マゾヒストの集う通信講座/小説の講評

千本松由季

評論

5,531文字

「文壇」が消えた後の荒涼とした文芸界。作家達はフォロワーを失いたくないから討論を避ける。文芸論はおろか、作家がすべきである政治的発言もしない。誰も本当のことを言わない。結果として、いい作品も出て来ない。今、かろうじて生えているのは、限りなくゆるゆるとゆるいラノベとWeb小説である。

作家の川光俊哉さんが面白い。彼は数多くのサディスティックな小説の講評を書いてきた。面白くないと思えば「面白くない」と言い、新しさがないと思えば「新しさがない」と言う。講評をもらった人は最低三日寝込むという噂がある。古今東西の文学に精通する彼独特の視線をフルに活かし、絶妙な突っ込みをする。講評を読んでいるだけで楽しめる。いいホームエンターテインメントである。

結論から言ってしまおう。かつて存在していた日本の「文壇」がなくなって久しい。文士同士で本気の文芸論を戦わせ、先輩作家が後輩へ書き方を教えることもなくなった。しかし、川光さんの通信講座周辺には正しい意味での「文壇」が形成されつつある。

 

(⇓この段落と、⇓⇓その次の、作家の小嵐九八郎の行動について書いた段落は、本編と関係ないので飛ばしてください)

……形成されつつある、とは言ったものの、例えば、晩年の芥川龍之介と、谷崎潤一郎がみせたような文芸的論争が今の小説業界界隈に起こることはまず有り得ない。現在の小説業界にあるのは、まずラノベという一派である。そのサイトには薄気味の悪い、胸だけが肥大化した幼女の絵が大量に散りばめられている。その肥大化した胸がラノベの品格の低さを象徴している。実際に読んだことはないので、もしかしたら悪くないのもあるのかも知れないけど。お金をくれるから、私はアルファポリスにだけは作品を出している。それから、私もやってるけどWeb小説という一派がある。誰にも読まれなくとも書きたいから書く、という人が多いと思う。ここで気を付けなくてはいけないのが、趣味で小説を書いているという方々である。その方々はやや狂暴で、私がいつか「小説は趣味で書くものではない」と発言したら、その、趣味で小説を書いている方々の恐怖のネットワークの広さでもって、私は袋叩きにあった。数十名が結託してnote.comに駆け込み、私の書いた百ページ以上の記事が予告も説明もなにもなく削除された。そんなことをする暇とパワーがあるなら、もっと自分の書いている物を振り返ってみた方がいい。そんなだから今のWeb界隈にはまともな文芸論争がない。あるのは、趣味で書いている方々のヒステリックなセルフエスティームの低さである。(百歩譲って小説は趣味で書いてもいいと認めてあげたとしても、私の邪魔だけはしないで欲しい)お互いの作品をゆるくべたべた褒め合って、お互いの作品の向上を褒め殺しというテクニックでもって必死に妨げている。出る杭は徹底的に排除される。プロになろうと思って本気で小説を書いている人に、すりすり擦り寄る、趣味で小説を書いている方々には用心した方がいい。その、ゆるい、テーマすらない彼らの書いた物の水準にあなたを引き摺り落そうと、仲良くしてあげようと、ゆるゆるとしたコミュニティーにあなたを閉じ込める。さて、みんなの手に負えなくなった私は、ある信頼おける方の紹介で「破滅派」に漂流して来た。「破滅派」には「漂流」という言葉がよく似合う。ところで私は日本に住んでないし、電子書籍も使えないし、紙の本を送ってもらう程の金はない。文芸誌も手に入らないから、文学賞に出してもその結果がどうなったか全く分からない。だから青空文庫にあるより新しい小説は「試し読み」で読むしかない。(青空文庫には片岡義男の良質な短編など新しい物もある)「試し読み」でも意外な程のページ数が読める。まあ小説は最初が肝心だからそれで十分。海外生活者が二十万人を超えた現在でも「エブリスタ」のように海外からの登録者を理由も言わず、かたくなに拒否している投稿サイトもある。海外からの応募はできません、という文学賞もある。どれも明らかな差別だ。これは自分のために言っているのではなく、海外に住む若者のために言っている。私はそういう輩は相手にしない。それでまあ、そういう訳で、私は新しく書かれ出版されている小説を知らない。でも今の日本に「文壇」があって純粋な文芸論が展開されているとは思えない。あるとしたら、ゆるゆるとした反撃を食らわない程度のゆるい書評くらいのものであろう。私は自分の作品を磨きたいから、ゆるゆるした感想はいらない。本当のことを言って欲しい。私は人の言うことはちゃんと聞く。それから今の世の中に、「文壇」が存在していた頃、数多く生息していた天才的な編集者がいて、才能ある作家を発掘し食えるようしてくれているとも思えない。もしいたら、ぜひ紹介して欲しい。

