無底と喪失(4)

無底と喪失(第4話)

月形与三郎

評論

12,707文字

書くことの倫理とは何なんだろう。鎌倉時代初期の歌人にして公人であった藤原定家に接近した三島由紀夫、その交接点を論点に据えつつ、古今東西のエクリチュールを探訪しつつ。

無底と喪失――藤原定家と三島由紀夫における〈不在〉のイマージュ④

 

月形与三郎

 

 

過激国粋主義少年飯沼勲の「望むこと」は、

 

《「太陽の、……日の出の断崖の上で、昇る日輪を拝しながら、……かがやく海を見下ろしながら、けだかい松の樹の根方で、……自刃することです」》(三島『奔馬』)

 

財界の要人を刺殺した勲が、まだ夜明ける前、切腹しようと短刀を腹に突き刺した刹那、日輪は彼の閉じた瞼の裏へ赫奕(かくやく)と昇る。旭日昇天、松へ背をもたせての往生。日の出の海と千代の松とは、初日の出を拝するようでまったく「日本的」なのだが、ここに、ことに勲が瞼を閉じているということに、精神分析のいう「去勢」のイメージをみとるのは普通だろう。「太陽と海と死」のモティーフは、石原慎太郎と共通なだけでなく、また、かつての日活映画だけでなく、二十世紀半ばの仏文学及びフランス映画の十八番でもあり、『異邦人』『悲しみよこんにちは』『太陽がいっぱい』等ポピュラーな作品をすぐに挙げられる。想起するのは、「躁病的」なイントラ・フェストゥム、「永遠の今」なる常套句、次の詩である。

 

《また見附かった/何が/永遠が/海と溶けあふ太陽が。》有名なランボー作・小林秀雄訳である。原文と堀口大学訳も付記する。《Elle est retrouvée!/――Quoi?――l’Eternité./C’est la mer mêlée/Au soleil.もう一度探し出したぞ!/何を?永遠を。/それは、太陽と(つが)った海だ。》小林訳では太陽が再発見(回復)され、堀口訳では海のほうだ。なお上記は、西江雅之著『ソマリアへ』ユリイカ2007年11月号所載)から示唆された)。

 

フランス語では、太陽は男性名詞、海は女性名詞ということになる。性的結合が自殺の一形態だという考え方は昔からある。本源的「両性具有」も、少なくともプラトンの著書にまで遡れるユートピア的カテゴリーである。ゴダール監督初期の代表作『気狂いピエロ』でもこの詩がラストシーンにかぶせて主演のベルモンドとカリーナによって朗読される。そのときすでに主役の恋人同士は作中で死んでいる。男は女を殺し自ら爆死するのだ。この詩はエロス的結合による全体性・連続性の回復(死を不可避としても)と解釈できる(もちろん詩の「作意」の詮索は詰まらないことだ)。三島のほうは常磐木の松に「永遠」を象徴させた。松は賀歌につきものだ。映画『憂国』も松羽目である。それも『天人五衰』になると、三保の松原の「羽衣の松」は枯死寸前なのが強調される。ランボーには『鍛冶屋』『太陽と肉体』という作品もある。鍛冶屋が肉体を鍛えると『太陽と鉄』?

『金閣寺』の主人公の学僧を、小林秀雄は三島との対談で「君のラスコオリニコフは動機という主観の中に立てこもっている」と言い、「叙情詩」と評した(『美のかたち―「金閣寺」をめぐって』全集所収)。

《(ラスコーリニコフには)他力を借りず自己たらんとする極端な渇望があり、既に定められたもの、与えられたものを否定し、一切を自力で始めようとする》小林『「罪と罰」について』新潮社)

