的な別れとをミックスさせたような作りになっていて、サキは宇宙へ飛び立つ祖父を涙を流して見送る娘役で出演していた。それが全然悲しいように見えない、決して演技が下手なわけではなく、むしろ見終えた後一番印象に残るシーンであるのに、悲しさを感じないのだ。上野は事務所で何度かサキという人を見たことがあったが、不思議な印象だった、顔の表情を一切変えないのに、何かいろいろな感情が沸き立っているような、うまく言えないが、自分が何をしたいかわかっているような顔をしていた。だから私のように流れでなんかやってないで、何か仕事に対する意志がある人だと思っていたから意外だったのだ。

事務所に辞める意志を伝えた日の帰り道、上野はいつものように紀伊国屋書店で立ち読みをした。いつもは文庫本や映画関係の本を見たりするのだが、今日は転職関係の本を手にとって読んでいた。と言っても内容は全く頭に入ってこなかった。たぶん上野自身、社会的要求に答えているだけだのだろう、という自覚があったので、仕事を辞めるから次の仕事を考え始めるフリを生活全体で演じているだけで、頭の中は空っぽで何も考えていない。それから1階の紀伊国屋レーベルでよくわからない昔の映画のDVDのパッケージを眺めたりしたあとビル内の通りに出ると、5m先ぐらいにあのサキという人が立っていた。恐ろしくスタイルが良く、なぜサキという人はグラビアをやめてしまったのかさらにわからなくなった、というかモデルのほうが似合っているだろうなどと思っていた。自ら光を発しそうなほど白い服、たぶんその服には正式な名前があるんだろうけど上野はわからなかった。白い生地には所々赤い模様が施されて不思議な服だなと思った。とても存在感のある人だ、上野そんなことを思いながら通り過ぎて行った。

仕事の最終日、上野は事務所の人間に呼び止められ、サキのことについて聞かれた。彼女について教えて欲しいといわれたが、上野は何も知らなかったので何も答えられなかった。話によるとあの浅黒い男がリンチを受けてから芸能関係者の暴行事件が多発しているらしいのだ、この事務所にも警察の人間がきて、サキについてを聞いて行ったそうだ。なぜサキなのだろう、と思ったその時白い服と鮮血のような赤い模様のイメージが上野の頭に浮かんだが、すぐに消えていった。

「もしかしたらサキという人がやったのかもね」

と事務所の男はいった。サキという人は不思議だ、上野も含めて、大半がサキ、と言い切らず、サキという人とワンクッションおいて呼ぶ。たぶん彼女のことを誰も理解していない、と思う。
「彼女は事務所に入って一日目の撮影で、辞める。と言ったんだ。辞めたいではなく彼女は、辞めます。とはっきり言ったのが印象に残っている。でも彼女は抜群に綺麗で事務所の看板タレントになりうる可能性があったから何とか引き止める必要があった。それで映画の仕事を何とかもらってきてやってもらったんだけど、それが終わったあとにまた辞める、と言われた。演じることでも満たされませんでした。と彼女はいった。だから俺は、何を満たしたいのか尋ねた、彼女は、何か、上手く説明できませんが、といった。俺にはさっぱりわからなかった。ほどなくして彼女は事務所にこなくなった。それから、映画を制作した監督と話す機会があった。彼は、彼女の配役を間違えた、と言った。ではどのような役どころが良かったのでしょうか、というと。静かに怒る、何か、そうゆう役どころを演じさせたい。と言ったんだ、それを聞いて、彼女は、言いようのない、切実な怒りを感じていたのではないかと思った。それを表現によって解消しよとしたんじゃないのかなと思うと、グラビアをやめた理由も、映画の仕事をやめた理由も、何となくわかる気がしたんだ。でも女性が切実な怒りを、暴力とヒステリー以外で解消するためにはどうすればいいと思う?男が怒りを感じたら、暴力で訴えたり、大声をあげたり、激しい音楽を聞いたり演ったり、小説を書いたり読んだりできると思う。でも女性はそうゆう時、どうするのかとても不思議だ、女性が怒りを表現する手段ってあるのだろうかとか思ってしまう。グラビアなんかで怒りを表現できないしね。」
男は今までためていたセリフを畳み掛けるかのように話して、何事もなかったかのようにコーヒーを再び飲み始めた。コーヒーをすすっている間、上野は、そのことについて考えたが、彼女が金属バットを振り回したり、返り血を浴びたりしているイメージが邪魔して考えがまとまらなかった。ただあのサキという人の不思議な感じは、静かな怒りであるということは納得できるような気がする。何に対する怒りではなく、どこにも向かわない浮ついたような怒り。

一年後、彼女は潜伏先の千葉の市川で捕まった。彼女は芸能事務所から枕営業を斡旋されたことを理由にやめて行ったグラビアタレントやアイドルを組織して地下に愚連隊を組織して、関係者の襲撃を繰り返していた。さらにグレイシー柔術、ジークンドーを国外で研究後、組織内にジムを作り、月に一度、芸能関係者vsアイドル、という格闘ライブを行い、運動不足で体のなまった男たちをボコボコにして、多くの地下イベントファンを喜ばせていた。チケットは三万円以上の値がついていた。

上野はNHKの7時のニュースで1年ぶりに彼女を見た。彼女は護送車の中で顔を隠さず前を見据えていた。その姿を見て上野は、彼女は、芸能関係者への攻撃で怒りを解消したのではなく、自らの人生を破滅させることで怒りを表現したのではないか、と思った。

2012年6月5日公開

© 2012 ケミカル本多

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