私につける薬

深井デ・サルサ

小説

7,625文字

「わたしにつける薬をください」 商店街でそう叫ぶ男につられ、私は老舗のジャズ喫茶へと足を踏み入れる。

堂々とサスペンダーを付けた男が、わたしにつける薬を下さい、わたしにつける薬を下さい、と声を張っていた。

胸も張っていたし、靴も鳴らしていた。ときおりサスペンダーをバチンと胸に打ちつけもした。

しかし人通りの激しい商店街においては、悲痛であろうその声はすっかり雑踏のにぎにぎしさに紛れて一つの滑稽なノイズでしかなかった。だから白衣を纏った薬剤師が薬局から飛び出てきて、白い錠剤を豆のように投げつけた以外は、誰もが男を気にせず通り過ぎていった。

それでも物おじせず、ときにサスペンダーを鳴らして叫び続ける男の姿はどこか誇らしげで、「叫びたいときに叫びたい場所で叫ぶのがオレの流儀。常識なんてクソ喰らえ」という主張を垂れ流しているかのようで、それが少しだけ鼻持ちならなかった。しかし悪い人間ではなさそうだ。まっすぐでピュアーな男なのだろう。私は人と人の隙間をすり抜けて男に近づき、

「あなたが探している薬とは、私のことですか?」と訊ねてみた。

こくり。

男は静かに頷くと、くるりと背を向けて歩き出した。すると人混みは、蹴散らすまでもなく男を境に二つに割れていった。サスペンダーがYの字になったその背中は、明らかに私を誘っていた。

「まったく、なんてキザな奴だろう……」

私は溜め息まじりにそう呟くと、Yの字を追ってその開かれた道を進んだ。

商店街を抜けて坂を下った谷間で、男は老舗のジャズ喫茶に入っていった。そこまで男は一度も振り返らずに黙々と進んだが、私がつき従っていることは当然に了解しているようだった。

カウベルの鳴る木製の分厚いドアを開けると、先刻の路上での緊迫感を一切脱ぎさった、非常に朗らかな表情で男は私の来店を出迎えた。

「ようこそベイビーボーイ!」

男は常連にするような親しげな挨拶を、はじめて来店する私に投げかけてくれた。

「ここではみんなの夢がかなっている。夢をかなえた者がここに集まっている! さあベイビーボーイ、まずはこいつで乾杯といこうじゃないか」

男はビールの入ったコップを突き出した。私は「ベイビーボーイ」という呼び方と唐突のコップに戸惑い、コップを受け取るべきか逡巡していると、男は執拗に目線を合わせてきて「さあベイビーボーイ、さあ」と催促してきた。男の瞳には少年野球の選手のようなキラキラと無垢な輝きが溢れていた。私はその純粋な眼差しに気圧されるようにしてコップを受け取り、

「では、お言葉に甘えまして、乾杯」

と音頭を取ってから一気にそれを飲み干した。コップの中身はビールではなく、葛根湯を炭酸で割ったような大層にがいドリンクだった。

「いやいや、見事なのみっぷりだよベイビーボーイ」

男が手を叩くと、続いて暗がりからたくさんの拍手がわいて出て、老舗のジャズ喫茶はとても陽気な雰囲気で満たされた。暗闇に慣れた目で店内を見回してみると、老若男女を問わない十数名の客らがカウンターやソファーに散らばって座っていた。

「さあベイビーボーイ、存分に聴かせておくれよ、君のかなえた夢ドリームを」

男がそう言うと、好奇心で鋭く尖った客らの視線が私に、グッ、と差し込んできた。カウンター席から身体を捩じって私を見詰める中年の男は、待ちきれずに涎すら垂らしていた。

「夢……かなえた夢じゃなきゃいけないんですよね、私が今までに。まあ、大学受験とか十校受けて九校落ちちゃって、どうにか最後の一校だけ引っかかったときは嬉しかったですねえ。合格通知を受け取った瞬間はまさに夢心地っていうか……」