「自力たらんとする」というのは、排除されていた「去勢」を取り戻そうとする努力ということだろう。「三島事件」が、「ゼロ記号」である天皇を現実のものとして取り戻したあげくに「ゼロ記号」そのものを消滅させようとする反逆的な目論見であった、というのは、しばしば言われる。しかし、天皇制にかぎらずあらゆる権力が「去勢の排除」だと若森栄樹は云う。だとすれば、ラスコーリニコフ=三島の自力本願の願掛けも、「不安」による代用対象化が、絶えず他の生成の形式を取り込むために、慣れ親しんだ虚無を新たな別の虚無へ引き渡そうとするだけの、自立どころか、たんなるベビー・ベッドの取替えの願望だったともいえそうである。

学僧が金閣へ放火する前に松の根方で休んでいる場面では能の『弱法師(よろぼし)』を本木とする。

 

《俊徳丸は入日の影も舞う難波の海を、盲目の闇のなかに見たのであった。曇りもなく、淡路絵島、須磨明石、紀の海までも、夕日に照り映えているのを見た。》(三島『金閣寺』)

 

俊徳丸は視覚障害があるだけでなく「らい病みの乞食」である。『金閣寺』と先に引いた『奔馬』とでは、日の入りと日の出ということで逆さになっており、火が刀にかわった。三島が自殺方法として、腹切りの前に、焼身を考えていたということは、丹生谷貴志が明らかにしている(同前『〈不在〉の思考』)『豊饒の海』の本多繁邦は、第三巻『暁の寺』でインドへ旅をする。旅行で訪れた「死の都ベナレス」でつよいショックを受けたと三島は各所で語っていた。その地で、重度身体障害者や「乞食」やハンセン氏病患者などの人々が「亡者」のように流離いつつ死を待っている様子などへショックを受けたらしい。それについて、自殺の年の武田泰淳との対談『文学は空虚か』(全集所収)では、能では綺麗につくっていても『弱法師(よろぼし)』なども実はああいう(「ベナレス」のような)もので文化が湧き起こるのは、そうしたところからだろう、『暁の寺』のベナレスの場面は『豊饒の海』のクライマックスのつもりで書いた、といったことを述べた。また『天人五衰』の主人公透は自殺を図って服毒して死に切れず失明し、精神集中によって霊顕を得る「幽の帰神」の能力をもつ『英霊の声』の川崎君も視覚障害者である。川崎君はそして、二・二六事件の将校たちの霊媒となってのち死ぬ。ようは「盲目(ブラインドネス)の中でだけ可能な識見(インサイト)」(ド・マン)というわけだが、しょせん差別表現に鈍感な「矛盾的同一」タイプのレトリックにすぎないものである。「詩」を攻撃して「散文」を持ち上げるようなセオリスト?(米国の有名「セオリスト」にそういう人がいたとも考えにくいので)は、三島を反面教師にして、まず何よりもこのたぐいの「詩的修辞」としても下の部類の定型的表現を自らの論文から一掃すべきではないか、と云いたい。

 

《(唯識の哲学的達成は)あたかもあのバンコックの暁の寺のように、夜あけの涼風と微光に充ちた幽玄な時間を以て、淡色の大空間を貫いていた》(三島『暁の寺』)

 

受苦への固着、快楽原則をその固着として生起する反復的な強迫の迂回路だとみるなら、三島ほど政治行動までもが徹底して「死の本能」の理論と「ニルヴァーナ原則」に忠実な「フロイト主義者」は、ほかにいかなったといえそうである。つまるところ右翼(、、)的「フロイト左派」の三島は、大岡昇平が「三島事件」直後に指摘したように「制度にすぎないもの」を本質的だと錯認していた、あるいは敢えて、錯認したがっていた。イメージ・ロンダリングとして指弾されるような――「畸形」やマイノリティなどのポルノ、戯画化されたSM文化、等々がアートの仮装をするようなこととも似通う――世間の「お下劣」な興味をくすぐる題材を「芸術」へと粉飾するための手段に過ぎなかった、主人と奴隷の美学主義にして、いつしか本物になったというわけなのである。もっとも、特殊メイクが身にへばりついて「中産階級」の平凡たる心性を浸食しはじめるシニズムの自己処罰的傾向は、「選良」を自負するどのメディア・パーソナリティにも多かれ少なかれある――柄谷行人はフロイトの「肛門愛」に関するセオリーを援用して「シニズムの極致は真面目になること」だといった――つまり三島は、今日的に云うなら、「ファルス」を実体として捉えて、それを遂に様式(モード)だとは云おうとしなくなったのである。

