YouTuberになってみた! その4

千本松由季

エセー

5,659文字

「破滅派」の合評会2021年11月のテーマが「YouTuber」に決定した。どうしようかな、と考えて、なんと私がYouTuberになることに決めた。今回は推敲について。4回分お届けします。
3年前、情熱にかまけて書いた作品『七年間中二病の俺とピアノに住んでる蝶』を徹底的に推敲してみた。

 

まず、全部で1時間のビデオを4つに分けてお届けし、それから推敲のできあがった小説『七年間中二病の俺とピアノに住んでる蝶』(約5,000字)を掲載します。

 

私のYouTubeチャンネル「百年経っても読まれる小説の書き方

 

みんなでチャンネル登録をしよう! いまだに登録者は9人。10人になったら盛大にお祝いをしようと思う。

 

それにしてもこんなビデオを観る人って誰だろう。よっぽど暇な人か、よっぽど真摯に小説家になりたい人か、その両方か、だと思う。

 

 

 

 

『七年間中二病の俺とピアノに住んでる』

 

清潔過ぎるツヤツヤのリノリウムの床。壁に掛かってる安っぽい花の絵。あんな絵、ない方がずっといいと思うけど。

「優樹、いつも時間通りにちゃんと来るのに、先週はどうした?」

俺の精神科医。若造でインテリぶってて嫌味なヤツ。まあ、世話にはなってるけど。

ほんとのこと言うつもりじゃなかったけど。

「忘れたいこといっぱいあり過ぎで、寝るしかないな、ってなって。でも眠れなかったから薬飲んで飲み過ぎて、五日後に起きちゃったからまた飲んで、それから今朝まで三日間寝てました」

なにをどれだけ飲んだか聞かれて、別にどうでもいいや、って思ったから正直に話して、入院させる、って言われたからそれは全力で断って、そしたらドクターはこういう意見を述べた。

「君が前言ってた、自分はまだ中二病なんだって。あれ、本当かも知れないな」

よくそんなこと覚えてるな。俺ですら言ったことすっかり忘れてた。

それにしても、こんなとこに入院したって周りはみんな鬱陶しい鬱病だから、よけい具合が悪くなる。なんの意味があるのか分からない。

「優樹はなん年中二病やってることになるの?」

指折り数える。

「七年です」

 

中二病。自分の居場所が見付からない。十八の時、家の電気製品を全部破壊して、野球のバットで大型テレビを壊した時は気持ちよかったけど、冷蔵庫や洗濯機をやるのはちょっと難しくて、ついでに二次元オタの妹のパソコン粉々にして、追い出されて、このマンションをあてがわれた。

遠くなって、病院も変わった。他のことにはなんの未練もないけど、どうしてもピアノが弾きたい。時々そう思う。切なくなる。家にはいいグランドピアノがある。

……もうどうでもいいけど、そんなこと。

 

最後に入院した時。酷い鬱病のせいで幻視と幻聴があって、白い子ネコと黒い子ネコが床を走り回ってて、こんなにはっきり見えるし聞こえるのに、他の人には見えないし聞こえないって分ったら怖くなった。「このネコどっから入って来たんだろう?」って聞いたら、隣のベッドの大学生が「なんにもいないよ」って。人間の子供みたいに笑い声を上げて。お互いの尻尾を追いかけ回して。ほんとに速い時は、白と黒が混ざって、グルグルするグレーの輪にしか見えなかった。消灯の時間になると、そいつらは俺のベッドの下にいて、ブツブツ話し声がして、クスクス笑い声がして、俺はなかなか眠れなかった。

 

知ってるやつのいない新しいバー。ネットで調べて。わざわざ遠くまで電車に乗って。男しかいないバー。それが俺の遊びで。

カウンターに座った。もう混んでもいい時間なのに、カウンターには俺だけだった。気が付くと、天井の小さいライトが一つ俺の方を向いている。ほんとなら、きっと酒のボトルや、吊るしてあるグラスに当たるはずの、鋭い真っ白なスポットライト。こんな暗い路地にある隠れ家みたいなゲイバーなのに、なんでだろう。店全体の照明が俺には明る過ぎる。俺は夜行性の動物だから。席を変わろうかな、って思ったけど立つのが面倒だからカウンターに肘をついて両手で顔を覆った。

 

あの時、二匹の子ネコが病室の床を走り回ってた時、それが急に立ち止って俺のことを見上げた。一日中見てたから、もう俺の脳の中で、そいつらの回るリズムが決まってて、急に止まった時、倒れるくらい眩暈がした。

白いネコの目が金色で、それがそれまで見た金色の中で一番金色だった。黒いネコの目は銀色で、それもそれまで見た銀色の中で一番銀色だった。その銀色は光ってて、サーチライトみたいに広がって、それが遠くまで届いて、俺がその銀色に両手を差し出すと、銀色が俺の手の平に零れて、溢れて、十本の指の間をサラサラと落ちて行った。銀色はどこにも行かないで、床の上でキラキラ輝いていた。

