現在。
酔いしれて骨折をばし入院している身で有り、自身の生涯を鑑みる事もある。文芸愛好家として他人に「貴方は誰に影響を受けましたか?」と云われたら即、答えるならば「遠藤周作と檀一雄」と述べる。
遠藤周作が生誕百周年で、コソっと文学館が有るナガサキでは話題になっているが所謂、中央の文壇からは全く話題を聞かぬ。2ヶ月くらい前、その文学館に寄贈されていた原稿用紙から「未発表の新作が有った!」で文學界か何かに載せて後は単行本にする! の話題は観た。然し遠藤周作くらいの文豪ならば扱いが低い。コーヒーを淹れよう。
遠藤周作の作品の感想を聞かれたとすれば僕はただ、カトリック問題を含めて「誰よりも真摯な反逆者なる作家」しかない。彼が何故、あれだけ世界で知名度があっても(←リアルタイムでは非ず)ノーベル賞候補すら、ならなかったのか? は彼の作品を或る程度、読んだ人には判るだろう。兎に角、僕を筆頭で良い「識ったかぶりの文論は自慰行為でしかない」
角力灘を望む遠藤周作文学館には自身、暇があれば良く通っていた。コレからは檀一雄チックに私事の適当なる文章になる。
全く興味がないだろうが私は帝都からナガサキに「おかえりなさい、山谷さん!」扱いから十数年。ソコで、現在まで三人の女性と暮らした。私は、その全ての女性をファースト・ボディトークする前に、遠藤周作文学館に誘っている。所謂、この感覚にも付きあって呉れる? なるゲリラ的な、御涙頂戴である。そこで理解した事は矢張り、遠藤周作に捧げないとならぬから下策→海が綺麗だね〜で流す。中策→週末の夜は俺に呉れないか? をぱくる。上策→遠藤周作が寄贈している彼の書物を黙々と読むのをペインとしない女性。そうした女性に出逢ったら、君等は幸いだ。
ルンペンハウスから入院している私の、落ちぶれた境遇から延べて置く。二年前まで来ていた遠藤周作文学館からのハガキも最早、届かない。
そう、いずれにせよ遠藤周作の名を借りて「ルンペンになり果てて最早。少しの地方文壇の招待状も無いか!」 なる泣き言だけであった。
「人間は、そんなに苦しくない。海もそんなに蒼くない」
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