 

マルグリッド・ユルスナールは『三島或いは空虚のヴィジョン』(邦訳河出書房新社)で、三島に「タントリズム」への傾斜を見いだしたことを述べた。三島がそれを直接研究した形跡はなくとも、イスラームの普遍主義とヒンズーの土俗主義に挟み撃たれた後期インド密教(タントリズム)が、血肉等の「不浄なもの」へ聖性を付与し性的行為をヨーガへ取り入れる「修行形態」に変化して対抗したのをみれば、欧米の文化人が類似を見出すのも肯ける。

 

《三島の「否定的なもの」は、形而上死と破壊が弁証法の論理(理性の領域内の構造)によって必然的な真理の一部となっているヘーゲルのそれに酷似している。(中略)しかし、より官能的な次元では、三島は人間のエロティックな対象を汚してしまう衝動を検閲する、禁忌の違反を彼の議論の核心に据えることによって、ヘーゲルとは一線を隔している。この意味では、三島のエロティシズムの観念、及び美なるものへの関係はジョルジュ・バタイユのそれにより近い。》(同前ウォレス著・暮沢訳『否定的なもののもとへの滞留』)

 

エロティシズムは、禁忌を形成する受苦と禁忌を破ろうとする衝動の、予め統一を見越した、見かけ上の(、、、、、)分裂を要請する。前述のとおりプラトニズムでは、セックスが真に同一的なものへと至る道筋の端緒であるが、その反対に、「倒錯」を含む性的快楽の過剰が主体を脱中心化することによって多数多様な「真の自己」へ至るという考え方も同程に古くからある。後期ロマンティシズムのコロラリーの一つといえばそれまでとはいうものの、この種の主意主義は一九六○年代の「性革命」以来、一部のサブカルチャーを重視する文化理論のパラダイムを形成していて、「現代文学」などでもあいも変わらず、各種セックス・スキャンダリズムのマーケティング・ツール維持のためのしぶとい「建前」でもあるから、少々始末が悪い。侵犯による脱主体化は、「意識」に対する「自然」という、虚無的な連続体を到達点として、夢想のうえで目的化される。それはある種の――「フランス思想」では一時期むしろ主流だったという――ヘーゲル理解とは、一線を隔すどころか、むしろ親密なものである。最晩年の三島をバタイユへ結び付けたのは、アルチュセールが「ファシスト的主題のヘーゲルの神話への投影」(『ヘーゲルへの回帰』)だと批判したような、アレクサンドル・コジェーヴ的なヘーゲル哲学の理解を転倒した結果、価値が即ち無価値となる、主人(ヘル)奴隷(クネヒト)の弁証法のディストピアへの崩落のヴィジョンにほかならなかった。

 

《バタイユが、エロティシズム体験にひそむ聖性を、言語によっては到達不可能なものとしりつつ、(これは又、言語による再体験の不可能にも関わるが)、しかも言語によって表現していることである。それは「神」という沈黙の言語化であり、小説家の最大の野望がそこにしかないのも確かなことである。そして小説に出現する神として、女(「マダム・エドワルダ」及び「わが母」)が選ばれたのは、精神と肉体の女における根源的一致のためであり、女のもっとも高い徳性と考えられている母性も、もっとも汚れたものと考えられている娼婦性も、正に同じ肉体の場所から発しているという認識に拠るのであろう。神を売笑婦の代表と呼んだボオドレエルの言葉(「赤裸の心」)をここで思い出してもよい。》(三島『小説とは何か』)

 

周知のとおり、ある種の仏教思想には女が悟達するには「五障」ありとされ、もちろんシャーマニズムの影響も元よりあって(ただし、関東・北陸・東北では、「満蒙」・シベリア文化と共通するような、男巫(おとこみこ)の伝統も強かったとされる)、わが国の古典芸能でも「官能的狂乱」に見舞われるのは女性が専らであった。

