円周上の葬列 (『ゼロ年代の墓標』抜粋)

上限のない電波塔(第4話)

アサミ・ラムジフスキー

評論

20,595文字

2008~2009年。ゼロ年代の名盤をレヴューとしての体裁をとりつつ、音響と音韻と録音芸術と電子音楽をめぐるこのディケイドの音楽全般を論じたブログ『ゼロ年代の墓標』より、10作品分をピックアップしたもの。

Optrum 『Recorded』

 

音楽の最大の失敗は、録音技術が発明された際に、その記録された作品に対して新しい名前を与えなかったことではないでしょうか。

演劇はフィルムに記録されたことで、視点・視野の固定から自由になり、舞台装置の限界からも自由になり、時間軸からさえ自由になり、いつしかまるっきり別の「映画」というジャンルに発展しました。たとえ同じ役者が同じ衣装で同じ題材を演じたところで、演劇と映画を同一視する鑑賞者は皆無といってよいでしょう。これは、プロ野球をスタジアムで見るかテレビで見るかといった次元の話ではなく、ビールとウイスキー、または日本酒と焼酎の違いのようなものといったほうが適切かもしれません。

同じように、記録されることで編集の可能性を手に入れた音楽は、その可能性の枝の一本一本を最大限に活用して、録音された有形の芸術という姿を手に入れました。ところが、それは今なお同じ「音楽」「music」「musik」「musique」等々という言葉で語られます。単に優れたテイクを選抜して収録する、といった程度のプロデュースしかなされていなかったころならば、それが同じ言葉で語られるのもまだ納得できます。が、現在のように完全にライブ(=一回性の美学)とレコード(=作り込みの美学)が乖離しているどころか主客転倒している状況でなおそれらが同じ言葉で括られることは、甚だ不適当であり、また、それが音楽批評の混乱をも招いているように感じられます。

ライブと音源は別ものだ、というのは過去に何十万回と語られてきた言葉でしょうが、しかしこの言葉だけでは、「じゃあさ、ライブアルバムってどうなの?」という問いへの回答にはなりません。言うまでもなく、録音作品は聴覚芸術です。悲しいかな、耳が聞こえなければレコードもCDも単なる円盤でしかなく、コースターかカラス避けぐらいにしかなりません。では、だからといって音楽そのものが聴覚芸術なのだと言い切るのは、本当に妥当でしょうか?

この点において非常に示唆的な問題提起に、「『ギター一本だけでいろいろな音を出して作りました』というのが売りの作品がよくあるが、それをCDで聴くことに意味があるのか」というものがあります。これは、変則奏法を駆使して多用な音色を奏でるような行為はライブで観てこそ面白いのである、という立場からの見解だといえるでしょう。

賛否はともかく、この論理にはそれなりの説得力があります。これは、聴覚だけでは楽しむことができない音楽の存在を認めることでもあり、とすると、音楽は必ずしも聴覚芸術だとは断言できなくなります。正確には、聴覚芸術「でもある」というのが適切でしょうか。

とはいえ、音楽の要素に視覚や空間を安易に計上していまうことにも危険はあります。それが行き過ぎた場合、前衛音楽とサウンドインスタレーションとの間に境界線を引くことは不可能になるでしょう。大衆音楽にかぎった話でも、ドラマ仕立てのミュージッククリップと映画との差が既に曖昧になりつつあります。さらには、音楽とはそもそもどこまでが音楽と認められるのか、という、ルイジ・ルッソロが、ジョン・ケージが、ブライアン・イーノが、クリスチャン・マークレイが、順に顕在化させていった根本的な問題がその先には待っています。

その系譜にまた一本の竿を突き刺したといえるのが日本人二人組のオプトラム。蛍光灯を改造した自作装置オプトロンを用いて行われるライブパフォーマンスは、まさしく音と光のアートと呼ぶに相応しい強度を誇っていますが、しかしこの演奏をCDにして発表することに、あるいは聴くことに、いったいどれだけの意味があるのでしょうか。

オプトロン奏者の伊東篤宏はもともと美術畑の人です。演奏行為自体がインスタレーション的側面を強くもっているのは自明です。その珍しい装置の奏でる音色自体はしかし、とりたてて新しかったり奇妙だったりするわけではありません。サウンドに関しても、ロック派生のノイズミュージックという体裁から逸脱するものではありません。おまけに、家庭のリスニング環境で爆音以上の大音量を再現できる人はごくごく少数でしょう。

それでも、このアルバムは重要な意味をもっているように思えます。素晴らしいのは上記の点に自覚的なところであり、だからこその『Recorded』というシンプルでありながら奥の深いタイトルが冠せられたといえるでしょう。この音源は『Recorded』以上でも以下でもありえません。

と、これがメディアアート論ならばここで締めてもいいところなのですが、ところが困ったことに、音だけとっても良質なノイズミュージックなのだからこのアルバムは見逃せないのです。オプトラムがこのアルバムを発表した意図はわかりませんが、そこにどういう思惑があるにせよ、その意図を越えてサウンドだけで音楽として評価ができてしまうこと。実は、音楽の強度の真髄というのはそこにあるのかもしれません。だとすると、録音芸術としての音楽が空間芸術としての音楽に質的に勝っている面は、再現性や複製可能性だけでなく、音楽を定義する力もなのだといえるでしょう。

今や、音楽と非音楽を区別する境界線は、直径十二センチの円盤の円周上だけにあるのかもしれません。

 

The Books 『The Lemon Of Pink』

 

連綿と連なる音楽史のなかでも、サンプリングの誕生は有数の事件ということができます。バークリーメソッドの発生やらシンセサイザーの発明やらは、たしかに大きな衝撃を与え、のちにもたらした影響も大きいですが、あえて乱暴にいえばそれは選択肢を増やしただけにすぎません。一方、サンプリングは根本的に音楽というものの捉え方を変えました。パラダイムシフトと表現するに値するのは、長い音楽の歴史でも平均律とサンプリングだけではないかと思います。