折角ここまで脱線したから、ついでにもう一つ言いたい。実は私は本物の「文壇バー」に行ったことがある。私が若くて一番ホットだった頃である。友達が小嵐九八郎という作家の秘書をしていて、ある夜、三人で「文壇バー」に行った。小嵐氏は大して酔ってもいないのに、バリっと着物を着ているママの胸を掴むという暴挙に及び、ママはその手をパシっと叩き、本気で怒った声で「十年早いわよ!」と言った。そしたらその次の月に小嵐氏の作品が直木賞候補にあがった。その時思ったのだが「文壇バー」のママになるには、しょっちゅう常連の本を読み、その水準を理解する能力がないといけない。そのあと面白そうだから小嵐氏の本を一つ読んでみたら、成程プロの作品はこれだけ隙のないものなんだなと感心した。会ってみるとただのエロいおやじなんだけど。別れ際に横断歩道を歩いていたら尻を触られた。この話は本当だけど、みんな時効だからね。面白くなかったらごめんね。

 

ああ、やっと本題に戻れた。

 

川光俊哉さんのTwitterから拝借したプロフィール。

 

Toshiya Kawamitsu /第24回太宰治賞 最終候補 小説『夏の魔法と少年』/第6回林芙美子文学賞 最終候補 小説『水族館で鬼ごっこ』/舞台『銀河英雄伝説』シリーズ他、商業演劇で脚本を手がける/二松學舍大学文学部国文学科 講師/ポストメタルバンドlantanaquamara ボーカル

 

Twitter: @TK_school  note ⇐川光さんの過去の講評群。こちらは私のだけじゃなく、全員の作品がおさめられています。テレビや映画を観ているより面白い。

 

私の作品への講評群五作分。

 

 

これからは私の作品の話である。今まで川光さんに六回も講評していただいた。特に世間の注目を浴びたのは、私の小説『プールに沈む』に付いた講評である。あ、そんなことより、事前に言っておくと、私はマゾヒストではない。ではないが、なにを言われても褒められてるとしか思えない、という特異体質ではある。あ、それから「講評」というものは一人の「意見」であるから、何をどう言おうと、周りの人がとやかく言うべき問題ではない。結構とやかく言われたんですよ。これが。ああいう言い方は酷いんじゃないかとか。さっきも書いたけど、私は本当のことが知りたいし、褒められるのは嬉しい。

 

 

小説『プールに沈む』

 

講評より抜粋

 

錯乱した構成、とても正気で書いたとは思えない。

日本語に対する

最低限の興味さえ欠如した人間が

なぜ小説を書こうとするのか分からない。

小説の作者として

という以前に

いい大人が書いた文章とは信じられない。

生きた人間を書こうともしていないらしい。

ただのポルノ。

 

(中略)

 

一般的な読者の目で読めば

構成の不備、人間の不在、展開の非合理は自明であり

「一般的な読者の目」を持たない作者は

一切の読書経験がないとしか考えられない。

「ただのポルノ」が書きたかったのなら

いわゆる「濡れ場」の生彩に富んだ描写を評価するにやぶさかではないが

こんなものが散文芸術であるとは言えない。

 

 

小説『ピアノに住んでる白いヘビ』

 

講評より抜粋

 

文章は、きわめて不正確、稚拙。

読みすすめるのが苦痛だった。

どんな小説を読んで執筆をこころざしたのか

どんな文体を志向しているのか

どんな作品を書きたいのか

ひいては、本当に書きたくて書いているのか

いかに未熟な小説でも伝わるものが

まったく伝わらない、不気味な作品だった。

 

 

小説『戻らない泡』

 

講評より抜粋

 

着想、イメージの体系は個性的だが

(だから惜しいと思うが)

効果的か否か、成功しているか、失敗しているかではなく

それ以前に

作意、技巧、意識的彫琢がまったく感じられない。

このような不均衡はとても不思議で

不気味ですらある。

いったいなにを言えというのか

試されているようで

不愉快でもある。

・小説を書こうとしていながら、一切の読書経験がない。

・一度も読みかえしてはならないというルールで書いている。

・文章における美的側面を軽視(軽蔑)している。

・文章の論理的構造という観点が完全に欠如している。

いずれかであろうと想像するが

どれも作者の資質としては致命的で

理解できない。

 

 

 