三島にとっての「宇治の橋姫」をバター臭くしたのがマダム・エドワルダなのである。この十二単袴着を黒いシルクのドレスへ着替え、練香を焚き染めるかわりに香水をぶっかけた、ケバくどぎつい「幽玄」こそが、「三島美学」なるものの真骨頂だった。

《善から悪にいたる一切の道徳的価値とまたその反対の価値を女は肉体的に表す》《女は行動の実質であり行動の邪魔をするもの》《女は非本質の容態における『全体』なのだ》(いずれもボーヴォワール著・生島遼一訳『第二の性』新潮文庫から。もちろん上記のような女性観をボーヴォワールは馬鹿馬鹿しいものとして批判している)

さすがに右の三島の文章のままでは、今さら真に受ける人もないであろうけれど、露骨なヘテロセクシズムを取り除いて、肉体=女もしくは母といった「他性」のジェンダー・メタファーを、ピュシスなり「多様体」である身体なりと、耳障りよく言い換えればどうだろう。「語りえぬもの」の顕われは、否定態である「非言語的形成」に於いてしかなくとも、しかし、その「沈黙の言語化」こそが「最大の野望」、これならば、香水くさい幽玄も、一部の文化理論の背骨でもあり、表向き些かモデルチェンジしただけの装いで未だ、しかもある種のフェミニスムやクイア思想としてまで、巷に流布してはいないだろうか。そして三島の想い描く、〈父子間〉の支配と従属、〈母子間〉の庇護と依存、といった相補的な関係の孕む分裂性は、「ダブルバインド」による「裂生」の概念とも酷似する。

浅田彰によれば、バタイユの言う「禁忌」をボードリヤールは消費主義を評価しつつ禁止と侵犯の弁証法的神秘学と、ドゥルーズは凡そフロイト主義(、、)の俗流と評価したという(浅田著『構造と力』勁草書房)。社会科学者としてはケインズ主義(、、)の亜流といえるだろう。ホワイトヘッドは、昇華作用による抽象化への小児的反動が「ロマン主義的反動の実態」だというようなことをいった。云わば、未昇華な「肉体の悪魔」、である。ナルシシズム的自我へのしがみつきによる死の恐怖に関る表象を、おしなべて整序するのはロマンティークの特徴である。そうやって、自分自身の父親になろうとする。そうして、分節し統合する言語の「対立物」である「詩的言語」の単なる底抜けの無底性は、あるかなきかの詩意と思惟の差異は劇化され、隠喩と換喩の収斂による「近親相姦的」な「神聖的・法悦的言語」の全性(、、)へ成り変わり、「それ(、、)(es)のあった所に()(Ich)が生成せねばならない」(フロイト)は転倒し、「人間はそれ(、、)の欠如」(バタイユ)になる。ただ三島には、初歩的な思い違いがあったようで、「全体知」への意欲自体は「全体的」ではない、ということには、ぜんぜん気づいていなかったふしがある。「全体知」を求める月の砂漠(デザート)への憧憬は、食後のデザートを注文するのと同程度に「部分的」でしかない。それは喩えるなら、『純粋理性批判』も『精神現象学』も、燃料としてはコミック本とおなじぐらいの熱エネルギーしか出さないということに似たような話しなのである。

互恵的承認によって欲動は「自己化」するのであり、その構造の中で局所的(ローカル)に欲望としてのみ現成するはずのものの「全称命題化」が、脱―道徳的命令として事象の「真理性・直接性」を規定し、ナルシシズムによる脱性化転じて脱性()化されたリビドーは、〈光〉に対する〈闇〉(闇が耀く)への服従の意欲を創出する半面、三島のような律義者には自己供犠への義務感を植え付けた。それが「死の本能」へ仕舞いまで随う「理性の運命」の終着点なのだった。とはいえ、どんな贈与も父の法の元でエコノミーへ回収されるとデリダがいうように、そういう「過剰反復」が又ポリス=オイコスとしてポリティカル・エコノミー内にある、ちょうどエネルギー保存則とエントロピーの法則が力学において相補的なのと似て、価値実体を人間労働に求める「生産主義」とポストモダン的な「消費主義」とが相補い合うのに似て、「侵犯」の撹乱を修正する「存在の理法」、(再度・再々度の?)「ローカル化」、即ち哲学ドラマがそこでは準備されている。