サンプリングの誕生がもたらした最大の転換は、作曲と演奏とを完全に切り離したことでしょう。なにひとつ楽器が弾けなくとも、それどころか楽譜が読めなくとも、サンプリングを駆使することで音楽を作り上げることができます。百年前なら考えられないことです。この流れの原初にあるのは、言うまでもなくピエール・シェフェールをはじめとするミュジークコンクレートですが、具体音を音楽のなかに取り込もうという視点の強かったそれに対して、サンプリングミュージックには既製の音楽をも包括してしまう懐の深さ(悪くいえば無節操さ)があります。

クラブミュージック、とりわけDJカルチャーのポピュラー化とともに、サンプリングという手法は九〇年代にかなりのポピュラリティを得るにいたりましたが、そこではブレイクビーツ的な利用か、いわゆる大ネタとしての大胆すぎる利用か、そのどちらかに大別できました。この時点ではターンテーブルも広義での楽器であり、サンプリングというのも演奏行為だということができました。ゆえに、創作への敬意のようなものがあってか、そうした表現性を尊重した形でのサンプリングがメインであったわけですが、しかしそれが、制作環境の発展によってオーディオファイルのカットアップによるサンプリングが簡単になると、様相は一変します。コーネリアスやアクフェンのように、あまりにもデジタルに音を分断し、その断片的なサンプルを整然と並べて真新しい音楽を作り出すということは、今では珍しくも斬新でもなんともありません。

そんな折に世に出された名盤が、このブックスの2nd。今作の重要な点は、インスタントになりすぎたサンプリングのありかたを世に問い直した点ではないでしょうか。

広義のエレクトロニカに当て嵌まるにもかかわらず、約三十七分間のこのアルバムには一般的な意味での電子音はこれっぽっちも使われていません。一聴してそれとわかるシンセ音ともサイン波とも完全に無縁。スピーカーから聞こえるのは声と弦楽器と物音ばかりです。それらによって美麗なメロディーが奏でられるさまは、さながらカントリーミュージック。アナログな手触りの(ときにローファイな)音響がひたすら続いています。牧歌的で穏やかなサウンドは、硬質なダンスミュージックとは対照的といえます。

しかしこれが生演奏で再現できるかといえば、明らかに不可能です。よく聞けば(あるいはよく聞かなくとも)わかるとおり、ここで響いている楽音は生演奏ではなく、生演奏したものをカットアップしてループさせたものがほとんどだからです。シンプルな音であるにもかかわらずついつい耳が引き寄せられてしまうのは、ただメロディーが美しいからではなく、その弦楽器の響きや物音が、フィジカルな直感とは微妙にずれて鳴っているからでしょう。

ここでのサンプリングは、演奏ができないことの代替ではなく、SEとしての利用でもなく、いわば音響的な異化効果を狙ってのものだといえます。アナログな手続きで鳴らされたアナログな音をデジタルな処理で再構成することで、有機でも無機でもない第三の音響を獲得することに成功しました。生々しいのに架空であるという音は、脳に心地よい混乱をもたらしてくれるのでしょう。そして、これは今やエレクトロニカという言葉を説明するときに多用されるロジックでもあり、いわば今作はエレクトロニカという言葉を肥大化させたその張本人であるといえるかもしれません。

今作以前にも、生楽器の音を断片的にサンプリングした音楽はたくさんありましたが、そこには常に電子音や、短すぎるカットアップのような異物がありました。今作のポイントは、純度一〇〇%の素材のみを使って、そこに「ずれ」を生じさせることで真新しい音楽に作り替えた点だと思います。この成功によって、ゼロ年代の音響の可能性はより拡大されたのだと考えることもできるのではないでしょうか。

また、「ずれ」というのは電子音楽の歴史を語る上でも重要なファクターです。ミニマル音楽が音楽として成立するための要素だということもできる、この「ずれ」こそが、音響と並んで近年の先鋭的な音楽にみられる特徴だといえます。社会がそうなっているのと同様に音楽も二極化が進んでいて、よりシンプルかより複雑化のどちらかに寄っているように思えますが、いずれにせよ「ずれ」がその特徴を際立たせるのは間違いありません。その点で、ブックスの音楽はスティーヴ・ライヒの初期電子音楽「Come Out」や「It’s Gonna Rain」の正当な後継ともいえるかもしれません。

 

Taylor Deupree 『January』

 

電子音楽は匿名性の強い音楽だとしばしば言われます。その真偽や是非はともかくとして、時として音楽には匿名的であることが必要とされる場合もあります。たとえば映画音楽。CMやテレビ番組のオープニングなどのための短い曲。さらに短いサウンドステッカー。その他、あらゆるBGMの類は、一部の例外を除いてそこに作家性は求められません。むしろ排除されるべきです。あくまでそこで鳴る音は添え物であり、主役になってはならないのです。

近年は、制作の手軽さ(時間的にも予算的にも)もあってか、そういう場面に電子音楽が使われることが増えていますが、それには匿名性と電子音楽が安易に結びつけやすいことも関係しているでしょう。

さて、そう考えたとき、アンビエントミュージックというものはどう捉えられるべきでしょうか。

ブライアン・イーノの定義に拠るならば、アンビエントとは意識して聴くことも無視することもできる音楽であり、つまりリスナーの匙加減で前景にも背景にもなりうる音だということができます。そういった音に求められるのは、果たして作家性なのか匿名性なのか。それとも安直に両方だという答えでよいのか。さらにそれが、電子アンビエントであった場合、作家性という言葉はそもそも意味をなすのでしょうか。

