霞ヶ浦の幽霊

妖怪妖(第8話)

消雲堂

小説

1,344文字

僕と妻が結婚したのは1991年でした。僕たちは釣りが縁で結婚したようなものでした。1990年代の前半は毎週のように茨城県の霞ヶ浦や山梨県の富士五湖までブラックバスや放流された虹鱒を釣りに車で出掛けました。
ある日、僕たちは会社の仲間と泊まりがけで霞ヶ浦まで出掛けました。泊まるといっても車中泊で、運転席と助手席を倒して仮眠をとるだけでした。会社の仲間と釣りに行くときには妻を連れていくことはありませんでしたが、この日は何故か一緒でした。

この日は9月で、かなり大きな台風が近づいていました。翌日には…つまり、釣りの当日のことですが、大宮にある野球場で仕事関係のお客さんの野球大会の開幕式が行われる予定でした。台風になれば大会が中止になるので、1日中釣りができるのですが、台風が逸れて好天になれば、釣りを止めて大宮まで行かなくてはなりません。ですから台風がほどよく上陸することを願って釣りに出掛けたのでした。

僕たちは霞ヶ浦の土浦港にある駐車場に車をとめて仮眠をとることにしました。車の外は台風の影響で物凄い風雨が吹き荒れています。台風上陸は間違いないと思いました。

「渡部くん、これじゃ野球大会は中止になりそうだね!」会社では先輩の古本さんが自分が乗る車の窓を少しだけ開けて叫びました。古本さんは、一人息子を連れて釣りに参加していました。僕は一時、古本さんと同じ部門に所属していたことがあり、僕が他部門に移動しても、親しくさせてもらっていました。釣りに関しても先輩で、特にルアーやフライ釣りに詳しくて、以前はヴィンテージ釣具の売買なども行っていたことがあり、他にブルースバンドもやっているという多趣味な人間でした。

「そうですね。いずれにせよ、朝8時に担当者に電話しなきゃならないですが、たぶん中止でしょうね、僕だったら雨がやんでもごちゃごちゃにぬかるんだ野球場で野球するなんて嫌ですからね」

「わっかんないすよ、年よりのやることだから、そんな状態でもやっちゃうかもしれないっす」
僕の車に同乗している奥谷君が言いました。奥谷君は僕の部署の後輩で、10歳以上年下でしたが、生意気なやつでした。当時は何故かこいつを連れて釣りに行くことが多かったのでした。俗に言うオヤジ殺しなやつで、社内では上司たちに好かれていました。うちのかみさんは、奥谷君が嫌いでした。

「ま、台風が釣りに影響がないほどに上陸すること願って寝ようぜ」古本さんが明るい笑顔で言って車の窓を閉じました。

僕の車には奥谷くんが乗っているので、シートを倒せない狭いなかで仮眠をとるのは難しいのですが、かみさんはどこでも眠れる特技があるので心配ありませんが、僕はかなりの神経質ですから眠れないだろうと思いました。

僕は眠れないので、ぼーーっと外の景色を見ていました。相変わらず暴風雨が駐車場と近くの民家に吹き付けられています。

すると、不思議なものが見えました。一塊になった風と雨が民家脇の植え込みから民家の玄関へと吹き進んでいたのですが、それが、透明な人型となって見えました。人型は物凄い速さで家の中に消えていきました。それは大急ぎで家の中に駆け込んでいく女性のようでしたが、透明なはずなのに江戸時代の幽霊絵のような和服姿だったのがよくわかりました。

2014年6月29日公開

作品集『妖怪妖』第8話 (全9話)

© 2014 消雲堂

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