 

《(古事記は)神人分離の文化意志》(三島『日本文学小史』)

 

三島は、神性を詩性、人性を論理性と同一視していた。しかし古事記における「神人分離」、それも見方によっては、神話と歴史の見事な融合(レヴィ=ストロース)だっただろう。晩年に三島は、それまで彼が詩と考えてきたものは非本来的なものであって「認識こそが詩の実体」であるというふうに考えを改め、それを受けたように『奔馬』作中の『神風連史話』の中で、歌道の祖にして経世の道の祖でもある、「荒ぶる神」須佐之男大神に由来するという「宇気比(うけい)」を「神事の根本義」とし、「(かん)ながらの道は祭政一致であり、この現し世の顕御神(あきつみかみ)である天皇に(つか)えまつるのと、(かく)り世の遠御神(とおつみかみ)に事えまつるのは同じこと」という国学説を開陳している。三島における「幽顕一貫」即ち幽玄の美学の再転倒による完成だった。

二十年前は「常識」だったものが近年すっかり忘れられてしまった感のあることを言うなら、「悲劇」の神的欲望、「物語」の詩的情意、とは「コスモス―カオスの連関」のユートピア=ディストピア的な保証である。

ソポクレスの悲劇のオイディプス王の振る舞いも、アポローンの神託の実現であり「必然的」な「運命」であるから「出来事」の生起しない「永遠の今」なる「自同律」に服するトートロジー又は照応(コレスポンダンス)である(注17)。「否定的なもの」に於いて、経験の「中心」が自我(エゴ)から自分(セルフ)へ移動しても、自分(オウトス)としての「現実」もオウトマティックなのである。

 

注17 実母である桐壺更衣とのその形代(かたしろ)(分身)である義母藤壺女御を介した擬制的「近親相姦」、そういう過剰な〈性〉を媒介として脱性化されたナルシシズム的自我と同一化した自我理想たる「欲望」そのものとなることにより、光の君(シャイニング・プリンス)は、生後すぐの予言どおり、臣籍に降下した身で、国父たる源氏院(、、)(ヒトがカミの父!)になる。

 

ソポクレスの『アンティゴネ』でも、「秩序」の側のクレオンと否定的なものへの「欲望」を抱くアンティゴネの、〈男〉の司るポリスの律・人間(マン)の掟・国家制定法と、〈女〉の司る(オイコス)(エコノミーの語源)の律・神々の掟(正義(ディケー))・自然法の対立は、「白い血」(父の精)と「赤い血」(母の体)の予めの盟約に拠る留保(レゼルブ)付否定弁証法の没落の形式内にある。これはいわばグローバル・ソサイエティ――(後のパックス・ロマーナの)「法状態」(ヘーゲル)――において顕著に一般化される、「没落」した内面性の成立そのもの(、、、、)としての道徳の内面化に関る寓話だろう。けっきょく社会と共同体とは「ありのまま」だと、どこまでも相互媒介的に国家の心身でしかない。そして三島の意に反し、母子融合状態のミメーシスであるマゾヒスト主体にあっても、つまり神性=詩性なるものにも、〈説明的表現〉即ちカテゴライゼーションからの自律性はないのである。

 

《言語や文字を通じて、直接統覚的に把握され、操作的に取り扱われる。感性的な「模型」も似たような機能を果たすが、そうした模型としては、たとえば作業中たえず利用される紙に書かれた図形や、また読みながら学ぶための、教科書に印刷された図形などがある。(中略)これらの古くから手なれた獲得物の様態のばあい、数学者の方法的実践に於いてはたらいているのは、具象化のうちにいわば沈殿している意味である。》(エドムント・フッサール著・細谷恒夫・木田元訳『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』中公文庫)