当初、アンビエントは環境音楽と翻訳されました。しかし提唱から三十年以上が経過した現在、その二つの言葉は厳密にイコールで結ばれる関係にはありません。アンビエントハウスやアンビエントダブの、その理念や機能がイーノの延長上にあると認めたとして、それでもエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works』シリーズは環境音楽とは呼ばれないでしょう。グローバル・コミュニケーションの『74:16』も良質なアンビエントアルバムですが、果たして環境音楽という言葉に相応しい音かというと、素直に首肯することはできません。

片仮名でのアンビエントミュージックという言葉は、その理念の部分だけを膨らませて成長したといえるのではないでしょうか。でなければ、「アンビエント~」のように形容詞化することはできません。そして形容詞化してしまった言葉は、「プログレッシブ~」や「ポスト~」のようにその大元の意味が輪郭を失ってぼやけてしまうものです。結果、多くの音楽がある意味でアンビエント化したのともいえるでしょう。また、アンビエントとは呼ばれない音楽さえもアンビエント的な聴取が可能になったともいえます。

それには、ゼロ年代以降の音楽を象徴するキーワードである「音響」という概念の強化も一役買っただろうと考えられます。なかでも、フィールドレコーディングものやロングディレイものが音楽として広範に認知されるようになったこと。響きを聴くという行為は、極論すれば雑踏すら音楽化してしまうことです(ゆえにサンプリングのインスタント化の功罪は甚大なのですが)。

すると、もはやその音は匿名以前に無名です。なにせ、「アンビエント風」のものならば、良し悪しは別として誰にでも作ることができてしまうのですから。

であるとすれば、良質なアンビエントミュージックとはどういう音楽なのかという疑問が湧きます。アンビエントの記念碑的作品にして史上最高傑作というべきイーノの『Music For Airports』が三十年を経過した今なお強い力を持っているのは、いったいなぜなのか。明確な旋律を持たず、自然と体が揺れるようなリズムがあるでもなく、海のように広がっていくだけの音響に、どうしてあれだけの個性があるのか。

テイラー・デュプリーがオーナーをつとめる12Kは、良質なアンビエント寄りの電子音楽を多く発信するレーベルとして定評があります。レーベル買いをしているファンも多いでしょう。では、そのカタログからランダムに三十秒程度を切り抜いて、さあこれは誰のなんというアルバムでしょうかと質問をしたところで、ファンはそれを区別することができるでしょうか。よほど印象的な部分でもないかぎり、おそらく無理でしょう。

抽象的な音楽について書くとどうしても抽象的な文章になってしまいますが、ここからいえることは、音の個性と作家性は別次元のものなのだろうということです。

今作で聴かれる音も、断片だけ取り出せばなんということもない持続音で、それなりの環境さえ揃っていれば誰にでもそっくりな響きを作ることは可能でしょう。けれど通して聴くと、このアルバムはどこからどう聴いてもテイラーらしい音で、テイラーにしか出せない音であることがわかるのです。それでもしかし、テイラー・デュプリーという名前はこの音楽を聴くときに必要ではありません。

 

Opiate 『Sometimes』

 

九〇年代、産声をあげたばかりのころと、〇〇年代前半、質・パワーともに最高潮にあった時期と、定型化が進みつつある近年とでは、エレクトロニカという言葉の指すものは次第に変化しています。音楽のジャンルを決めるのは最終的にはメディアの仕事ですから、これは、エレクトロニカがジャンルとして定着はしつつも、まだジャズやロックといったような大文字のジャンルではなく、依然として愛聴者以外には漠然としたよくわからないものとして捉えられていることの裏返しだといえるでしょう。

WARPの流れとmorrの流れと、さらにそれを経過したうえで生まれた新たないくつかの流れと、といった具合にサウンド面からこれらを細かく分類することは簡単ですが、いきすぎた細分化はいたずらに敷居を高くすることにもなりますし、その雑食性ゆえに分類法は際限なく存在します。ですからここではもっとほかに音響やらアンビエントやら先鋭的なジャズやらも全部含めて大雑把にアヴァンミュージックと呼んでしまっているのですが、これはまさに木を見るより森を見たほうが適切なケースかに思えます。

そこで今回は、具体的なサウンドの構造や音楽性などを無視して、本稿の表テーマである「音響」のみに着目してみたいと思います。

そもそも最初期のエレクトロニカはIDMの別名のようなものでした。IDMがテクノのサブジャンルであることに異論はほぼないかと思います。すると、この音響的な特徴はテクノのそれをほとんどそのまま受け継いでいて、ではテクノの最大の特徴はなにかといえば、周知のとおりその匿名性にあります。ボーカルレスで、反復を基調とし、旋律を重視せず、シンセサイザとリズムマシンに頼って作られたものばかり、となると、どうしても熱心なファン以外にはその個性が見えにくくなります。よって、ここにおいて個性と呼びうるのはクレジットだけであり、だからこそ変名を多用するアーティストが多く、また、リスナー側もそこに個性を求めていたわけではないという点も見逃せません。

それが、次第にエレクトロニカという言葉がその輪郭を鮮明にし、もはやフロアとは関連づけて語られなくなったことには、名前に対するスタンスの変化が見てとれます。たとえばオヴァル、たとえばマトモス、たとえばレイ・ハラカミ、たとえば青木孝允、そしてこのトーマス・ナックによるオピエイト。一度でも聴いたことがあれば、これらの名前から、われわれは実際に聴くことなしにそのサウンドを思い描くことができます。具体的な曲名を与えられなくとも、まるでシンガーの歌声を想起するかのように、その特徴的な響きが鮮明に甦るはずです。いわば、電子音楽が放棄してしまったはずの個性を取り返した恰好です。

こうした、歌以上に歌うサウンドプロダクションは、電子音楽を真にポップミュージック化したといえ、また、それによって多くのリスナーに音響的聴取の方法を植え付けたことが、現在のこの界隈の音楽の隆盛を形作ったといって過言ではないでしょう。リミックスが活発なのも、従来のテクノ/ハウス的な書法より明確にリミキサーの個性が出て、コラボレーションに近い形になるのが魅力的だからだと考えられます。