言いながら、周囲の感触が芳しくないことに気付いた。案の定、男はゆっくりと首を左右に振ると「ベイビーボーイそうじゃないよ、わかっちゃいない」と濡れた瞳で迫ってきた。

「ここに集う人たちはみんな、それぞれの大きな夢をかなえた者たちだよ。そしてベイビーボーイ、君だって例外じゃない。君は、君が望んだどんなに大きな夢でも努力と才能でかなえてしまったんだろ? なあベイビーボーイ、そうだろ? だから、それを有りのまま喋って僕らに聴かせてくれればいいんだよ」

私は「ちょっと失礼」と断って男から目を反らし、彼らが私に何を求めているのかをよく考えた。

男の言葉を借りれば、彼らはみんな「夢をかなえた者」だが、正直な話、一人残らずうらぶれたなりをしている。そしてみんなとても神経質そうで、心の中をのぞけば複雑すぎて目が回ってしまうだろう。ちっぽけな体験談を有り体に話して満足するような単純明快な人種ではなさそうだ。しかし誰も悪人には見えず、純粋無垢ゆえのマイノリティーといった風でもある。取っつきにくそうだが、コツさえつかめば風変わりで味のあるコミュニケーションが可能かもしれない。だから私はこう言った。

「ということは、私はついにベストセラー作家の仲間入りを果たしたってことですか?」

すると、安堵の溜め息とともに大きな拍手がわき起こった。サスペンダーの男は、まったく冷や冷やさせるよこのニューフェイスのベイビーボーイは、と大仰にのけ反り他の客らにおどけてみせた。いやまったくだ。ほんとやめてよタチの悪い冗談は。まあまあ、はじめての坊やですから……その幸福そうなざわめきを遮るように私は続けた。

「いやあ私も随分と下積み時代が長かったですし、まあ仕事と執筆活動の両立は正直しんどかったですけど、皆さんもご存知の私の作品『宇宙のたてまえ』が、最初は売れず、しかし徐々に口コミで売れはじめ、仕舞いには百万部を超えるベストセラーになったことで、それまでの辛いことは全て忘れてしまいましたね。おまけと言ってはなんですが、権威のある賞もダブルで受賞したわけですし、妻もよろこんでいますよ。十年近く何一つ文句を言わずにあなたを支えた甲斐があったわ、って」

そう言うと、客らは満足げに大笑した。一人残らずジャズ喫茶の仄かな照明の元でとてもいい顔をしていた。既に成功した者が新しい成功者を受け入れる、余裕に静かなライバル心を内包したいい顔だった。すぐそばのソファーに浅く腰掛けた老人は、杖にあごをのせてカッカッカと高らかな笑い声を上げていた。老人は私と目が合うと一つしわぶき、

「しかし先生、先生の以前お出しになった詩集もよござんしたな。あれは何という表題でしたか……」

「ああ、『樹海サンバ』ですかね。それとも『あなたの悲劇』かなあ……」この会合の趣旨を完璧に飲み込んだ私は綽々とそう答えた。老人も負けじと応酬する。

「おそらく前者でしょうな。わたしなどは二○三高地を攻めていた時分に、胸ポケットに先生の詩集を忍ばせて、よく長官の目を盗んでは読んでたものですよ。あの暗雲たちこめる旅順の地で気分が滅入りそうなときには随分と先生の詩に励まされたものです。エイヤー負けてられるかお国のため、家族のため、自分のため、って具合にねえ」

老人は杖をサーベルか何かに見立て力強く振りまわした。するとカウンターに寄りかかっていた中年の男が敬意に満ちた態度で老人に話しかけてきた。

「いやいや、ご老人。あなただって日露戦争の後は軍人でありながらもその類い稀な文才で、よく『軍人が二足のわらじを履くとはなにごとぞ』なんて叩かれながらも、当時の書生には大変な人気のあった文学者ではないですか。わたしなどもあなたに憧れた一人です」