 

フッサールのいう「沈殿している意味」とは、「前意識」=身体(ソーマ)としての記憶連合といえる。身体としてのこころ(、、、)の、その無底性が「物」だろう。記号的なものとその結合態の「物」的な操作性は、算術=計算の形成するヴァーチャルリアリティ等と数学的推論の同型性の「基底」となっている(例えば、分配律は基礎論理ではなく算術の産物である)。ハイデガーにとっても、カントのいう感性と悟性を繋結(コピュレイト)する図式機能の基底である「構想力」などは、云うなれば「物」的なものだった。

 

《情は新しきを以て先となし人のいまだ詠ぜざるの心を求めてこれを詠ぜよ。詞は旧きを以て用ゆべし》(定家『詠歌大概』)

 

「もの」は旧いほど多くの記憶を沈殿させ、「手馴れた獲得物」であるような旧き詞を用いることは、目立って、あるいは、不意打ち的に、出来事を生ずるかもしれない。しかし、やはり意欲とは徹頭徹尾、「物の秩序」の結果であるがゆえに、欠如自体が欠如していることが「不安」の根にある。それを三島は「底無しの奈落」とみた。

『豊饒の海』では、輪廻転生のテーマが「一般と個の回路」を一巡りし、体系の無根拠性のせりあがる地平へ没する。『春の雪』と『奔馬』でのエロスとタナトスの同位図式、「束縛はエロティックな満足の源泉」(ジジェク)、その侵犯のアクメーへの賛歌が、『暁の寺』では月光姫(ジン・ジャン)を通じた野放図な(シェール)の美学へ雪崩込む。『天人五衰』では、月宮殿へ帰りゆく天人の羽衣の如く舞い上った唯識論が「不在」の美学の砂漠へ墜落する。

《世は色に(おとろ)へぞゆく天人(あめひと)の愁やくだる秋の夕暮》(心敬)としかし、むしろ天人の愁いのほうが世を衰えさせたのだった。かくして、言葉が刹那滅において「現実」と接触するという、三島にとっての「詩」は、いかにも破滅型私小説的メタフィクション風な破綻へと、その役目を譲るのであった。

 

《(大塩平八郎は)大虚を以てわれわれの本体とし、常住不滅の大虚に帰するときは、不生不滅の域に入ると説くのである》(三島『奔馬』) そして、

《「もののあはれ」の片鱗もない快楽が、花やかに、さかりの花のようにしんとして咲き誇っているのはこの二つの巻である。(中略)快楽(ヴォリユブテ)は空中に漂って、いかなる帰結も怖れずに、絶対の現在のなかを胡蝶のように羽ばたいている》(三島『日本文学小史』から源氏物語『花宴帖』と『胡蝶帖』について)と処女作『花ざかりの森』へ退行し、その胡蝶の夢の花宴の後、

《この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。(原文改行)庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。……》(『天人五衰』結び)

 

〈不在〉へ向かう倫理、死への先駆、「存在の不安」は、しん(、、)とした「大虚」へ「言葉の限界」へ花と咲きがける。

散るを厭ふ世にも人にも先駆けて散るこそ花と吹く小夜嵐(三島由紀夫辞世)

ねがわくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の比 (西行法師)

 

三島は、大塩平八郎と同じ程の歳に吉田松陰の命日を択んで事件を起こした。西行は右の歌を詠んでずっと後、寸分違わぬ死に方をした。その死は後鳥羽天皇や源頼朝以下の文武支配者から民衆までを心うちで拝跪させた。仏陀の入滅した日を択んでの自殺と考える者は多かった。

