正吉の奇妙なハナシ(1)

山谷感人

エセー

1,559文字

屋上の住人。

痴話喧嘩の、些細なトラヴルが積もり詰もって、正吉は何故か現在、山奥の所謂、民間が運営する貧困者用の共同アパートに滞在している。住んでいた部屋を出る前日までは寿司を喰らって愛猫を抱き、ワイフと喜劇映画を観て、キ印の如く、ゲラゲラ笑っていた故に、人生の転落とは急激であると正吉は最早、諦念して鼻くそをほじりながら、その与えられたスペースで持ち込み禁止のアルコールを隠し呑みながら、この現状に対する稗史みたいなモノを書くべきだなぁ……と夢想だけして廃人ごっこをしている。
そうした営みが二週間程は過ぎ、時間と云うページが無様に捲られた中、屋上の住人なる人物が新たに遣って来た。
正吉に与えられている部屋は一等上の三階の奥詰まったスペースで、そのドアの横には屋上へ続く螺旋階段がある。ロックで云えば「天国への階段」、ミステリーなら「これトリックに使えるな……」であろうか? の造りだ。

閑話休題。
正吉は長年、早朝の四時半には目覚める。何故なら猫と暮らして三年半、必ずとその時刻に「腹減った、ご飯を食べさせろ、そうして少し遊べ」と叩き起こされていたからである。
御世話になっている部屋は無論、室内禁煙なので正吉は狼煙を上げに屋上へと向かった。
新たな入居者なのだろうな……、識らない中年の人物が、その屋上で早朝から馬鹿みたいに暑い中、瞑想でもしているのだろう、横になっていた。判る。いくら、その用意された部屋にエアコンは完備されていても一日中、その独居に滞在しているのは正しく蟄居。悶々として、男はつらいよ、の台詞が如実なように「後悔と反省の日々」を深く感受せねばならない。
正吉は「お互いに頑張ろうな。良く識らないけど。こういう立場上、深く関わらないのが正解だろうが、興味深いな」と心の中で呟き、グウグウ鼾まで始めた彼を暫く黙々と眺めた後、一礼して部屋に戻った。十八度、強風でエアコンを就けた。小一時間後、管理者からテレフォンがあった。

「今朝、屋上に正吉君、行ったよね」
「行きました、煙草を吸いに。誰か識らない人が寝てましたがプッカーと」
「ああ……。その人、匂いアレルギーなんだよ。故に、部屋を与えても人が居た形跡があったら駄目らしく外にいるのよ」
「は、そうなのですか。事前説明を受けてなく。然し、何と云うか……、すみません、ですよね」
「う~ん。その人は神経質が激しく、明日から入院させるので良いとしても……ここには諸々な人が滞在している。自由な世界は皆無だと、生きて呉れ。絡まれる要素になる」
「然し、誰かの匂いが付いた部屋に居れず、屋上で真夏に寝ているって云うのは、何処でも暮らせない……ですよね?」
「他人の事は詮索するな。こうしたクレームが君に。それだけを事実として認識して欲しい」
「……、この辺の、図書館は何処ですか?」
「えっ、ないよ。山奥だから」
「ですよね。判りました。プチブルジョア的な臭いを消すようにして、皆さんと迎合するように励みます」
「生にしがみつくって、そう云う事だよ。んじゃ」

正吉はバスの時刻表を探り、ここから近くの古本屋をネットで模索し芥川の歯車を再読したい気分で即、外出しようとしたが、結局、ヒットした場所は五里くらい離れた、愛猫と暮らしていた市街地の近所なるショップしか見つからず最早、「全てが遠くなったなぁ……」なる腑抜けた台詞しか出せなかった、らしい。
他の、現在の同居人達も凄まじい経歴の持ち主が多々であり、匿名なら書いて良いよと云われた方も存在するので、正吉はその彼等と偶々、廊下ででも遭い、「散策でもしませんか?」と穏やかに誘い、了承を経て青空の下でチープトークするサーヴィスタイム以外は、延々と果てしなく籠り写経にでも励もうかと観念している、らしい。
これも所詮はロックンロールな暮らしなのだと思いながら。

2021年7月23日公開

© 2021 山谷感人

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