すべての部分は全体と響きあっている。

部分(細部)が精彩をはなつには

全体の構造が

少なくとも作者だけには

明確に把握できていなければならない。

部分においては

芸術的、論理的に

粗雑であり、不正確であり、稚拙であり

全体においても

なにも考えずに書きはじめ

書くことがなくなって終わらせた

としか思えない。

 

 

 

フローベール、ポー、ナボコフ、ゴーゴリ、泉鏡花、夢野久作、あらゆる文体の魔術師は

「幻想」「幻影」「白昼夢」「悪夢」を

あいまい、あやふや、不正確、非論理的には書かなかった。

江戸川乱歩や宮沢賢治の一部の作品は

達意の文体とはとても言えないが

ぎこちなく、ねじれ、生硬であっても

けっして不正確ではなかった。

 

 

小説『考える海』

 

講評より抜粋

 

このような作品を書く作者が

このようなきたない日本語で満足しているのが

不思議でならない。

 

(中略)

 

 

「心掛けるべきこと」は正確な日本語につきる。

 

 

以上、私の四つの作品からでした。もちろん講評ではこの他にもたくさんの指摘を頂いたのですが、何度も何度も同じことを言われて、それらの難題は克服され(時間がなくなったので、それらのことについては、上の作品講評のリンクをご覧ください。面白いし、ためになります)今、私が取り組んでいるのは『考える海』(破滅派の合評会20217月に投稿)の講評にもあった「日本語」のことです。『プールに沈む』の講評にも同様の指摘があった。

 

日本語に対する

最低限の興味さえ欠如した人間が

なぜ小説を書こうとするのか分からない。

 

『プールに沈む』は去年の九月に書かれたもので『考える海』は先月、書いたものです。その間に掌編が中心ですが十四作書いていて『考える海』のあとにも一つ書いている。でも私の日本語は直ってないということですよね。これはいつものことなのですが、私は言われてからそれを理解して実行できるようになるまでが長いんです。一番最初に講評を頂いた『そこまで寂しいわけじゃないし』が二年前の七月に書かれたもので、指摘されてから脳に十分行き渡るようになるまで丸二年かかることもある。この「日本語」については何度言われても分からない。私には「日本語に対する興味」は本当にないような気がする。おまけに、どんな言語に対する興味もないような気がする。「なぜ小説を書こうとするのか分からない」と言われても、私の目の前に主題が迫って来るから、くらいのことしか言えない。「芸術的」という言葉が出て来ると、それこそどうしていいのか分からない。もしかしたら個性的に書いているつもりで、それが成功していない。私は狂気の世界を書いている訳だが、『戻らない泡』の講評で川光さんは、こう述べた。

 

フローベール、ポー、ナボコフ、ゴーゴリ、泉鏡花、夢野久作、あらゆる文体の魔術師は

「幻想」「幻影」「白昼夢」「悪夢」を

あいまい、あやふや、不正確、非論理的には書かなかった。

江戸川乱歩や宮沢賢治の一部の作品は

達意の文体とはとても言えないが

ぎこちなく、ねじれ、生硬であっても

けっして不正確ではなかった。」

 

『戻らない泡』を書いたのが去年の三月。それから私は何をしてたのでしょうね。あれから多分二十作以上書いている。正確に、論理的に、芸術的に書く。そのことについて学ぶ。今の時点ではさっぱり分からない。そしてそれができるようになったら、時々、きっと原稿用紙一枚に一つくらいならいいから、適材適所に自分の調子の外れた文章を入れる。その位のことをできる技を身に付けよう。あと二年くらいかかるな。

今、突然気が付いたけど、私は川光さんに一度も「面白くない」と言われたことがない。大変誇らしい。今頃になってあなたの作品は面白くなかったけど、書くのを忘れていた、と言わないで欲しい。

 

 

川光俊哉さんの通信講座。マゾヒストの方はどうぞ。料金はリーズナブル。返事は迅速。講評の後でも、いくら反論しても噛み付き返しても、何度でも納得するまで説明してくれる。連絡先:[email protected] Twitter: @TK_school

 

 

『考える海』(破滅派の合評会20217月、投稿作品)

考える海

千本松由季 千本松由季

残酷表現あり。合評会2021年7月参加作品。テーマは「海」。
ヤクザの組長の娘として生まれた美帆。彼女には必ず護衛が一緒だった。やがてその意味が分かり始める。美帆の姉は殺されていた。狂気の中で美帆は姉のように殺されたい、という衝動に駆られる。
プロの小説家の方に講評していただいたので、こちらも御覧ください。
https://note.com/toshiyakawamitsu/n/n98e4564a2081?magazine_key=m4064a7f2d006

 

講評『考える海』

 

 

2021年7月5日公開

© 2021 千本松由季

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