自己消尽と自己精進、捨て身供犠と捨て身成仏、「三島事件」は、二・二六事件の反復を目論んだつもりで、三島が彼の「歌論」において言及を避けていた西行、その「悲劇」を反復した「喜劇」でもあり、死を賭す「支配」も実はそれ自体「隷属」である「主人持ちの文学」(三島)の極点、西行の歌道こそ、最初の行動(パフォーマンス)の文学だったといえないだろうか。そして自らの和歌が真言だということを「証明」した西行は、再編された鎌倉時代以降の神仏習合という宗教政治形態にあって聖人(セイント)になった。死に様はあまりに印象が違うけれど、恋闕という能動的ニヒリズムによる死、三島は、定家に少しも似ておらず、西行へ似ていたのではないか。ただし、お后への失恋にしても、一度は思いを遂げたものと(言い伝えでは西行の出家の原因だとされるが史的には真偽不明)、(旧名正田美智子と)お見合いこそしても相手にされなかったのとでは違うだろうし、なにより、弓馬にかけては源為朝と並び称される名人佐藤義清(のりきよ)(西行の俗名)と、名誉?剣道五段の三島とでは、文武両道軒といっても、まったくの真贋の違いがあるだろう。

ポエジーは、「詩を書く少年」三島にとって直ちに象徴主義のことで、挫折した「夢」。西行には再構築すべき「風景」、定家には「もの」だった。超自我―自我というイマージュの基層領域、述語態(カテゴリアイ)のステージを要する「夢」では、「現実」が現われたとみえて、一者である風景の局所であり且つ景色の額縁だが、製作(ポイエーシス)は茶飯事にしても無底(Ungrund)の現実である。

「物の秩序」は価値実体がはじめからあるように「風景」(パースペクティヴ)を逆立ちさせるだろう。たとえ、その「誤謬」に気づいたとしても、「根拠律」に基づくならば、やはり舞台の底には、「底無し」というものぐらいは置いておかなければならないということにはなる。だが仮にもそういう無底性は、隠れた神と呼べるような無尽蔵のポテンシャリティでも、崇高なものでも、表象不可能なものでさえもない。そして、その括弧付の根本義を要するということもやはり、あらゆる起源的前提の抽象の結果には違いがないのである。

深遠さとは、虚を指すことの言い換えであり、現実はまた、矛盾や侵犯や逸脱や決断や破綻や(なげう)たれたことや、あるいは分節化の果て等、のけれん味(、、、、)にのみあるのではなく、皮相にも、犬も歩けば当る棒切のように何時何所でもある。ただ、そうであればこそ、書くこと(、、、、)の倫理とは、「語りえぬこと」を書こうとすることではなく、書く(、、)こと(、、)において語りえぬのを感じていることになるのだ。三島には「不安」だった否定的なものへの欲望の否定を定家は愛した。そういう似非(えせ)でない優雅の諦念が、もはや一つの「言葉」の統合する「法状態」の倫理だろう。

 

付記

 

《僕はゴドーが来ないというのはけしからんと思う。それは二十世紀文学の悪い一面だよ》(安部公房との対談。全集)

 

三島は、ベケットの『ゴドーを待ちながら』を、最後まで待ち人ゴドーが来ぬので失敗作だと評価した。

 

こぬ人をまつほの浦のゆふなぎにやくや藻塩の身もこがれつつ(定家。小倉百人一首へ自撰)

 

いちおう「来ぬ人を待つ身も焦がれる」が主旨で、「松帆の浦の夕凪に焼くや藻塩の」が序詞ということになる。「待ち焦がれる」という表現はこの歌の縁語によって後世に定着した。それが、焦がれつつ待つ=松、その人は来ぬ(、、)のである。下世話に(こちらがむしろ「正解」に近い?)、彼が来ないので浮気だと思い凪のため滞留している煙みたいに気分モヤモヤ()くやとカッカきている、とも読める。ただ晩年の三島なら絶対そういう読解をしないだろう。そして、この歌に関してなら失敗作といわず、「喪失の美」ととったに違いない。