そうした時期に発表されたオピエイトのこの作品は、エレクトロニカの名盤はなにかといったときに必ず名前が挙がるという名作中の名作ですが、個性との距離の置きかたにおいても非常にエポックメイキングであったように思われます。

全六曲、トータル二十五分弱のこの小品は、基本的には誰もが想定するオピエイトの音そのものです。サイン波にリヴァーブをかけただけのような音が旋律を担当し、歯車かスイッチかを思わせるカタカタ鳴るグリッチがリズムを担当。曲によってはドラムらしいドラムの音色も入りますが、それも1stアルバム『Objects For An Ideal Form』から一緒。北欧らしい冷たさが全体に漂うミニマリズムが特徴です。

しかし、ただ一曲だけ、この流れを完全に無視した楽曲が収録されています。それは二曲目の「Snow Story」。その叙情的なタイトルもさることながら、サウンドもそれ以上に叙情的で、弦楽器(実際に弦楽器かどうかはともかく)のメランコリックなループにフィールドレコーディングされたさまざまな素材がかぶさっているという、FatCatやTomlabといったあたりのレーベルを髣髴とさせるようなアコースティックな手触りは、リミックスワークも含めて明らかに彼の作品群では異色です。

にもかかわらず、付記しておきたいのはこの曲の人気の高さ。そもそもこの種の音楽は、トラック単位ではなくアルバム単位で聴かれることが常でありますが、この曲だけはタイトルもメロディもしっかり頭に残っているという人が多いのではないでしょうか。ともに覚えやすいから、というだけの理由だと片付けることもできるかもしれませんが、いずれにせよ、オピエイト史上最もオピエイトらしくない楽曲がオピエイトの代表曲になっているという状況は、ポップミュージックの枠組でエレクトロニカ/音響を捉えようとするときに、非常に重要な観点になってきます。

一音一音に名前を刻み込むことでその名を轟かせたにもかかわらず、この曲では再びそれを放棄した形ですが、ここにおいては、けっして匿名性が戻るわけではありません。もはや個性は充分に認知されたあとだからです。語弊を承知で大雑把な例を出すと、「勝手にシンドバッド」で名前を認知させたあとに「いとしのエリー」を発表したサザンオールスターズのようなもので、意外性も込みで評価が高くなっている側面もないとはいえないでしょう。そして、それと同列に語りうるということは、個性を再獲得して再放棄した時点で、エレクトロニカはポップスなのです。

この傾向は〇三~〇五年ごろに顕著でした。すでに地位を確立しているアーティストが違ったアプローチを見せ、そしてそれが名盤になるというケースが非常に多く、個人的にはこの時期がエレクトロニカの畑が最も豊饒だった時期だったと思っています。と同時に、よくいわれるように、もはやその豊かさは相当損なわれているようにも思えます。

以後、ろくに個性もないくせに毎度違ったアプローチばかり試みてわけのわからなくなってしまっている凡庸なものが量産されました。これには、もう大部分のアプローチはやり尽くされてしまっている、という面も無視できませんが、その議論はまた別の機会に譲るとして、このシーンが個性を再び失い、しかし今度は匿名性ではなくただの没個性になりつつある現状を見るに、音楽と音響をめぐる歴史のなかで、この作品はひとつのメルクマールであると思うのです。

 

Davide Balula 『Pellicule』

 

巷間よくいわれるようにゼロ年代が音響の時代だとして、それではそのディケイドにおいて音韻情報はどのような位置づけであり続けたか/あり続けるのか。

無について語ることが常に有について語ることであるように、座標軸の両端のパラメータは相互に干渉し合う宿命にあります。不可分であるというような大前提の話にとどまらず、音響と音韻がある意味において対立概念であることを忘れてはいけません(同時に、共存する概念でもあります)。

こと日本のメジャーシーンのポピュラーミュージックにかぎれば、九〇年代前半~中盤は疑うべくもなく音韻の時代でありました。パズル的・積木的な操作によってミリオンヒットを連発することが可能であり、カラオケがそれまで以上に大きな意味をもつことになり、その時代の要請に請われてか壊れてか道を誤ることになった音楽関係者も数知れず、記号によって狂騒の時代が形作られた点は特記すべきでしょう。あの時代に世間を騒がせた音楽について、僕はほとんどを空で口ずさむことができますが、冷静に考えなくともこれはただごとではありません。

しかしそれは図らずも、音韻情報のひとつの限界を広く示した恰好にもなりました。九〇年代末以後のメジャーシーンが和製R&Bや和製ヒップホップ(あくまでもトラックメイキングからスタートするのではなく、ソングライティングの先にブラックミュージック風のアレンジを施しただけの「和製」)に染め上げられたのがそれを象徴しているでしょう。

では、そうして使い古された音韻は音響に劣るのでしょうか。というと、そんなことも決してありえないわけで。

これは工業品としての旋律に賞味期限がきたというだけの話であり、音響偏重の時代においてはますます音韻情報のもつ強みが際だったはずです。それはスイカに塩を振るようなものかもしれません。

たとえばビョークやデイヴィッド・シルヴィアンの作品に顕著なように、一般的には到底メロディを乗せられないような実験的なトラックであったり即興的なトラックであったりに、無理矢理メロディを乗せ朗々と個性的な声で歌い上げること。そして、それでその音楽がポップスとして成立してしまっていること。われわれはここから、「うた」と「旋律」の強度を厭でも思い知らされます。

音響的に完全に自立している歌は、耳馴染みのよい大量消費音楽以上に歌声のもつ力を発揮し、そのバックグラウンドで鳴り続けている過剰な音響をおも伴奏化することに成功し、音響と音韻の真なる共存を果たすことができるのです。音韻的であることと音響的であることが相互依存によって成立し、また、相互依存せずには成立しえない、音がデータとして扱われる時代に相応しい音楽が、そこにはじめて誕生することになります。伴奏がただの背景でなくなり、歌がただの前景でなくなったその瞬間、音楽は太古のように、ただそこで鳴り続けるものへと還ったのです。再現性よりも唯物性を求められた音楽。

