偽物銃を持つ男

消雲堂

小説

4,247文字

この世に偽物銃あれば平和となる。

前編

友人の井上魔王くんは、”偽物銃”を持っている。

偽物銃というのは何でも本物を偽物に変えちゃう銃のようだ。まだ実物を見たことがないので友人のよしみで見せてもらいたいとお願いしたところ、さすが魔王くん、二つ返事で承諾してくれたのだった。

魔王くんの家は神奈川県伊勢原市の大山の麓にあって、物凄く広大な土地にお城のような洋館

を建てて暮らしている。

東京の東中野から新宿に出て小田急線に乗り換えて伊勢原駅で降りると、この日は土曜日と

あって、大勢の大山への登山客や観光客がバスを待っていた。

「異能くん!」

大山へのバスの反対側から魔王くんの声がした。

魔王くんが運転手付きの車で僕を出迎えてくれた。魔王くんは、ニコニコとして上機嫌だった。

「やあ、異能くん、久しぶりだね」

「魔王くん、久しぶりだね、やけに機嫌がいいようだけど、何かあったのかい?」

「久々に君に会えるんだ。嬉しいのさ」

「え、何だか照れるなぁ」

「あははは」

「さあ、車に乗ってくれよ」

「うん」

「異能さま、ようこそいらっしゃいました」

運転手の横尾新十郎さんが静かに言った。

横尾さんは代々、井上家の運転手を務めている。

僕たちを乗せた車は静かに大山の右方向に向かう。日向という地名の大きな霊園を越えた辺

りで車は鬱蒼とした林の中を進んでいく。魔王くんの家はこの林の中に建っている。魔王くん

の家は擬洋風建築と呼ばれるもので、明治初期に日本人職人が、和式の建築法を取り入れ

ながら西洋館を見よう見まねで建築したものだ。真似て建てたといっても本物の洋館以上に

洋館らしい外観には誰しも心奪われるに違いない。

「相変わらず凄い家だね」

「地元の人たちは祖父の名前をとって柏陽館と呼んでいるね。ありがたいことだ」

魔王くんの祖父は井上柏陽といって大正から昭和にかけて活躍した翻訳家だ。ちなみに父親

は井上魔秦といって小説家だが、昭和45年に自殺している。

車がようやく洋館の玄関口に到着した。

中編

柏陽館の玄関の外まで魔王くんの母、愛美氏(えみし)さんとお姉さんの愛美理(えみり)ちゃんが僕を迎えてくれていた。

「いらっしゃい、清春さん」愛美理ちゃんが、くったくのない笑顔で右手を振った。愛美理さんは今年23歳で独身のはずだ。そのせいか、いまだに少女のような可愛らしさがある。ちなみに僕の名前は異能清春という。職業は探偵だ。

「お久しぶりね、2年ぶりぐらいかしら?」愛美氏さんが言った。

「あらら、おとぼけですね、去年の夏以来です。まだ2年は経っていませんよ」

「あら、そうだったかしら、ふふふ」愛美氏さんはもう50歳を越えているはずなのに、妙な表現だと思うが若々しい妖艶さに満ち溢れている。

「ほら、清春さん、お入りなさいな」愛美理ちゃんが手招きする。

「はいはい」僕は愛美理ちゃんを追いかけるように小走りで柏陽館の中に入った。柏陽館の玄関は中央に洋館にありがちな大理石ではなく堅牢な木製の階段があり、踊り場で左右に階段が別れている。

「この館の造りには、毎回驚かされます。こんな広い屋敷に住んでみたいですよ」

「あら、じゃ私と結婚すればいいじゃない」愛美理ちゃんが言う。

「それじゃ養子じゃないか?僕は井上家の養子になれるほどの器じゃないよ」

「あははは」

「ほら、清春さん、こちらにいらっしゃいな、昼ごはんまだでしょ?」

「あ、はい…」

そこに魔王くんが割り込んできて、「おいおい、異能くん、今日の目的を忘れてはいないかい?」と言った。

「あ、そうだった。お母さん、愛美理ちゃん、申し訳ない。先に今日の目的を片付けてから、ご飯をいただきます。少し待っててくださいね」

「ふん、先に全部食べちゃうわよぅ」愛美理ちゃんが片方の頬をぷっくりと膨らませておどけて見せた。

「愛美理、意地悪を言うものじゃありません。わかったわ、先に魔王の用事を片付けてから食事にしましょうね」

「はい、すみません」

「じゃ、異能くん、僕の部屋に来てくれたまえ」今度は魔王くんが僕を手招きしている。

「うん」

魔王くんの部屋は広い。30畳ほどあるだろうか?その広い部屋の四方の壁には天井までも高さのある書棚が据え付けられており、隙間なくたくさんの本が詰め込まれている。背表紙のタイトルを見ると洋書和書問わず何やら怪奇な本のようだ。魔王くんは名前の通りに怪奇なものが好きで、現実逃避的な彼の嗜好が理解できる。書棚の中央は本ではなく厚いガラスの引き戸の棚が設置されていて、その中には不気味な生物標本や得体の知れない道具やらがキレイに整理されて並んでいる。

「魔王くん、相変わらず幻想小説や探偵小説を読んでいるのかい?」

「そうだよ、くだらない現実から逃避できるのはこういう本に尽きるのさ…ところで、偽物銃だったよね」

「そうそう、偽物銃だ。見せてくれたまえ」

「よしよし、わかったよ…どれどれ」

魔王くんは、先ほどのガラスの引き戸をあけて大型の銃を取り出した。見た目は独軍のシュマイザーMP40のようだった。

「それはMP40じゃないか?」

「ははは、外観はね、異能くん、硬貨を持っていないかね?」

「硬貨?500円玉があるな」

「それではそれをそのテーブルの上に置いてくれたまえ」

「何をするんだい?」僕は500円玉をテーブルの上に置いた。

「異能くん、見ていたまえ」魔王くんは偽物銃を500円玉に向けて引き金を引いた。

偽物銃の先からジュボッというような間の抜けた音がした。それ以上、何も起こらなかった。

「ん?」

「ふふふ、異能くん、500円玉を見てみたまえ」魔王くんが含み笑いをしながら言った。

「何も変わりがないじゃ…あ…」驚いた。500円玉はアルミニュウムのように軽くなっていた。

「なんじゃ、こりゃあっ!!!」お前は松田優作かよ?