 

理解あるバーテンダーが、顔を覆ったまま動かない俺のことをそっとしておいてくれて、俺はなんにも考えたくなかったから、なんにも考えてなくて、そうしてると、俺の左側に座るやつがいる。見てなくても音や振動で分かる。こんなに席があるのに、なんで隣に座るの? 俺の左手の指の隙間から、なにかとても白い物が光っている。バーテンダーがその客に親し気に話し掛ける。

「鷹野さん。今夜もまたアレでした?」

「そうそう、アレアレ。今日のは帝国ホテルだったよ。いい会場は音響が凄いな」

「さすが、凄いですね!」

なにがそんなに凄いんだろう? と、さすがに思って、とうとう俺は手を外す。目の覚めるような真っ白なタキシード。ガタイのいい男。年はきっと俺より結構上。それでも多分、三十代かな。いまどき白いタキシードを着るような場面ってなんだろう? 男は俺の方を向いて、軽く敬礼する。警官とかがするみたいな。視線が揺れている。大分酔ってる? そんな感じ。

「鷹野さん、いつものですか?」

バーテンダーはウオッカのボトルを開けて、ダブルショットを氷の上にかける。

俺は真っ直ぐ前を見て、なるべくタキシードの男を見ないことにした。しかし、そうすると天井からのライトがまた俺の目を直撃する。今度は両手で目だけを隠す。鷹野と呼ばれた男がバーテンに聞いている。

「この子はなに飲んでるの?」

俺達の周りに他に客はいないから「この子」というのは俺のことを指している。俺もいい年だし、そのことについて言いたいこともあったけど、どうでもいいや、って思って黙っていた。

 

「なんでそうやって顔を隠すの?」

これは俺のこと「この子」って言ったやつから俺に発せられた質問だから、なんか言った方がいいのか考える。俺は黙ってスポットライトを指差す。バーテンダーが気が付いた。

「電球切れちゃって、さっき取り替えたから。きっとその時。ごめんね。」

鷹野は酔っ払って調子いいのか、普段から調子いいのか知らないが、また俺に話し掛けてくる。

「せっかく可愛い顔をなんで隠してんのかと思った」

それに弱いんだよな、俺って。ナルシシストだから。さっきもドクターに言われた。「薬のオーバードースは肌に悪いよ」だって。馬鹿じゃないよな、あのドクター。俺の目の前に冷えたビールが出てくる。見たことない外国製のビール。俺は男に向かって三ミリくらい口角を上げてお礼の代わりにする。

鷹野は熱心にバーテンダーと話し込んでいる。ビールはダークで俺の好みだ。こうやってわざと俺を無視するのは、気を引く作戦なのだろうか? そう考えたけど、馬鹿馬鹿しいから、なにか他のことを考えようとしたけど上手くいかなくて、俺は鷹野の身体を盗み見る。筋肉相当付いてるけど、水泳部とか野球部とかじゃないんだよな。ボクシングとか、そういう格闘技系の筋肉。悔しいけど白いタキシードがよく似合う。

次に俺がチラっと彼を見た時、丁度あっちもこっちを見ていて、つまり俺達の目が合った。

「君は俺にはどうも難しそうだな……。俺、男口説くの自信あるんだけど」

俺は簡単に落ちないよ。七年間、中二病やってるんだから。でも、こいつのことは嫌いじゃない。素直になれないだけ。酔ってるのも、下半身緩そうなのも嫌じゃない。あっちも酔っ払ってるし、こっちも酔ったらどうなるだろう、って考える。目の前にまたビールが出て来る。今度はさっきの鷹野の敬礼を返してあげる。

 

俺が少し酔った時やること。バーカウンターをピアノにして指を動かす。

「あれ、君、ピアノ弾くの?」

酔ってきたし、もうどうでもいいや、って思って、とうとう俺は喋り始める。

「もう三年弾いてないから」

彼は俺の手を取って指を見る。

「いくつの時からやってたの?」

「覚えてない」

「覚えてない位の時からか。そういう指してるもんな。綺麗で長くて」

彼はそのまま俺の手を軽く握る。彼のは俺のより大きくて厚みがある。

「君を落とすにはどうすればいいか教えて」

俺はどうやったら落ちるの? それはよく考えてみないと分からない。

「俺は中二病を七年間やってるから」

彼は完全に沈黙して、酔った頭でその意味を考える。

「……分からない。少なくとも君の年は分かった」

「別に普通でいいですよ。普通はどうするんですか?」

「君にそれやったって、どうせ落ちやしないだろう?」

 

起きたら、俺はフカフカの羽根布団の中に沈んでいた。白いタキシードがキチンとハンガーに掛けてある。ピアノの音? 二日酔いの俺の頭に微かに届く。階下から。ベッドルームのドアを開ける。ピアノの音が大きくなる。プロの演奏じゃないのは分かる。モーツアルトのソナタ。俺もやらされた。モーツアルト好きじゃないのに。

