『デートに遅れそう』

本宮ふみ

エセー

1,176文字

身内で『時計』をテーマにした同人誌を作り、それに寄稿したショートショートです。

デートに遅れそう。

僕はスマホを見つめながらその場で動きを止めてしまった人々の隙間を縫って歩く。

通りがかりに転びそうな老婆を助け、車に轢かれそうな猫を助けた。

しかし、これ以上時間に手を加えてはならないのかもしれないと、僕は走った。

 

僕以外にこの街で今動ける人はみんな腕時計をしてた。

僕は走ってる間、そんな共通点に気づいた。

みんな僕より年上の人か、同い年ぐらいのビジネスマンが多かった。

息を切らし、信号待ちをしていると、

「若いのに感心だね、会社勤めかい?」

僕は突然の他人の問いに焦り、

「今日はお休みで……恋人とデートの約束をしているんです。」

と少し嘘をついた。恋人はいるが僕はまだアルバイトで精一杯だった。

街は静かに混乱状態を招いていた。なんてことだ。

救急車を呼ぶようなことでもないが、スマホを持ったまま立ち止まった人々の目の奥は暗く、それでもゾンビなどではなくしっかりと人間の姿をしていたので僕はこの事態から目を逸らしたかった。現代人は電車の移動中もスマホを常に握りしめ、吊革もろくに掴まない。時間はみんなスマホの時計で確認していた。今日は一体どういうことだ。

しかし、僕は恋人を渋谷で待たせていた。僕はその恋人が心配でたまらなかった。しばらく進むと渋谷のアルタ前の信号の向こうに恋人の姿が見えた。

 

「待たせてごめん。」

「いいの。着いたよって連絡しようとしたら、ちょうどスマホの充電が切れちゃって。ごめんね。」

恋人は偶然にもこの事態から逃れ、無事だったようだ。

「今は何時なの?」と恋人が訊ねて来たので僕は自分の腕時計を見た。

すると僕の時計は66:66分という狂った数字を表示して点滅していた。

「……まずい、これは僕のせいかもしれない。」

僕は彼女を引き連れ、古くからあったであろう小さな家電屋に駆け込み、電池を変えてもらうことにした。

店主のおじいさんは老眼鏡を掛け、震える手つきでドライバーを握った。

一向にネジ穴にドライバーが刺さらず、僕はゴクリと喉を鳴らし、額の汗を拭った。

「そのドライバー、少し貸してただけませんか?」

僕は店主のおじいさんからドライバーを借りて自分で時計の裏蓋を外し、新しい電池を入れ直した。

その瞬間、街は再び動き出した。

彼女が「こんな怖い思いはもうしたくないわ。」と言うので、僕はカシオのシンプルな腕時計をその場で買ってあげた。僅かなデート代しか入っていない財布だったけれど、彼女にはここまで付き添ってもらったお礼とこの店の店主にお礼をしたかった。

「ごめん、高いものではないけれど。」と僕が言うと彼女はほっとした表情で笑った。

「…宝物にするわ。」

 

ジリジリジリ……と布団の中で目覚まし時計のくぐもった音が鳴っているのに気づいた。僕は目を閉じながら音の先を探った。そして僕は飛び起きた。

「デートに遅れそう!」

2022年5月2日公開

© 2022 本宮ふみ

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