上手/下手以前の問題として歌声は十人十色であるゆえ唯一無二に素晴らしいのだ、というようなことを言ったのはかつての坂本龍一ですが、ここ十年における音響的聴取への意識の高まりは、結果として「うた」をいわゆる「歌唱力」以外の基準で捉えることを広めたという一点において、非常に有意義であったと思います。

造形アーティストであるダヴィデ・バルラの音楽は、ジュリアン・ロケをはじめとするフレンチ・エレクトロニカの一派だといえますが、特徴的なのは多分に音韻的なことです。ロケ同様の緻密なサウンドプロダクションもむろん見事ではありますが、そのうえにギターと歌声が奏でる旋律が被さることで、ポップミュージックの形を更新したといえます。コラージュ然としたサウンドは決して特定のメロディを指向しませんが、その無数の可能性の枝から選りすぐられた旋律が、正規の旋律として記録され、プラスチックの円盤として世に出たことは、軽視されてはなりません。

たとえそれが、多少なりとも楽理を囓ったことのある人間であれば容易に思いつくだろう旋律であったとして、その声でその旋律を歌い上げることができるのは地球上にたった一人しかいないのです。その声によって獲得された旋律の強度は揺らぐことはありえず、それどころかわれわれがCDプレイヤーの再生ボタンを押すたびに強化されてゆくのです。

片一方に寄り添うことをせず、音韻と音響の双方に支えられてこの音楽は成立しています。そして成立し続けます。音楽が単なる物理的波形の集合ではなく、ひとつの芸術のありかたとしてその名を得たというこ意味は、こういう作品が存在することによってより強化されてゆくのでしょう。その意味では、バルラが音楽家でないからこそ生まれた音楽ともいえるかもしれません。音楽が録音芸術の総称として用いられることが許容されるならば、あらゆる音楽のオリジナリティは原理的に保証されることになるのですから。

存在したかもしれない無限のメロディの可能性に想いを馳せつつ、ここに存在するただここだけの音に耳を澄ますこと。音楽という言葉を支えているのは、もはやこの意識的な聴取行為だけなのではないでしょうか。

 

RYOICHI KUROKAWA 『copynature』

 

コンピューターによるインスタントな編集が可能になったことで音楽は誰にでも作りやすいものになった、というのはここでも何度か指摘していますが、それは音楽だけに限った話ではありません。ハードウェアの強力化とソフトウェアの進歩によって、グラフィックも映像も建築さえも、あらゆる表現行為の敷居は飛躍的に低くなりました。また、あらゆる表現行為は相互に重なっている部分が少なからずありますから、近年の先鋭的な芸術家にジャンルを横断して活躍している人が多いのは当然の理だといえます。

そこで注目されるのは、非音楽家による音楽がどういった形をとるかという点です。

九〇年代半ば以後、先進的な音楽に新たなムーブメントを作り出してきたのが、実は音楽家を出自としない人たちの作品であったことは、よく指摘されます。ここでもこれまでに映像やデザインを本業としているレモン・ジェリーや美術畑出身のオプトラムなどを取り上げてきました。

従来べつのものだと考えられてきた音楽とサウンドアートと効果音との境界が曖昧になってきたことには、単に聴き手の音響への意識が強くなったという点だけではなく、作り手がコンピューター処理によってあらゆる音を等価なものとして扱うことをごく自然な行為として捉えるようになった点も無関係ではありえないでしょう。むしろそれによって音響への意識が強化された面も強く、それらが相互に影響し合って現在の状況が生まれたとも考えられます。

たとえば映像作家が自分の映像のためのBGMを自分で作ってしまうという行為。それは音楽という意識で作られてはいないかもしれませんが、今われわれはそれを音楽として自然に受け容れます。映像作家兼音楽家という肩書きを持つ人を有名無名問わず数えればきりがないでしょう。それでいながらその音は、本来は音だけで完結しているものではありません。CDからは読み取ることのできないもうひとつのパートが存在していて、けれどそのパートはごっそり抜け落ちていて、だからこそ音楽家の作る音楽とは違った響きが感じられて評価されることが多いのだと考えられます。巷に溢れるさまざまな音楽からひとつのパートだけを丸々削ることを想像してみれば、そこに得も言われぬ違和感を覚えるのは当然でしょう。

映像作家・黒川良一の音にも、特有のずれのようなものがあります。音色面だけでいえば特に目新しくもないグリッチ/ノイズ音響で、似たようなものは後にも先にも大量に存在します。しかし、その手の音を集めたコンピレーションアルバムのなかにあってもはっきりと峻別できるだけの個性がたしかにあるのは、あくまで映像が本業だからだろうと思えます。当時、本人もインタビューで音楽家としての意識はないと語っていた記憶があります。このアルバムは、ジャパニーズエレクトロニカ黎明期を支えたPROGRESSIVE FOrMからのリリースでしたが、如実に似た傾向の音ばかりを発信していた初期PROGRESSIVE FOrMのなかでも、たしかに一際異彩を放っています。

これこそがラスターノートンとオウテカとを繋ぐサウンドに違いない、と当時からずっと個人的には思っているのですが、想像以上にあまり評価されていないのも、もしかするとその属性の与えにくい個性ゆえかもしれません。あるいは、daisyworldから発表された次作がさほどの出来映えでなかったことが影響しているのかもしれませんが、今からでも一人でも多くの人に聴いてもらいたい作品です。視覚と聴覚の「ずれ」の、その隙間にある知覚はこんなイメージかもしれません。

 

Vincent Gallo 『When』

 