そう言うと中年男はスツールから降りて直立し、老人に向かってキリッと敬礼をした。老人は嬉しさのあまり顔をしわくちゃにすると、

「いやいや、そんなこともありましたかなあ、忘れましたな、そういった昔のことは」

そう言って、再びカッカッカと笑いだした。

「さてさて、徳沢さんの日露戦争でのご活躍は十分承知してますし、尊敬してもしきれないくらいですが、今日はニューフェイスのベイビーボーイが来店しておりますから、もっと聞いてみましょう、彼のかなえた夢の話を」

二人のやりとりを頷きながら聞いていたサスペンダーの男が穏やかに場を制して、「さあベイビーボーイ。君のベストセラーの話、詩集の話、そして奥さんの苦労話などを聞かせてくれないか?」私に爽やかなウィンクをして見せた。

私は「かなえたことになっている夢」を饒舌に語った。

ありもしないベストセラーのあらすじや、インスピレーションを得た映画や歌、そして創作における苦労話などを口から出まかせに喋った。客らは大いに喜び、拍手喝采し、私もまたそれがまんざらではなかった。不思議と虚しい気分は一切せず、陶酔感さえ味わっていた。しかしあれだけ売れる本や権威のある賞に否定的であったにもかかわらず、「大きな夢」と聞かれてとっさに出てきたのが「ベストセラー作家」だったことには自分でも驚いた。それが私の本音なのかどうかはわからない。ただ、このジャズ喫茶と客らのつくりだす奇妙な空気や、入店直後にあおったビールもどきの液体が心を大きくして舌を緩めたのは間違いないだろう。

私のベストセラーの話が一段落つくと、他の客らも次々と「かなえた夢」を発表していった。

ある者は幼少期から貧困に喘ぎ、父親の暴力に脅えながらも演歌歌手になる夢を諦めず、苦労の末に開いたスナックで泥酔した客相手にデュエットしたところそれが大手レコード会社の社長で、五十代を半ばにして歌手デビュー。その後はとんとん拍子でスター街道を駆け登り今や押しも押されぬ演歌界の重鎮として大活躍。昨年末には念願の紅白歌合戦のトリを飾ったという。

またある者は、安易な脱サラ後に開業したラーメン店が大外れ。同時に妻子に逃げられ何度も自殺を試みたが、九度目の服薬自殺を試みた折りに昏睡状態の脳裏に現れた素っ裸の弁財天のお告げにより再度ラーメン店を開業。隠し味に犬を使用した。するとそれが大繁盛、その確かな腕前と斬新なアイディア、そして類い稀なる味覚をかわれて帝国ホテルにスカウトされ、今や同ホテルの料理長として各国の要人やテレビ番組に引っ張りだこだという。

その他も、ジャネットジャクソンにも尊敬されているブロードウェイきっての振付師、現代アートに新たな可能性を切り開いた新進気鋭のチンコアーティスト、冒険心あふれる石油王、エレキギター一本で戦争に反対したロッカーなどが次々と現れて、老舗のジャズ喫茶はさながら選ばれし成功者の集う秘密クラブのようだった。といっても客らの服装はもちろん、とても世の中で成功したとは思えぬもので、端的に言えば落後者のそれであった。ボロボロのパジャマならばいい方で、細い布きれを申し訳程度に巻き付けている者もいた。

そうして客らの話が一巡すると、先の老人が日露戦争での武勇伝を再び語りはじめた。「……そこであたしは言ってやったんです。『大佐、わたしは非国民かも知れません。しかし陛下より国より任務より、わたしは自分が大事であります!』ってねえ。当時のアレからしたらあたしのこういう発言はね、腹切りものですよ。実際に上官には維新の前後で腹切りの介錯を経験してるような方もおられましたからな……」

しかし老人の饒舌にもかかわらず、ジャズ喫茶の誰もが自分の話を終えてぐったりしていた。彼らはみな、しゃべり切って満足していた。だから老人の二度目の作り話には正直うんざりしているようだった。サスペンダーの男もコクコクと頷きはしていたが、顔は精いっぱいの作り笑いに引き攣っていた。私も、年長者の話の途中で失礼とは思ったが、我慢しきれずにタバコを吸いはじめた。