後編

驚いたことに僕の500円玉はアルミのような軽さの金属に変わっていた。

「なんじゃ、こりゃ?どういうことなんだ魔王くん?」

「君も承知の通り、偽物銃は本物を偽物に変える銃なんだよ」

「うん、承知している。外観は同じで材質が変わるとは考えも及ばなかったよ」

「お金に放射すれば皆、偽札、偽硬貨に変わってしまうのさ」

「なるほど」

「貨幣だけではないよ、ただし、放射したあとの材質はこの500円玉のようにアルミになるだけではない。それは何に変わるのかは見当がつかない。飛行機や自動車に放射すれば金属が紙に変わってしまうかもしれないし、人や動物に放射すれば金属になるかもしれない、それで生きられるかはわからないけどね」

「恐ろしい銃なんだね」

「うん、そうだね」

「一体全体、これは、君はどこから手に入れたんだい?」

「それがわからないんだよ。祖父がドイツに旅したときにヴァーレンという街の古道具屋で見つけたらしい」

「そのときはシュマイザーMP40だと思って購入したんだね?」

「そのようだね、戦前だから実銃の購入も可能だったようだよ。祖父は帰国すると、この屋敷の裏の林で試射したらしい、木に向けて撃ったんだが、銃からは妙な間の抜けた音がするばかりで、弾丸が発射されたどうかもわからない。第一、木には穴も空かないしね」

「そうだろうね、木がそのままで違う物質に変わっているんだろうからね」

「そう、祖父が木に触れると金属に変わっていたんだ。祖父は驚いた。この銃はなんだろうってね」

「それで、おじいさんはどうしたんだね?当時の日本軍に売りつけようとは思わなかったのかね?」

「祖父は銃を購入したくせに平和主義者でね、軍国侵略国家に変わっていった当時の日本に嫌悪していたんだよ。それに偽物銃は祖父が作ったものではないので1丁だけあったら、逆にスパイ容疑で逮捕されるかもしれないし、ろくなことにならないだろうからね」

「なるほど」

「祖父は偽物銃を平和利用したいと思ったんだ。兵器や武器に放射すれば使用不可能になるだろう。そうすれば軍国主義を止めることもできると考えたんだね。それに財閥のような金持ちは永遠に金持ちで、くだらない権力に固執するものは永遠に争いを続ける、そのとばっちりを受けるのはいつでも一般市民だ。その根本となるものは金だから、彼らの所有する財産を全て偽物に変えたいと考えた。ただし、銃は一丁しかない。いちいちシュマイザーを持ち歩いていてはあっという間に捕まってしまう。そこで自宅にいながら偽物銃の放射線を一定方向に発射できる大型の増幅装置と持ち運びできる偽物銃の小型化を模索したんだよ」

「なるほど、小型銃…銃の格好をしていない方がいいかな? それならば標的に近づけるしね」

「祖父は翻訳家であり発明家ではないから、ある科学者に依頼して増幅装置を作ろうと考えたんだ」

「ほう、その科学者とは誰なんだい?」

「ドイツのヴィルヘルム・ライヒ博士だよ」

「ライヒって、あのオルゴンの?クラウドバスターの?」

「よく知っているね。彼に依頼したんだが、それが帝国陸軍に漏れてしまった」

「それで?」

「祖父は拷問されて死んでしまったよ。ライヒ博士のその後は知っているよね」

「うん、1957年に米国のコネチカット刑務所で獄死したんだよね…」

「幸い、偽物銃のことは漏れなかった。陸軍は祖父の平和思想から何かテロでも起こすと思っていただけだった。しかも相手がライヒ博士だったから逆に笑いものにされたんだ。祖父を殺して笑ったんだ。祖父が死んでからは、父がそのあとを継いで偽物銃の増幅装置を開発しようとしていたんだ。平和的に祖父の復讐をしたかったんだ」

「お父さんは自殺したんじゃなかったのかい?」

「そう、どうしても増幅装置が作れなくてね…」

「そうか…おじいさんの復讐はならなかったのか…」

「悔しいが仕方がない。それじゃあ下におりて食事しよう」と魔王くんは偽物銃を元の棚に仕舞った。

「ああ…」僕はガラスの向こうの偽物銃を名残惜しそうに見てから魔王くんのあとを追って階下に向かった。

それから2年後に日本中で奇妙な出来事が発生した。財閥と呼ばれる連中の財産が皆偽物に変わってしまった。権力者と呼ばれる者の財産も皆偽物に変わってしまったのだった。彼らが所有する資産は海外まで及ぶのだが、それも皆、偽物に変わってしまっていた。彼らが身につける衣服でさえ奇妙な材質のものに変化していて笑いものにされた。さらに日本に間借りしている米軍基地の武器兵器や日本自衛隊の武器兵器もすべてが紙に変わってしまっていた。それは日本国内にとどまらず海を越えて世界中に拡散していた。

どうやら魔王くんは祖父と父親の仇を討てたようだった。

2014年11月21日公開

© 2014 消雲堂

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