近年の音楽制作環境のコンパクト化→プライベート化は、音楽を作ることの敷居を低くしたのだと書いてきましたが、もう一点重要なことに、音楽から「完成」という概念を消し去ったことが挙げられます。これも前者同様、功罪相半ばする現象なのですが、これは、音楽の形が変化したことを如実に語っているともいえます。

音楽はなにをもってして完成を呼ばれうるのか。ここには録音技術が誕生した時点でひとつの変化があり、アナログレコードが普及した段階でまた変化があり、さらにはCD登場によってもう一捻りの変化がもたらされました。

近代的な作曲様式が成立して以降に限定すると、長いあいだ音楽は、作曲者が五線紙のうえでペンを止めた瞬間に完成をみたはずでした。それが印刷され頒布されてくいく過程は二次的なものに過ぎず、演奏行為さえもそれを具現化する再生機でしかありません。たとえ音が聞こえなくとも、作品は紙の中で完成しているのです。これは、レコードが生まれても当初は同じでことでした。紙がポリ塩化ビニルに変わり、オーケストラがターンテーブルに変わっただけのことで、違うのは、再生装置による音の差異が極端に小さくなったことぐらいです。

それがいつしか主客転倒し、録音された状態が作品の完成形であると見なされるようになり、さらには即興録音を編集して再構成したものが作品であると主張されるようになると、作曲という概念は従来のものから大幅にその外枠を拡大することになり、無尽蔵に存在する編集可能性に一応のピリオドを打って「完成」を宣言することは、作曲者の権限ではなく予算と締め切りの問題となりました。そもそもここにいたっては、作曲者という言葉のもつ意味さえぶれてきます。

こうした、一見するとここ数年の現象かに思えることが、実は三十年以上まえの段階で露見していたことは、ゼロ年代の音楽を語るうえで押さえておくべき事実でしょう。

さて、しかし、そんな大昔から見られた話がここへきてなぜ重要なのかといえば、その理由は先述の敷居の低さにあります。これはつまり、締め切りに縛られないアマチュア/セミプロであれば、音楽を完成させるきっかけを喪失してしまったということでもあるからです。機材のコンパクト化/低価格化によってすでに予算的制約は取っ払われていますし、プライベート化の最たる形態であるオールインワンのラップトップ環境下ではソロで制作している人が大多数でしょうから、バンドメンバーからの突き上げも期待できません。さらに、磁気テープを物理的に切り貼りしていたころとは違って、やり直しまでもが無限にできてしまうのです。これでは、趣味で一人で音楽をやっているような人間は、完璧主義であればあるほど、いつまで経っても作品を完成させることができなくなってしまいます。

つまり逆説的に、そうした現在において、締め切りがあるでもないのに完成させられた作品は、非常にハイクオリティであることが期待されます。

というわけでヴィンセント・ギャロの、ソロ名義では初の、そして現在のところ唯一の、オリジナルフルアルバム。

俳優であり映画監督であり画家であり……と、語り始めるときりがない、現代サブカル/アート界隈の最重要人物といえるギャロですが、このアルバムはまさに、世間一般のイメージどおりのギャロが詰まったアルバムです。薄暗がりのなかで黙々と録音していったようなサウンドは、寒々しい音像を浮かべさせ、そこにか細いボーカルが乗るにいたっては、北欧の音響派と絡めて語ると非常に興味深い議論ができそうな代物。朴訥なソングライティングと、ビンテージ楽器の音色が織りなすこの音は、果たしてまごうことなくゼロ年代を代表する名盤のひとつです。

もっとも、この作品は、素材をずたずたに切り刻むようなポストプロダクションとは無縁です。自身のコレクションであるビンテージ楽器をシンプルに鳴らし、シンプルに重ねているだけ。しかし、それらが元来もつ豊かな音響を最大限に生かし、直径十二センチの円盤に閉じこめるために費やした労力が、並々ならぬものであることは、聴き込めば聴き込むほどに納得できることでしょう。機材の発達は、生楽器の生の音の録音にさえも、人を偏執的にさせてしまう欲望を生んだのでした。もちろんこれは、音響的な音楽の流行と相関関係にあるといえるでしょう。こう捉えれば、この作品があのWARPレーベルから発表されたことも少しも不思議ではありません。

そもそも元を正せば、原初的な民族音楽に、パッケージとしての「完成」など存在しないわけです。すると、原始の音楽から最も遠い技術力によって原始の音楽に帰った、と考えることもできるでしょう。

 

安東ウメ子 『IHUNKE』

 

広義の民族音楽/ワールドミュージックの流行は過去に何度かあり、今や小さな町のCDショップにさえ小規模ながらワールドミュージックコーナーが設置されているのもなんら不思議でない状況にあります。その傾向は、陳腐な言い方をするならば、リスナーの趣味の細分化およびインターネットによる情報の深化によって、今後も顕著になる一方でしょう。

では、その享受のされ方は果たして不変といえるのでしょうか。

アイヌ音楽の第一人者にして二〇〇四年に世を去った安東ウメ子のこのアルバムは、従来の民族音楽論考の枠内では批評の対象とされにくかった問題に大胆に切り込んでいる点で、それ自体が非常に批評性の高い作品ともなっています。

すなわち、「民族音楽のCD」というものはいったいなんなのかということと、それに対するリスナーの態度はどうであるのかということ。

日本における民謡の現在を考えればわかるように、民族音楽は一般に伝統芸能として扱われ、また、それは太古の状態を保存することをよしとされる風潮にあります。たまに突飛なアレンジを加える者が現れても、ただの異分子として扱われて大勢に影響はありませんし、事実、その異分子たちもただ突飛なだけで道化の域を出ないものがほとんどです。伝統芸能の分野ほど、送り手も受け手も保守一辺倒な世界はないでしょう。

むろん伝統を守ることの意義は大きく、けっしてそれは唾棄されるべきものではありません。ただ、伝統を受け継ぐことと大昔の形式に固執することが等号で結ばれるものかというと、それは疑問です。そもそも伝統というものは歴史の横に添い寝し続けることで育まれるものですから、ただの逸脱は論外にしても、受け継がれるなかで歴史の変化にあわせて形を変えていくことこそが自然な形といえなくもありません。