赤羽淑によると、この歌の典拠は、万葉集巻六の笠金村の長歌で、焼く塩の火と「思ひ」のアナロジーは万葉の初期に成立した。火を焚く海女をモティーフにした歌は数多い。それらは、『潮騒』の焚き火を前にしたラヴシーンを描いた時、エーゲ海の青の匂いとともに、三島の脳裡にあったはずだ。

待つことの前提が来ることである人が来ぬのは確かに「喪失」であり、何か代替物を求めさせる。そういう比喩的な代用対象化が象徴化の安定作用である。

 

《こぬ人をまつゆふぐれの秋風はいかにふけばかわびしかるらむ(古今・恋五)

こぬ人をまつちの山の郭公おなじ心にねこそなかるれ(拾遺恋三)

こぬ人をまつとはなくてまつよひのふけゆくそらの月もうらめし(新古今恋四有家)

こぬ人をおもひたえたる庭のおものよもぎがすゑぞまつにまされる(同寂蓮法師)

こぬ人をうらむるやどのゆふぐれはおもひすつれどをぎのうはかぜ(秋篠月清集)

こぬ人をかならずまつとなけれども暁がたになりやしぬらん(金槐和歌集)

(中略)定家の歌においては「待恋」の題の本意が伝統的な題の本意と直線的につながらない。そこには断絶と飛躍が認められ、無を媒介とする世界が開ける。》(赤羽淑著『藤原定家は本歌取で時間を超えたか』國文学2007年12月増刊号所載)

 

赤羽のいう「無を媒介とする」とは、回復すべき「喪失」した無媒介性と異なる。むしろ逆で、無媒介性自体が媒介の否定としての「無」に媒介されているということである。そして、その「無」は、何ら全体や中心たる大虚を意味しはしない。

 

《(欲望する「主体」であり且つ欲望そのものである)源氏は物語が終わる前に死なねばならなかった。というのも、欲望それ自体が、紫式部にとっては、(欲望の対象の)非実体性の第二の認識であるからだ。(中略)欲望は中心の喪失を意味する運命の存在の中に沸き起こる。》(同前ウォレス著・暮沢訳「否定的なもののもとへの滞留」。源氏死後の十三帖には、御魂鎮め、「喪」の意図があるともいわれる。以上引用文中括弧書きは筆者)

 

スーザン・ソンタグはかつて、エスノナショナリズムの鬩ぎ合うサラエボで『ゴドーを待ちながら』を上演した。「こぬ人」であるゴドーは、「喪失」された「中心」ではなく、上演されること、作ることの出来事としての無底性に於いてある(、、)。そこには欠如も、否定的なものもない。「こぬ人」即ち存在、それを待つのは、眺める歌ではなく、欲望し呼びかける歌でもない、けして眺められぬものの呼びかけを熱く待ちうける歌である。そして、沸き起こる中心的な運命性ならぬ、ささやかな運命の呼びかけを待つ身を焦がすパトスこそ、おそらく能動的なものでありうる。そこにおいてのみ、存在は出で来たる事なのである。わたしたちはそれを待つ、身もこがれつつ。……

 

 

 

 

 

出典を明記しなかった和歌集等古典文献はごく一部を除き岩波書店または新潮社刊行、「明月記」は国書刊行会版、「古来風躰抄」「近代秀歌」「詠歌大概」「毎月抄」は小学館版、「奥入」は三省堂版、三島由紀夫作品は新潮社刊行の文献を主に用いさせていただきました。また歌を除いて近代作品の歴史的仮名遣いは改めました。

中村真一郎著「色好みの構造」(岩波書店)

桑子敏雄著「西行の風景」(NHKブックス) また、

佐藤喜久雄氏の御著書御論文、

加賀野井秀一氏の御著書御論文からは、特段のご教示を頂戴いたしました。心よりの御礼を申し上げます。

なお、定家及び「源氏物語」関係の書籍・論文等は、あまりにも多数であるため省かせていただきます。著者、訳者、編者の先生方には、謹んでお詫びと御礼を申し上げます。

2010年10月6日公開

作品集『無底と喪失』最新話 (全4話)

© 2010 月形与三郎

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中世 古典 最終回 美術

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