愛のある話

桜枝 巧

小説

5,130文字

とある童話賞に応募したり(あっさり落とされた)、他のサイトにのせてみたり(主にスルー)してる作品。
言語規制がかかった世界での話。
「こんなの童話じゃない」?…スルーしてくださいな。
よろしくお願いします。

「あいしてる」
みんなが声をそろえ、頭を下げる。プラスチック製の真っ白な机の上にはカラフルなランドセルが一列に並んでいた。やはりプラスチック製のホワイトボードには、日直の小西君が消し忘れたのだろう、足し算や引き算、大きい花丸と小さめのばつ印が並んでいる。
「ああ、愛してる、また明日な」
ぼくらは先生に帰りのあいさつをした後、一斉にランドセルを背負い始める。タブレットPCと本の他に今日は体操服も入っているから少し重い。肩の辺りがぎゅうっとして、何か勉強以外にも違うものを背負ってしまったような感覚になる。
ぼくの前では、女子達が集まっておしゃべりを始めている。アイドルの話だとか、誰が誰を好きだとか、話題はつきることがなさそうだ。頭がいいと思われたいのか、「最近、禁止用語がまた増えたんだって」と朝見たニュースを話している女子もいる。何が不満なのか「あいしてる」を連発する女子もいた。入学式から三週間たっただけで、どうして女の子は女子へと変われるんだろう。
「おだくん」
不意にガラス玉のように透き通った声が聞こえて、思わず振り向いた。
「……何?」
少し音のずれた声で返事をする。声の主は分かっている、後ろの席の大川さんだ。いつも昼休みに教室でぼくと同じように本を読んでいるからだろう白めの肌色の頬には、ほのかに赤みが差している。まだ四月なので、格好は長袖の黒いセーラー服に黒いスカート。胸には血のように赤いリボンがついている。制服のポケットには「愛町小学校一年五組 おおかわ かなえ」と書かれた名札が安全クリップによってとめられていた。
女子のつくったグループとは少しはなれた場所にいる、ちょっと不思議な子だ。そのせいだろうか、周りの女子達は彼女のことをあまりよく思っていない。担任の先生も扱いづらい生徒だと思っているみたいだ。しかし僕は彼女のその不思議な雰囲気や一つ結びの大人びた髪型をほんの少し嬉しく思っていた。
「おだくんって、いっつもむずかしいこと、かんがえているんだよね。よんでいるごほんをのぞいてみても、わたしにはよくわからなかったし」
ほめられたのだと分かって、顔が彼女に分からない程度に赤くなる。ぼくは
「う、うん……まあまあ、かな」
とだけうつむいて言った。
じゃあ、と大川さんは近寄ってきて口を開いた。唇は淡い桃色で、ふっくらしていた。
「なんで、かえりのごあいさつがこんなのなのかわかる? ようちえんのときはわたし、せんせいに『さようなら』っていってたよ」
難しい質問だった。まだ「女の子」の彼女にも分かるよう説明するには考える時間も頭も必要だった。首をひねって簡単に言える答えを出そうとして、結局何も言えずに黙り込んだ。彼女の長いまつげの奥にある、少し茶色がかった瞳に吸い込まれそうになるのが自分でもよく分かった。目が少し悪いのだと自己紹介で言っていたのを思い出す。
確かに幼稚園のかばんをさげていたとき、帰りのあいさつは「さようなら」だった。
それだけじゃない、「おはよう」も、「ありがとう」も、「いただきます」も、「ごめんなさい」も。あいさつだけじゃなくて、「いやだ」とか「ばか」とか、「だめ」とか。
ニュースの中のえらい人たちが言う「負の言葉」はみんな一つの言葉にまとめられてしまった。
昨日の夜見たニュースのお兄さんの話によると、最近他の国で大きなケンカがあったのが原因みたいだ。日本は巻き込まれなかったものの、えらい人たちがそのことで話し合いをしたらしい。その結果あいさつや「負の言葉」は全て平和の象徴である「あいしてる」になった。
「キライ」とか「死んじゃえ」とか、そういう表現はやめなさいって。
先生からも、お父さんやお母さんからもそう言われた。えっと、きょ、そうだ、強要、された。この言葉も本当は使ってはいけないらしいのだけれど。
下を向き口をつぐんだままのぼくを見て、大川さんのまつげが一回、上下に動いた。
「わたしね」
大川さんは無理矢理にでも人の目をのぞき込みながら話す。それもまた、彼女がよく思われない理由だった。深い茶色の瞳が鏡となって、小さな自分を映し出しているのを見ると、何だかすごく悪いことをしたような気分になるのだ。ぼくもまた、心臓が一回、どくんと跳ねた。大川さんはタンポポのような笑顔を浮かべる。
「もっと、おだくんとおしゃべりしたいな。だってあなた、ほかのひととはちがうかんじがするもの――」

2016年5月7日公開

© 2016 桜枝 巧

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