そして、まさに旅順が開城し、老人とロシアの司令官とが熱い友情を確かめあわんとしたときである。カウベルのけたたましい音とともに入り口のドアが勢いよく開いた。倦怠感に溺れ死にしそうだった客らは一瞬にして好奇心の塊となり、熱く鋭い視線をドアの方に向けた。そこには一見したところ実にセクシーな女が立っていた。

「おじいちゃん、またこんなところで油うって!」

女は乱雑にドアを閉めるとつかつかと店内に入り、私を両手で押しのけた。スパイシーな香水にむせながらも間近で見ると、女の頬や目尻は不自然に突っ張ってテカテカ光り、胸もその体躯の細さからすると異常に膨れていて、遺伝と加齢に抗う整形サイボーグのようだった。女は老人の前に仁王立ちすると、

「毎日毎日、こんなところでありもしない戦争の話して何が楽しいの? 俊男さんが帰ってくる前におうちに戻ってくれないと、また私が叱られるじゃないの! もうほんと、いい加減にしてくださいよ、このボケ老人!」と老人を苛めた。

今の今まで目をつむって朗々と武勇伝を語っていた老人は見事に言葉を失った。杖を身体に引き寄せて抱き、まるで子供のようにブルブルと震えていた。女は老人をしげしげと眺めて、

「はっ、犬みたいに震えて、情けない!」

と言い捨てると、今度は顎を突き出してぐるりと店内の我々を見回した。まるで賎民でも見るような蔑んだ目だった。

「負け犬たちが勢ぞろい……ああ、いやだいやだ。ねえ、あんたたち虚しくないんですか? いい大人が毎日毎日、昼間っから集まって何をしてるかと思えば、演歌の女王だ、帝国ホテルの料理長だ、石油王だって。なんでそんな夢みたいな話に逃げるわけ? プライドが傷つかないわけ?現実がそんなに辛いの?」

客らはすっかり意気消沈して押し黙っていた。私も覚えず吸いさしのまだ長いタバコを鎮火していた。サスペンダーの男だけが女をなだめようと声を発した。

「いやベイビガール。ここはそんな現実逃避の場じゃ……」

「は? ここが現実逃避じゃない? じゃああんたに聞くけど、日露戦争っていつの時代? 売れっ子の料理長がこんなところで時間潰してていいわけ? 石油王はボロボロのパジャマで出歩くものなの?」

「ベイビガール、そんな言い方……」

「ああ、馬鹿らしい。私から言わせたら傷の舐めあいよ。吠えることもできない負け犬たちが集まって『勝ったよね、僕たち勝ったよね』『うん、勝ったよ、僕たち大勝したよ。完膚無きまでに叩きのめしたよ』ってお互いのチンチン擦りあってるだけじゃない。一人で擦ってるよりもタチ悪いわよ」

「そんな下品な言い方をベイビガールがしちゃいけないよ……」

二人のやりとりを聞きながら、私はとても複雑な心持ちになっていた。

確かに女の言うとおり、ここで行われているのは社会で相手にされない者たちの惨めな傷の舐めあいだ。とても口外できないような恥ずかしい会合で、建設的なところは一切ない。しかしだからといって、私がこの恥ずかしい会合で恥ずかしい作り話を開陳して悦に入っていたのも事実だ。それを思うとサスペンダーの男の肩を持つべきだろうとも思う。私は女の意見を受け入れてさっさと店を後にするか、しばしの悦楽を味わった以上は最後までこの会合を支持すべきかで揺れていた。

女はあらゆる罵詈雑言を言い尽くしてしまうと、バタン。カウンターに顔を突っ伏して動かなくなった。他に喋りだすものもおらず、それからは静寂が店内を支配した。壁かけ時計の秒針は一秒一秒をしっかりと刻み、みんな咳払いや衣擦れのわずかな音に敏感になっていた。そして私はようやく決心した。この店を出て現実に戻ろう。まだデビューすらしていない作家志望のニートに戻ろう。