ここではその点についてはこれ以上言及しませんが、ともかく、多くの伝統芸能がその保守性によって、現在的なものと大きく乖離する形式をとっている、というところがポイントです。いわばフィクション。

そんな民族音楽をおさめたCDというのは、もともと生活の知恵として生まれたはずがすっかり土産のためだけの工業品になってしまったような民芸品と似ています。それを愛好する人間というのは、神秘主義的で土着的で垢抜けなくて、といった付加情報に惹かれている部分が強く、ファッションとしてのエスノ趣味の延長だと考えても問題ないでしょう。旧来的な民族音楽ファンの八割はこれだ、といいきるのはさすがに過言でしょうか。

ゆえに民族音楽はありのままの録音が好まれてきました。現実に録音素材をそのまま流通にのっけることは考えられませんが、少なくとも愛好家たちの信じるリアリティを損なわない範囲でのサウンド処理をすることが必要でした。過剰なアレンジや洗練されすぎたミキシングなどは極力排除され、そうしたことをしたい場合はもっと徹底的にポップな姿にして狭義のワールドミュージックとして提示されることがほとんど。

ところが、この安東ウメ子のアルバムは非常に音響に意識的に作られているから事件だったのです。イフンケ=子守唄というタイトルの示すとおり伝統的な歌がメインですし、伴奏に使用されている楽器もムックリはじめ伝統楽器ばかりで、けっして伝統から逸脱しているわけでも軽視しているわけではありません。むしろ忠実といえます。

しかしスピーカーから聞こえる繊細な音の配置、緻密なダブ処理、鮮明な音像、といった点をあげるとまるで音響系作品の解説かのようですが、サウンドだけとればまさにその手のもので、フアナ・モリーナやアレハンドロ・フラノフに混ぜて流しても違和感なく響きそうです。二十一世紀製のポップミュージックだといわれても信じてしまいそうです(もっとも、ある意味でこれは間違っていません)。

突飛なことや奇抜なことをしなくとも民族音楽がこうまで新しく響くのだという事実は、音響の時代と呼ぶにふさわしいゼロ年代初頭の空気を如実に反映しているといえます。そしてまた、その空気があったからこそ、この作品が広く受け容れられる土壌もあったのでしょう。

もちろんこれは安東ウメ子自身というよりプロデューサーのOKIの手腕なのですが、「うた」の力があればこそとれる方法ですから、やはり安東ウメ子のアルバムでなければ駄目だったと思います。これは表層的なアプローチの問題というより、意識の問題です。伝統音楽は過去のものなのではなく、連綿と受け継がれていくものだからこそ、そのときそのときの音で記録すべきだという、その意識がなければ、このアルバムもありきたりなエスノ趣味を満たすだけのものになっていたことでしょう。

本来それだけでも大事件なのですが、しかもそれが、伝承が困難になりつつあるアイヌ音楽のCDでなされているということは二重に重要に思えます。

近年の音響寄りのポップスで民族音楽が多用されることと、コノノ№1のような突然変異的アフリカ音楽が同時多発したことと、そしてこのアルバムとは、出力のベクトルこそ違えど、根は同じ部分にあるのではないでしょうか。

音響的な聴取という態度はあらゆる音を等価にすることですが、民族楽器のシンプルな構造はより音そのものに聴く者を集中させやすく、また、民族音楽は基本的に構成がミニマルであることも、音響的聴取に適しているといえます。このCDはこの時代でなければ生まれえなかった録音芸術だと思います。

 

Björk 『Vespertine』

 

起源を辿れば高速化したカントリーミュージックでしかなかったはずのロックが、その二十年後にはプログレからパンクまで大きな振れ幅を持つようになっていたように、エレクトロニカという言葉もこの十年あまりで当初からは考えられないほど肥大しました。

初期のエレクトロニカが指すのがIDMとニアリーイコールだったのに対し、現在では、IDMのD(=ダンス)の部分が欠落し、デジタルな音響処理が施されており多少なりともエクスペリメンタルなものであればすべてエレクトロニカと呼ばれる状況があります。広義にはムームもフェネスもロイクソップもパンソニックも末期スーパーカーも全部エレクトロニカ。

これは、それだけエレクトロニカという言葉が便利であるということであり、また反対に、広義のエレクトロニカにはそれだけの懐の広さがあるということでもあるでしょう。

多く指摘があるように、ゼロ年代のポピュラー音楽における音響偏重の潮流は、レディオヘッド『Kid A』とビョークの今作の二作品によって決定づけられたということができます。しかし、ロック側からの評論ではこの二作を並置している例が多々見られますが、それは乱暴だろうと僕は思うのです。

たしかに共通項も多いことは多いです。(1)電子音を多用し、(2)従来のポピュラー音楽の地平から見れば非常に実験性が強く、また、双方ともに(3)リリース時点で実績も人気もある世界的なミュージシャンだった、ということ。おそらく、リリース当時にこの二作を関連づけて語った人間の頭には、過去にビョークとトム・ヨークがデュエットをしていることが擦り込まれていたからだろうとも考えられます。

ですが、実際には、この二作品はそれぞれ独立した文脈で語られるべき音楽的背景を持っていると思います(もちろん関連が皆無ということもないでしょうけれど)。(2)と(3)の特徴については外部からの視点抜きには成立せず、作品そのものに内在する特徴とは言いがたく、また(1)については大雑把すぎます。たとえば、ピアノを効果的に使用しているというだけの理由でビル・エヴァンスとX JAPANを同列で語ることが無謀なように、電子処理された音響が印象的だというだけで『Kid A』と『Vespertine』とを同じ括りに入れるのは、冗談のようなものです。