俺は見知らぬバスルームに入って、まずナルシシストらしく鏡を覗く。ちょっと疲れて見える。二日酔いのせいか、夕べのベッドのせいか。自分がなにも着ていないのに気付く。クシャミをひとつして、大きなバスタオルを身体に巻いて、階段の半分まで下りて行く。一階の廊下を若い女性が歩いて行く。もう少しで見られるところだった。

鷹田が女性を玄関まで見送る。

「先生さようなら!」

元気いっぱいの声。

彼は、俺がタオルに巻かれて階段に立っているのを見て笑う。

「優樹、君よく寝てたよ……」

キッチンに入って壁の時計を見る。三時。コーヒー豆を挽く音。

「さっきの子で今日は終わりだから」

ピアノの先生? 一番らしくない。この格闘技系の身体を見たら、誰も彼がピアノを教えてるとは思わないだろう。

「さっきの子、中二だぞ。確かに難しい年だな。さっき君ことを考えてたら、先生、私のピアノ聞いてないでしょう! って怒鳴られた」

 

大きなタオルに包まれてると安心する。俺はそのカッコのままコーヒーを持って、ピアノの部屋に行く。

「今夜はまたホテルで演奏があるけど、それまでは一緒にいられる」

鷹田は俺を後ろから抱く。磨かれたピアノに俺達が映る。俺の家のも立派だけど、これはイタリア製だ。彼の腕から抜け出て、白と黒の鍵盤を叩く。音の響きが全然違う。どうやって、どこから、こんな音が出てくるんだろう? 俺はピアノの中を覗き込む。そして音を出してみる。……中になにかいる。蝶の羽ばたきのような音がする。俺はピアノの下に潜って蝶を探す。鷹田は笑っている。蝶が見付からない。どこかに隠れてる。俺は知ってる。

「昨夜のは結婚式。いまどき三百人だって。今夜のは大きな業界のパーティー。なんの業界かは知らないけど」

 

シューマンの『トロイメライ』を弾いてみる。有名な曲。妹が持っていたオルゴールの曲。バレリーナが回ってた。鏡がたくさんあって、その全部にバレリーナが映ってた。あれは今どこにあるんだろう?

また蝶の羽ばたきがする。俺は途中で手を止める。このピアノの音。あのオルゴールの。透き通った音を思い出したら、涙が出て来た。

「おいおい、情緒不安定だな。やっぱり中二病だ」

「……このピアノの中に蝶々がいる。でも隠れてて見付からない」

彼は泣いてる俺にウインクする。

「あいつ等はね、昼間は静かにしてるから。夜にならないと出て来ないよ」

「どんなの?」

「金色と銀色」

俺はあの白と黒の子ネコを思い出した。金色と銀色の目の。病院でグルグル回ってた。黒ネコのサーチライトの目から、銀を両手で受け止めたことを思い出した。それは俺の十本の指の間からサラサラ落ちていった。

「三年間弾いてないんだろ? 俺でよかったら教えるし。ピアノで食っていけたらいいだろう? 優樹、見た目もクライアントに受けそうだし。中二病もなんとかするし」

俺の中二病。一生このままだと思ってた。鬱病で死ぬんだと思ってたし。将来のことなんて考えたことないし。考えたくないし。俺はその場から逃亡を図る。当然すぐ捕まって抱き締められた。

「今晩俺が帰るまでここにいて。話そう」

 

鷹田がいなくなって、俺はそこらにある楽譜を片っ端から弾いてみた。知ってるのもあるし、知らないのもあった。ショパンのエチュードを狂ったみたいな無茶苦茶なスピードで弾く。最初から最後まで弾く。面白くないやつは飛ばして、それでも相当長い時間が経過する。指が速さについていけない。変なところで音が飛ぶ。こんなんでピアノで食っていけるのかな?

今度は静かな曲を弾く。チャイコフスキーの『四季』。全部弾くとだいぶ時間が掛かるけど弾く。……音と音の隙間になにかが聴こえる。バタバタする音。ピアノが鳴っていても鳴ってなくても聴こえる。夜にならないと出て来ないって。ピアノの中を覗く。黄金に光る弦。完璧に芸術品。誰かが足で蹴っている。音を追うと、そこに小っちゃな扉が見える。音はそこから聴こえてくる。小っちゃな扉に触れようとした途端、金色と銀色が飛び出して来た。

そいつらは狂ったみたいなスピードで飛び回る。俺の身体にぶつかって来る。鳥みたいに羽ばたく音がする。大量の金色と銀色の粉が舞い落ちる。部屋が蝶でいっぱいになる。

部屋のドアが開く。蝶達は廊下の方へ逃げて行く。

「ああ、やっちゃったね!」

白く光るものが入って来た。

「やっちゃった」

鷹田のタキシードの胸にしがみ付く。彼は蝶が全部、飛んで行ってしまうまで俺を抱いてくれる。男臭いコロンの匂い。床に積もった鱗粉はどこにも行かないで、床の上でキラキラ輝いていた。

 

 

 

2021年10月8日公開

© 2021 千本松由季

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