私は勢いよく立ち上がり、

「そろそろあれなんで、私はお先に失礼いたします。あの、本当にありがとうございました。楽しかったです」

カウンターの中のサスペンダーの男に声をかけるも、男は顔を合わさずにウンウン頷くだけで声らしい声を発することはなかった。次にカウンターに伏せている女に向かって声をかけた。

「あの、お姉さんのおかげで目が覚めた気がします。虚構に逃げずに現実としっかり向き合おうと思います……」

女は少しだけ首をかしげて顔を覗かせると、しゃがれた声で答えた。

「坊やね、好きなことをやって思い通りに生きようと思ったら、色々と辛いことがあると思う。世の中のなんてね、歌やらドラマやらで『個性を大切に』なんて言ってるけど、一寸でも風変わりなことしたら『場をわきまえろ』やら『常識がない』って叱られちゃうでしょ。矛盾と理不尽に溢れてるの。だけどわたしから坊やへのお願い。そんな現実だからこそ生きる価値があると思うの。だから絶対に逃げちゃダメよ。こんな処でチンチン擦りあって満足しちゃだめよ。戦いなさい、現実と。それで小っちゃくてもいい、坊やだけの夢をかなえなさい」

女の言葉一つ一つが身にしみた。

色々あったがここに来て良かったと思った。油断すると涙腺がダダ漏れになりそうだった。女は髪をかき上げながら半身をおこすと、スツールから降りて言葉を続けた。

「わたしもね、毎日毎日こんなところにおじいちゃん迎えにきて、連れて返ってからは夕飯の支度よ。旦那が帰ってくるまで家事に追われて休む暇もない。それで旦那が帰ってきたら今度は仕事の愚痴を延々と聞かされてって、そりゃ気も滅入るわよ。専業主婦の辛さ、わかってくれる?」

「いやもう話だけであれですけど、本当に大変っていうか立派っていうか……」

「だけどね、決して諦めない。私はこの先何年、何十年かかっても『和製パリス・ヒルトン』になってやるわ。セレブの集まるパーティーで素っ裸になって踊って、金持ちのイケメンから大金巻き上げるわ。ワイドショーも週刊誌もわたしの記事で埋め尽くして、スキャンダルの女王になってみせるわ。アラブの石油王からは油田をプレゼントされて、自家用ジェットで世界のパーティーを飛び回る。世界中のセレブに愛され、必要とされ、羨まれるわたし。きっとわたしはかなえてみせる! 『和製パリス・ヒルトン』になってみせる! そのためには毎月のコラーゲン注射はかかさないし、豊胸手術だって必要とあらば何度でも受けてみせる! そう、決して諦めない!」

女は決然と言い放つと握った拳を突き上げた。不自然に巨大な胸が二つ、不自然に弾んでゆれた。その風船のようなゆれを見詰めながら、私は裏切られた気分で一杯になっていた。この女こそダントツで始末に悪い。ワイドショーに身体の隅々まで犯されている。いつかセレブになる、というチープかつ非現実的な夢を疑うことなく抱いている……

流しかけた涙はすっかり干上がっていた。すがるようにサスペンダーの男に目をやると、最前のフレンドリーな態度と打って変わって、厳しく冷たい視線を投げ返してきた。裏切り者よ、早く帰れ、という声が聞こえてくるようだった。他の客らも同様に突き放した態度で冷徹極まりなく、いよいよ私はいたたまれなくなった。

悲しみと情けなさの入り交じった感情につぶれそうになりながら、私は分厚いドアを押して開け、カウベルの乾いた音とともに店から飛び出た。

振り返ることなく一息で商店街まで駆け上がると、あえて激しい往来の中に身を投じて、

「だれか私につける薬をください! だれか私につける薬をください!」と叫びつづけた。

全くそうするより術が無かった。

2010年11月13日公開

© 2010 深井デ・サルサ

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