オカンとパンツ

二十三

エセー

1,089文字

  ある日、母が忙しくタンスの中を探っていた。何を探しているのか尋ねると、「パーティにいくのに胸ポケットに刺すハンカチがあらへん」とな。結局、母は迎えにきた友人男性に急かされ家を後にしたのだが、数時間後に戻ってきた二人がどこか変。パーティで何かあったのだろうか。聞いたところ、母は結局、胸ポケットに刺すハンカチが見つからず、シルクのパンツをポケットに刺して行ったらしい。「なんでそんもん刺したんや」と眉を顰める私に、「胸ポケットからちらっと出す程度やし、丁度ええかなて。シルク生地やし上品に見えるやんか」と。「まぁ、たしかに誰もポケットにパンツ刺してるとは思わへんわな」と呆れる私に、「それがなぁ」と友人は困り顔。続きを聞くと、パーティ後に寄ったレストランで、店員のお兄さんから「落としましたよ」と。お兄さんの手にはシルクのパンツ。母はすかさず「そんなパンツ知りません。私のじゃありません! なに言うたはりまんの?」と叫んで、店内の注目を浴びた。男性店員は、女物のパンツを摘んで呆然と佇んでいたが、「でも、お客様のジャケットから落ちましたけど!」と主張。「そんなパンツ知らん言うてるやろ、なんやのあんた!」と、母。邪険に店員を睨みつけて店を出てきたという。

 私は絶句した。恥ずかしさから、思わず自分のじゃないと言い張った母の気持ちはわからないでもない。いい歳してシルクのパンツを持ち歩いているなど思われたくないだろう。しかし、たくさんの客が注目する中で、女性もののパンツを手に、涙目で訴える男性店員の姿が脳内にくっきりと描写された私は、彼が気の毒でならなかった。もし、私がその男性店員だったらと思うと鼻の奥がツンとする。かといって母に、「先ほどはすみません。そのシルクのパンツは私のです。恥ずかしさから自分のじゃないなんて言ってすみませんでした」と謝ってこいとは言えなかった。それにしても、男性店員も、なぜこそっと「落としましたよ」と耳打ちするなど機転を利かせられなかったのか。客に恥をかかせず事を収めるのもサービス業の腕の見せ所だろうがよ! などと、身内贔屓で怒ってみる。

店員は、若く純朴そうな大学生だったらしいが、素直すぎたのが災いしたのか。

 あれから数十年経つが、今でもそのレストランの前を通るとき、母の嘘を思い出す。あの後、母のシルクのパンツはどう処理されたのだろう。そして、あの時の男性店員は、今、まともな人生を送れているだろうか。若い時に受けた大きな恥はトラウマとなり、その後の人格形成に大きく影響するというから、母のついた嘘が、彼の人生を狂わせていないことを祈るばかりである。

2021年8月29日公開

© 2021 二十三

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