両者の差を端的にいえば、『Kid A』のような音のアルバムはレディオヘッド自身の作品を除いてほかに見当たらないけれど、『Vespertine』と似た音のアルバムは探せばいくらでも見つかるという点。
『Kid A』は、やはりロックバンドの手法なんですよ。音色ごとの役割が明確に分離されているものがほとんどだし、西洋音楽の基本からの逸脱も数えるほど。点で見ると斬新でも線で見るとオーソドックス。あくまでバンドの一編成としてデジタルでのオーディオ編集を取り入れた形だと考えるのが妥当です。新しい音楽を自分たちなりに解釈して消化した結果の音だからこそ、ほかにはない音でありながらポップだという境地に到達できたのでしょう。

それでは『Vespertine』がただの真似事なのかというと、そんなことを言いたいのではなくて、ビョークには個性的というにも個性的すぎるほどの声があったから、サウンド面をポピュラーに摺り合わせる必要性が最低限で済んだのではないか、ということ。マトモスのトラックもトーマス・ナックのトラックも、ビョークのボーカルが乗ればそれはビョークの曲になってしまうのですから。

これは優劣の問題ではなく、単にバンドとシンガーとの制作スタイルの相違によるものでしょうが、その点において、今作のほうがエレクトロニカそのものを周知させる役割は大きかったのではないかと思います。また、『Kid A』がフィーチャーしたのがエレクトロニカの無機的な面であったり冷たさであったりした(従来のテクノをはじめとする電子音楽全般にもたれていたパブリックイメージどおり)のに対して、『Vespertine』でのそれは北欧系というタームに代表されるような有機的で暖かみのある音だった(全部じゃないけど)、ということも、以後に与えた影響はことのほか大きかったのではないでしょうか。

 

Chris Clark 『Empty The Bones Of You』

 

電子音楽がその長い歴史のなかで放棄した記名性を、数十年ぶりに取り返したのがエレクトロニカであるとして、再びそれを放棄することにどれだけの可能性を見出すことができるのでしょうか。

過去、テイラー・デュプリー『January』およびオピエイト『Sometimes』の二作において、電子音楽と記名/匿名性について論じてきました。匿名的であるがゆえに発展した90sテクノと、個性を刻印したことで発展した00sエレクトロニカ。この両者はそのシーンの性質が異なるため、単純に「匿名から記名への移行だ」ということはできませんが、来るべきテン年代に勃興するかもしれない/しつつある新たな潮流を予測するという点では、意義のある比較だともいえます。

テクノ→IDM→エレクトロニカの流れを考察するうえでWARPレーベルは外せません。エレクトロニカという言葉に凄まじい強度を与えた張本人であるエイフェックス・ツインのその音が、現在の感覚ではエレクトロニカという言葉にもうひとつしっくりこないこと。これが電子音楽史のなかでのWARPの立ち位置をなにより表しているように思えます。

そんなWARPからのリリースのなかでも、ヴィンセント・ギャロ『When』と並んで〇〇年代前半の最重要作といえるのが、このクリス・クラークの2ndアルバムではないでしょうか。

今作で印象的なのは、なんといってもその階層的ともいえる立体感。一曲目「Indigo Optimus」が象徴的で、冒頭から静かに鳴るパッドがまず深い奥行きと左右への広がりを示したかと思うと、それを切り裂くように突如ソリッドなビートが出現し、地面に矢を突き刺すようにリズムを刻んでゆきます。音場のなかで、垂直方向と水平方向の出し入れがともに明確に意識されていることが聴き取れるはずです。

これは、強いビートをもちながら、それを単なるダンスのためのガイドステッキとして扱うのではなく、ビート自身のもつ音色と音程を顕在化させることに成功しているのだと言い換えることができるでしょう。優れた音楽には無駄な音はただのひとつもなく、あらゆる音に「歌う」ことが可能なのだと改めて宣言した恰好です。

そしてこのことで、一部のアブストラクト・ヒップホップとエレクトロニカの垣根が一気に取り壊されたようにも思えます。フロアともストリートとも一線を画す場所でリズムが再定義されたことは、非常に大きな事件でした。
『When』が概念的に「音響であること」を問い直した作品であるとするならば、こちらは技術的にそれを指向した作品といえます。

二〇〇一年の1st『Clarence Park』には散らかった印象がありました。雑食的な面白さという点ではあちらのほうが上かもしれませんが、当時起こりつつあったさまざまなムーブメントをなんでもかんでも取り入れてみたという感は拭えず、この悪ふざけ具合は、テクノの匿名性を彷彿とさせます。

一方この2ndは、アルバム全体を緊張が覆っており、ストイックゆえ肌に合わない人もいるかもしれませんが、当時のWARP勢と比べても聴覚上識別できるだけの個性を手に入れました。多くのエレクトロニカアーティストが、独自の音色を武器にすることで自分の色を塗りつけていたのと対照に、クリス・クラークは平凡な音色ながら立体的な音の構成法でそれを成し遂げたのでした。

この作品に出会ったとき、パルス/グリッチ/テクノイズ周辺とポピュラー側とを繋ぐミッシングピースはこれだったのかと非常に興奮したものでした。そして、今後はこういった音がまたひとつの流れを作ってゆくのだろうと感じたのでした。

ところが彼はその後、ファーストネームを削って「Clark」という、非常に検索のしづらい名に改名しました。ブロードバンド普及以後、検索に出づらい名前というのは、実質、匿名性の付加とニアリーイコールであるといえます。Clark名義で発表された作品はいずれも高いクオリティを維持していますし、相変わらず音色は同じようなものをメインに使っていますが、あの歌うビートは影を潜めてしまいました。おそらくこれは、コンスタントに作品を出し続けるための選択であったように思うのですが、その判断が正解であったかどうかは、歴史にしかわかりません。

2015年8月14日公開

作品集『上限のない電波塔』第4話 (全5話)

© 2015 アサミ・ラムジフスキー

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